小六編 第44話 合宿二日目 リーヅモトイトイドラ三
下山は登るより体への負担がでかい。特に俺の様にメタボ気味な体型の者にとっては、体重がモロに足への衝撃となってかかり負担になってしまうのだ。
「あー、先頭だと余計に足にくる気がするわ。」
何しろ先頭の俺が遅れると後続が渋滞する事になる。遅れる事が出来ないプレッシャーが……早く五合目まで下りて新と先頭を代わろう。
帰るまでが遠足です、とは定番の言い方であるが、俺は皆が帰る前に遠足が終わってしまうという経験を何度もした事がある。どういう事かと言うと、小学生の遠足でよく登る山があり、その登山口がうちの家のすぐそばだったのだ。なのでその山から下りた所が家であり、俺はその時点で遠足が終わってしまうのだ。クラスの皆はそのまま継続して徒歩で学校、または自宅までの帰路につくんだがな。俺が無駄だなと思ったのは、自宅から小学校まで西方向へ約1.5km、遠足の日でも同じく西へ1.5km歩いて学校へ行き、遠足で学校を出発すると朝通った道を東へ1.5km歩いて自宅の前を通り、そこからさらに東へ100m程行った登山口から登る事になる。朝から1.5kmを往復してから元の場所、つまり家の前に戻るのだ。無駄だなぁ、学校行かずに家の前で皆が来るのを待ってちゃ駄目かな……と何度も思ったものだ。
よし、五合目だ。新、先頭は任せた。後は若い者に任すぞ! 俺は最後尾で隠居してるから。最後尾は最後尾で大変なんだがな。
どうにかこうにか登山口まで下りて来た。ここからは平地だ。実に素晴らしい! きっと明日は足が筋肉痛で死んでる事だろう。風呂でよくマッサージしとこう。ってよく考えたら今日も麻雀やるんだっけか。先に風呂入ってからじゃ駄目ですかね。
「明日のご飯はどうします?」
明里が明日の予定について聞いてきた。
「そうだな、明日はキャンプ擬きデーにしよう。という事で飯盒炊飯でカレーライス作って食べよう。」
テントで泊まる訳じゃないからキャンプ擬きなのだ。飯盒炊飯で飯を炊いてカレーを作る。ブルーシートをタープと敷物にして食べる場所を確保する。そんな感じだ。
「となると食材としてはお米とカレーの具ですね。明日の人数は?」
「子供とお手伝いを合計すると32人だな。」
「お米って何㎏要りますかね。」
「一人一合として32合、一合は150g位だから150g×32合=4800g=4.8㎏、5㎏あればいいんじゃないか。カレーはどうする? 32人分って結構大変だぞ。鍋もかき集めて来ないといかんし。」
「もうレトルトでいいんじゃないですかね。甘口、中辛、辛口を用意しといて好きなのを選ばせればいいし。鍋を薪で使うと煤で汚れるから、カレーはガスコンロで温めましょう。飯盒炊飯なんだからご飯だけ飯盒で炊けばいいですよ。」
「それでいいか。となると予算は?」
「お米5㎏って二千円位ですかね。レトルトカレーは一つ二百円として六千位? 一万円でいけると思います。」
「そんじゃお金渡しとくからまた買い出し頼むわ。明日は美沙恵さんは?」
「多分大丈夫、駄目でも車だけは出して貰います。」
「それとすまんが玄田家の飯盒貸してくれ。32合だと八つ位必要だけどうちの手持ちじゃ足りない。」
明日は飯盒炊飯がメインになりそうだ。かまど作りやらなきゃならんけど、バーベキューコンロでごまかしちゃおうかな。
合宿二日目がようやく終わり、子供等は帰宅していった。今日は保護者達も子供等と一緒に帰るみたいで、打ち上げは最初からOBばかりであった。皆、お疲れー。俺もお疲れー。早く休みたいです。と言ってもそうは直哉が卸さないみたいだ。
「今日のメンツは先生、朋照、自分、それに姉ちゃんになります。」
あ、やっぱりやるんだ。
「茉実はそれでいいのか?」
「負けても直哉がご飯代?負担してくれるっていうから、まぁ仕方なく。」
「直哉から聞いた限りでは彼氏に教わったそうだが、どれだけ役知ってる?」
「えーと、一と九と字を使わない役……タンヤオ?ってヤツと、全部三つずつ揃えるヤツ、トイトイだっけ? それとニコニコ、あとは……あと一つで完成ってところでリーチかけるってくらい。」
一応三枚で一メンツ、それが四メンツと頭が一組必要ってのは分かってるみたいだな。ニコニコとは七対子の事だな。まぁいい、賭けてる訳でも無いし、茉実が負けても直哉が負担するって言ってるし。
「私も茉実ちゃんの後ろで見てていい?」
茉実が連れてきた理恵がそんな事を言う。
「別に構わんが麻雀分かるのか?」
「分かんないけど一人だけで帰りたくないよ。それに見てれば何となく分かってくるかもしんないし。」
「じゃ、理恵ちんは脱衣担当って事で。」
直哉が不穏な事を言う。
「脱衣?」
「麻雀は負けたら服を脱いでいくんだよ。その脱ぎ担当。」
「えー、何それ!」
「理恵、信じるな。そういうのは昔のゲーセンによく置いてあった脱衣麻雀ゲームだけの話だ。」
「直哉を見る目がすんごく冷ややかで草。」
理恵と茉実の表情を朋照が的確に表現する。
「直哉、そういうのをセクハラっていうんだ。良かったな、社会に出てから言ったら訴えられてたかもしれんぞ。」
周りからフルボッコの直哉であった。
「えーい、そんな汚名は麻雀で挽回する!」
「汚名を挽回しちゃいかんだろ。汚名は返上だ。挽回するのは名誉な。」
何だかんだで賑やかなOB達である。それでは始める前にルールを……って茉実にこの説明してもチンプンカンプンだろうな。意味分からんでもいいからとりあえず読んどけ、と言って強引にルール説明の紙を渡す。よし、読んだな。じゃこれにサインを……って詐欺の手法かよ。
わたわたしながらも麻雀牌を積み始めた茉実だったが……まぁそこそこ積めるじゃないか。全くの素人って訳じゃなさそうだ。
「ツモ、これは高いかも。ドラが三つあるし、あとは……トイトイ?」
茉実が手を開ける。おい、リーヅモトイトイって、つまり……
「四暗刻じゃねぇか!」
「ドラも三つあるんだからちゃんとこれも忘れずに計算してよね。」
「いや、役満だから。ドラがいくつあっても関係無いから。」
うーん、素人にありがちなよく分かってない役満……実は俺も麻雀覚えたての頃、同じ様な四暗刻を上がった事がある。ドラ3を主張した所まで同じだ(苦笑)。親は直哉か。親っ被り、ご愁傷様です。
その後は茉実無双だった。役が分からないからとにかく立直をかけるのだが、一発で自模ったり裏ドラがやたら乗ったりするのである。で、自模った時に限って何故か親が直哉である事が多い。自分が親の時もドラや裏ドラが乗りまくる。ビギナーズラックでは済まない虐殺劇が繰り広げられたのだった。
半荘三回で当然トップは茉実、俺を含む他の三人は全員マイナス、直哉に至ってはマイナス100越え――点数で言うとマイナス十万点越え――だ。箱割れによる飛びが無いルールだからなぁ。かくして茉実が奢られる権利を得、奢る義務を負ったのは当然、直哉だった。直哉は二日連続の最下位で、俺と茉実に対する負債が出来た状態になってしまった。
「麻雀て簡単なんだね。私でも勝てそう。」
茉実の後ろで見ていた理恵がそんな事を宣う。「違う! そうじゃ無い!」と力一杯否定したかったが、この惨状ではいくら力説しても負け犬の遠吠えにしかならないだろう。




