小六編 第43話 合宿二日目 登山
登山メンバーは小学生25名、中高生2名、大人は俺と大学生以上のOBが3名、総勢31名だ。中高生は学校の部活やら補習やらで元々合宿参加人数が少ない。今日はこの二人だけだった。OBは新、朋照、直哉の野郎三名、女子は片付けあるからと早々に逃走した模様。今日のソーメンの片付けなんて殆ど無いんだけどな。教室でお留守番だそうだ。
参加者全員に麦茶のペットボトルを渡す。水分補給は大事だからね。それとは別に中高生とOBにはミネラルウォーターのペットボトルも渡す。これは水分補給に使われる場合もあるが、万一、怪我人が出た時などに傷口を洗う等の用途としても使われる。自分達の物ではなくこの登山チームの物で、それを俺を含めた六名で搬送を分担しているのだ。500ml×6=3000ml=3㎏、3㎏を一人で運ぶのは大変だが、六人でなら大した重量では無くなる。
1班を先頭に2班、3班……最後が5班で一列になって登り始める。1班の前、つまり登山チームの先頭には直哉を配置、2班の前に朋照、3班の前に中学生、4班の前に高校生、5班の前に俺、最後尾には新が付いた。
先頭 直 1班 朋 2班 中 3班 高 4班 俺 5班 新 最後尾
登山の途中で――多分五合目になると思うが――、中学生以上のサポート員はローテーションで交代する。一つずつ前にズレて、先頭の直哉は最後尾に付く形だ。ローテーション後は以下の様な配置になる。
先頭 朋 1班 中 2班 高 3班 俺 4班 新 5班 直 最後尾
俺は4班の後ろと5班の先頭にはさまれる位置についた。5班の先頭――つまり班長だが――は月子だった。月子は彩音と同い年だが誕生日の関係で彩音より下になり、4班班長が彩音、5班班長が月子になったのだ。
「月子、五合目までは俺この位置だからよろしくな。」
「うん。」
コクンと頷いたが、相変わらず言葉が少ない。班長なんだけどな。4班の最後尾は副班長の勝陽だ。俺は列の順番上、彼に付いて行く形になる。
「勝陽、お前んとこの班長は要注意だ。何かやらかさん様に注意しとけ。」
「そんなこと言われても……何に注意しろと?」
確かにそうである。
「とにかくだ、あいつは何かやらかす。だからやらかしたらすぐに報告だ。それ位しか手立ては無い。」
「はぁ……」
「ちょっと! 酷くありません? 私が何をするというのです!」
「そういうセリフは抱き着いてるその子を放してから言ってくれ。嫌がってんぞ。」
「嫌じゃないよね、未由ちゃん。」
小一女子のほっぺたに自分の頬を擦りつけながら妄言を放つ彩音。未由が困ってるじゃないか。
「過度なスキンシップは慎む様に。構い過ぎると嫌われるぞ。」
「これ、どうしたらいいんですか?」
勝陽が困惑気味に聞いてくる。
「そうだな、今こいつの両手は未由に抱き着いてふさがってるから……こうだな。」
伝家の宝刀、ウメボシの刑だ。グリグリと。
「あだだだ、痛い痛い、児童虐待!」
「お前こそ児童虐待してるだろ。」
「違います! 愛護してるだけです。児童愛護、いや、幼女愛護です。」
「だから幼女言うな。」
勝陽もこいつの事が大体分かった事だろう。
「何かあったら俺か、そうだな、月子に通報しろ。月子は対処は出来ないまでも慣れてるから。所謂、『彩音係』だ。」
「通報って……まるで私が犯罪者みたいじゃないですか。酷い!」
「犯罪者は皆、そう言うんだ。自分が犯罪者って自覚が無いからな。」
俺の中では犯罪者とはいかない迄も危険人物である事には間違いない。
「私、『モッチー係』なの?」
「監視だけはしといてくれ。対処は無理でも通報だけは頼む。」
コクコクと頷く月子、とりあえず監視網を敷いとかなくてはな。
1班を先頭に――厳密には直哉が先頭だが――総勢31名が登り始める。標高は100mちょいだが斜度がキツい所がある。頂上までは一時間位で登り切れるんだけどな。そういや何年か前の合宿で登った時に、当時存命だった竹内の爺ちゃんがこんな事を言っていた。爺ちゃんが子供の頃、戦前・戦中らしいが、この山の頂上には空襲に備えて対空砲が据えられており、山全体を軍が管理していたそうで、一般人は登山と言うか入山自体が禁止されていたのだそうだ。まぁ軍事施設だからねぇ。戦国時代も海際にあった主城とは別に詰城としての縄張があった山だそうで、古来より戦の要所だった事が窺える。こういうのも自由研究のネタとして使えるんだぞ。
五合目まで登って来た。体調の悪い者や怪我した者はいないか? 班長は報告する様に。特に問題は発生していない様だ。ここでサポート要員のローテーションを行う。先頭の直哉は最後尾に、俺は3班と4班の間に移動だ。4班の先頭は……そう、彩音だ。監視が捗るな。
「先生、もうここ迄でいいじゃないですか。下りましょうよ。」
おい、いきなりそれか。
「駄目、頂上まで行くの。あと半分じゃないか。斜度はこれからキツくなるけど。」
「やっぱりお留守番がよかった。もう……ゴールしても……いいよね。」
「駄目だって言ってんだろ。ほれ、キリキリ歩け。未由だって小さいのに頑張ってるだろ。」
「うぅー、未由ちゃん。この子だけが私の癒しだよ。」
「未由だけじゃなくて他の班員の面倒も見ろよ。」
「勝陽君にお任せします。いだだだ……」
グリグリグリ……ウメボシの刑、再び。
そしてやっとの事で頂上に到着。見ろ、市内が一望だぞ。市街地を挟んで向こう側にはもっと高い山が有るんだけどね。あっちに登るのはさすがにしんどい。多分朝から登り始め、頂上でお弁当を食べてから下山する、位のスケジューリングしないと駄目だな。こっちの山は登山口がうちの教室の近くにあるし、手軽に登れるからいいんだよね。
子供等は元気だな。一時間もかけて登って、まだ走り回る余裕があるか。まぁ、ぐったりしてる奴も居るみたいだけどな。うん、俺だよ。一、二時間頂上で過ごして下山する予定だが、眺望位しか見る物がないな。昔の縄張の跡とか探してみようかな。素人に見つけられるとは思わんけど。東側に回ってみると眼下に桜宮神社が見えた。へぇー、東側からなら見えるんだ。そう言えば元々桜宮神社はこの山を少し登った所にあったらしいな。標高的には一合目あたりかな。何でも水害だか土砂崩れで今の場所まで社が流されて来たとか。いやいや、そんなんで流されたら社は破壊されてますよ。まぁこの手の話にはよくある事だが。
何だかんだで頂上に到着してから一時間半程が経過した。よし、下山しよう。
「集合!下山するから班ごとに並べ!」
「サポートのローテーションは?」
「ローテしよう。あっ、でもそれだと中学生が先頭になるのか。一気に俺が先頭に回ろう。朋照は最後尾でその前に中高生が入る形にしてくれ。」
そんで次のローテでは俺が最後尾に回って、新が先頭になる訳だ。先頭と最後尾は大人で抑えときたいしね。下山は登るより気が緩みがちだから気を付けて下りる様に。帰るまでが遠足ですよ。




