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小六編 第32話 検定

 七月最終週、と言っても書道教室としての最終週だ。今月はもう一週あるのだが、うちの教室は月四回と決まっているので、あふれた分は休みになる。今月に限って言えばその休みの週に合宿を行う事になる。七月、八月は両月とも所謂大の月――31日迄ある月――なので合計で62日になる。つまり合わせれば約9週間――厳密には8週間と6日――になるのでどちらかが5週の月になり、休みの週が発生する。これを利用して合宿の週にしているのだ。今年の様に七月が5週ある年は七月末に、八月が5週ある年は八月初頭に、場合によっては七月から八月を跨いだ期間が合宿になる年もある。


 書道教室としての最終週、これは今月に限った事では無く検定課題を提出する週になる。一ヶ月の練習の結果を書という成果物に仕上げ、検定を受けるのだ。皆、頑張る様に。


「彩音、前回も言ったが今日はなぞり書きで五、六枚位書いて筆づかいを思い出してから普通に書く様にしろ。」


「分かってます。」


「今日こそ本当の女子力見せてくれよ。(物理)(かっこぶつり)が付いてない方の。字が上手い女の子は女子力高いと思うぞ。」


 昨日の女子力(物理)を揶揄してやると、


「字が上手い子は女子力高いですかね。」


「あぁ、少なくとも俺はそう思うぞ。」


 あっ、なんか嬉しそうだ。


「むっ、いいでしょう。私の女子力(知性)、見せてあげましょう。」


 昨日も同じような事言ってたがな。


 自分の席に戻ると塾生が見て貰う為に書を持って列を成す。お前ら早過ぎだろう。最終週ともなると皆良くなっている。あくまで練習し始めた第一週と比べてはだが。ただ前回の第三週と比べれば前の方が良かったのに…って子が何人かいる。今日の教室か始まって30分位で持って来る位だからまだ暖機運転が十分ではないのだろう。


 個人差があるのだが、書道は書けば書くほど上手くなる、と俺は思っている。少なくとも俺はそうだった。上手い下手は置いといて一つの書を書きあげるのに二分で書く者と三分かける者では、同じ時間に書く枚数が1.5倍違ってくる。一回の教室の稽古時間が約三時間、180分、単純計算では二分で書く者は90枚書くのに対し、三分で書く者は60枚しか書けない事になる。俺は前者で早筆タイプだった為、半紙の無駄、もっとじっくり書け、と言われ乍らもバシバシと書きなぐっていた。結果的に量をこなす事が上達につながったんだと思う。勿論、人によってタイプは違うので、俺には偶々この方法が合っていたという事なのだろう。


 今思い出したが俺にもっとじっくり書け、筆が早過ぎると苦言を呈していたのは中学の岡庭おかば先生だったな。この人は女の英語の先生で、担任だった訳でも英語の授業を受けた訳でも無かったが、中学で俺の所属していた書道クラブの担当教諭だった。当時俺の通っていた中学では授業の時間割に週に一回、全校クラブという時間が設定されていて、生徒は必ず何かのクラブに所属する事になっていた。放課後に行うのは部活動と言って、それとは別のクラブだ。ちなみに俺は部活動はブラスバンド部に所属していた。それが唯一の文化部だったので。


 英語の先生なのに何故に書道クラブの担当?と思ったのだが、どうもこの先生、小学校まで俺が通っていた白鳳書道教室に通っていた塾生の一人だった。一般の塾生は小中学生とは通う曜日や時間が違っていたから気づかなかった。なので書道クラブでの活動も白鳳でやっていたのと同じく、月に一回課題を提出して検定を受けるというものだった。しかも中学なので楷書ではなく行書での提出だった。


 書道なら経験者だし、適当に書いときゃいい、楽出来るだろうと高を括っていた俺は困った。行書なんて殆ど書いた事無い。一応、小学生の内に五段までは昇段していたがこの上は特待生しか無く、しかも週一で一時間、月合計でも四時間しかない授業の一環としてのクラブでは絶対に合格出来ない。今更、級から受ける事も出来ないし……、と。ここで俺は策を弄じて岡庭先生に提案した。


「自分は小学生の頃から白鳳書道会に所属しており、既に特待生までいっているので検定を受けるのは意味がありません。書道クラブでは一応皆と同じ課題に取り組みますが、検定受けるのは無しにして貰えませんか。」


 実際には五段なのに特待生と虚偽の申告をした訳だ。岡庭先生はそれを了承して(うまく騙されて)くれて検定を受けるのは免除という事になった。検定受けるのにも費用がかかるしね。当時の白鳳は確か一冊200円位だったと思うが。


 で、週に一度の全校クラブの時間、俺は書き慣れない行書で課題を書きなぐっていたのだが、その時に岡庭先生にじっくり書けと言われてしまったのだ。当たり前だが、適当に時間を潰すだけの書道クラブでは俺の行書は殆ど上達しなかった。


 もう五時半か、そろそろ提出する書を選ばなくてはならない。そう思って俺は塾生達に宣言した。


「小学生で今から見せに来るものは少なくとも二枚以上持って来る事。その中で一番いい出来のものを選んで提出する。検定票も一緒に持って来い。」


 小学生は六時迄に帰さんといかんからな。早速二枚持って来た奴がいる。こいつめ、俺が二枚以上って言うのを分かってて出来がいいのをキープしてやがったな。次回からは三枚以上って言ってやろうか。


 小学生をどんどん捌いていく。持って来た書を選び、検定票にも記入させ書の右下に貼り付けさせてそれを受け取る。当然、今回受ける級・段も間違いないか確認し乍らだ。結構忙しいし神経を使う。俺が小学生だった頃、検定を提出する時には励碩先生も霞碩先生も隣に奥さんが居てその処理をやっていたが、俺は一人でやらなくちゃならん。トホホ……


「先生、これでどうです。」


 彩音が課題書である「月下氷人」を三枚持って来た。


「ふむ、初めてにしてはなかなか……よし、これにしよう。」


「君に決めた!ってヤツですね。」


「俺は〇トシくんではないぞ。」


「検定票なんですけど、どの級で受ければいいんですか。」


「あぁ、そうか。今回初めてだな。そこは空白にしといてくれ。俺が適切な級を決めて書いとくから。」


「えー、じゃ今決めて下さいよ。」


「待て待て、小六から始めた者は暫く居なかったから基準がよく分からないんだ。ちょっと他の人とも相談したいしな。」


「他の人って先生以外に居ないじゃないですか。」


「高校生や一般の塾生が居る。中にはもうすぐ師範ってレベルの者も居るし、小六の年代に俺よりは近いからな。参考にしたいんだ。」


 実はこっそり白井先生――当然、霞碩先生の方――に相談しようとも思っている。


「むぅ、じゃ決まったら教えて下さいね。」


「合宿来るだろ。その時に知らせるよ。」


 こうして今月の課題書の提出を終えたのだった。小学生だけだがな。

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