小六編 第31話 女子力(物理)
追求から逃れる為、俺は彩音を懐柔すべく動いた。
「昼飯は食ったのか? 食って無いならうちで食ってくか?」
一瞬ひるんだ様だが敵もさるもの、なかなか乗ってこないみたいだ。
「そんなものでごまかそうとしても駄目ですよ。」
「まぁそう言うな。ソーメン食わせてやる。オリーブ島から取り寄せたいいソーメンがあるんだ。」
「オリーブオイルプレイの後、〇ーメンぶっかけるとかどんだけ鬼畜なんですか!」
「言ってねぇ!」
「冗談です。それはそれとしてソーメンは頂きます。」
食うんじゃねぇか。とりあえず飯食わせてクールダウンさせよう。おっと、めんつゆと薬味だけだと寂しいからキュウリも入れるか。キュウリをもいで来ようと庭へ出ようとする。
「どこへ行くんです? まさか逃げるんじゃないでしょうね。」
「庭でキュウリを獲って来るだけだ。薬味だけじゃ寂しいだろう。」
「付いていきます。」
どんだけ信用無いんだ、畜生。
「ちょっと家庭菜園とかに興味があるだけですよ。」
そういうと彩音は俺の後を付いてきた。
「興味があるならお前が獲ってみるか? 一本だけでいいから。」
ほれ、と剪定バサミを渡そうとする。
「ふっふっふっ、そんなものは要りません。私の女子力を見せて、いや魅せてあげましょう。」
野菜の収穫に女子力は要らんと思うがな。どちらかというと体力とか農民力とかは必要だと思うが。
「これ位の大きさでいいですよね。では……ふん!」
彩音はキュウリの一つに目星を付けると、思いっきりそれを引っ張った。馬鹿、そんな風に引っ張ったら……
「バリバリッ……ベシャ」
キュウリのツルが巻き付いていた支柱が倒れた。支柱の上の方で隣の支柱との間に梁を渡していたので、両隣の支柱も巻き添えを食って45度位傾いた。
「……」
「成程、これが女子力(物理)か。」
「ち、違う、これはその……そう! きっと支柱が腐ってて脆くなってたんですよ。」
「その支柱の中身は金属製のパイプだが?」
「じゃあ錆びてたんですね。」
「で、どうすんの?」
「直します。ごめんなさい。」
「最初から素直にそう言やぁいいんだ。」
俺は倉庫からスコップや支柱を組むための結束ワイヤーを持って来て破壊された畑の修復に取り掛かった。幸いなことにキュウリのツルというか茎は折れずに済んだ様で、支柱を直すだけでよかった。勿論、彩音には手伝わせた。
「それでは彩音君、ご自慢の女子力(物理)で支柱を立てる為の穴を掘り直したまえ。15から20㎝位掘って、俺が支柱を支えておいてやるからそれを埋めるんだ。あっと、キュウリの根や茎を傷つけない様に慎重にな。」
彩音は「ぐぬぬ……」とか言ってるが自分のした事なので言い返せない様だ。よし、彩音にあった主導権が俺に来た。
何とか支柱を修復し終えた俺達はついでだからと畑の水やりをやる事にした。バケツと柄杓で外付けの水道と畑を何往復かしての作業だ。
「よし、それでは飯作るか。」
「そう言えばそういう流れでしたよね。何でこんな事に……」
「自業自得だ。」
ソーメンを湯がいて彩音が女子力(物理)で収穫したキュウリを切って、二人でソーメンを食った。労働の後の飯はうまい。って彩音のせいで発生した労働じゃねぇか。
「忘れてた。これをお母さんに渡しておいてくれ。」
ソーメン食った後、俺は美那さんに記入・署名してもらった入塾申込書と同意確認書をコピーし、[控]の判を押した書類を彩音に渡す。本来は保護者説明会の時に美那さんに渡すべきものだが、何故だか俺は説明もしてない内に気絶させられた様だからな。
「それとこれもだ。明日の教室の時に渡すつもりだったがついでだ。」
彩音用の月謝袋だ。来月の月謝と今月の体験入塾費用の請求明細が入っている。
「月謝って月初めの週に納めるんでしたっけ。」
「そうだ。月謝袋は最終週に渡して翌月第一週に回収する。よろしくな。」
「分かりました。それと正式入塾になるので道具とかいい物にしたいんですけど。」
「あぁ、それがあったな。つっても筆と硯位しかないけどな。文鎮とかはどれ使っても大差ないし。あっと、彩音が今使ってる下敷きはよくないな。あれはもっと厚いものにした方がいい。」
「墨液と半紙は?」
「そういう消耗品はうちの教室で使ってるものがいいぞ。絶対それ使えって事は言わんが白鳳書道会の推奨品だ。一応言っとくと、特に半紙は常に同じものを使った方がいい。書く度に違う半紙だと感覚が狂ってくるからな。」
「そういうもんですか?」
「そうだぞ。半紙だけじゃなくて墨液や筆も同じだ。毎回同じ組み合わせじゃないと苦労する事になる。そういう意味でも消耗品はうちのにしとけ。うちの教室にいる分にはいつでも手に入る。」
「筆はどうですか? やっぱり買い替えた方がいいんですかね。」
「筆も長い目で見れば消耗品だからなぁ。今の筆は小学校の授業で使ってるヤツだろ? で、ずっと同じの使ってるんだろ。」
「そうです。」
「だったら元がいい筆だったとしてももう寿命だろうなぁ。授業だけならそんなに使う機会が無いだろうけど、教室は週一だから長くても二年位で寿命になる。俺も昔、週一の教室で小学生の六年間で三、四本使い潰した記憶がある。そんなに高い物でなくてもいい、千円から二千円位の筆で十分だ。白鳳書道会推奨の筆を何本か用意してるからそこから選べばいいよ。」
書道道具について彩音に色々とアドバイスしている内に三時になってしまった。修道の子等がやって来る時間だ。美那さんに関して彩音からの追求は無かったので、何とか逃げられた……のかな? 逃げられたと思いたい。
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