小六編 第25話 登場人物は男だけ
俺にラジオ体操へ行く事を約束させた彩音は満足げにお絵描きに戻った様だ。こんな事なら今朝行った時に桜田さんにラジオ体操カード貰っときゃ良かった。そしたら彩音にたっぷり恩を売った上でドヤ顔出来たのに。悔しいから彩音のマンガでも見てからかってやろう。どんな絵を描いてるんだ?
ノートPCにつないだペンタブをカリカリ――実際にそんな音はしていないが――し乍ら一心不乱に絵を描いている。背後から近寄って画面を覗き込みながら冗談っぽく、
「どんなの描いてるんだ? エロいヤツか、ん?」
「わっ、吃驚した。勝手に見ないで下さい。エッチ!」
「まさかと思うが本当にエロいの描いてたのか?」
「失礼な! 登場人物は男だけですよ。」
「スマン、悪かった。バトルものとかか?」
「強いて言えばスポーツもの……になるのかな。色んなプレイが出て来るし……バトル要素もある事はあるけど。」
「努力、友情、勝利、的な?」
「それに加えて、血と汗と涙、あと筋肉!」
「そ、そうか。」
格闘ものでも描いてるのか。ああいう動きがあるものの絵って表現が難しいんだろうな。しかし筋肉って……小学生女子としてそれはどうなんだ?
「ある程度描いてマンガとしてストーリーが読める様になったら見せてあげますよ。感想も聞きたいし。それまではおあずけです。」
「俺は犬ではないんだがな。まぁいい。その内見せて貰うわ。何時頃になりそうなんだ?」
「そうですね……ベタや背景入れてない状態でいいなら明日位には。」
「えらい早いな。そんなに簡単に出来るものなのか?」
「八ページ程の短編というかパイロット版的なもんですから。仕上げもしてない状態ですし。」
そういうものらしい。
「ま、まぁ頑張って描いてくれ。」
邪魔しちゃいかんからとっとと退散する。しかし俺に感想を求めるとは……。普通あの年代なら恥ずかしがって他人には見せないものなんじゃないか? それはそれで、だったら何で描いてるんだって話になるが。マンガってのは人に読んでもらいたいから描くものだしな。
さて、中断していた帳簿のデータベースとのリンク化を考える。物販品の在庫も把握出来る様になるから発注タイミングが判断し易くなるな。いっそのこと発注書作成も自動化してみるか。それと在庫数がデータベースに載って来ると棚卸が楽になるな。税務資料作成の手助けにもなるんじゃないか。まさに夢が広がりんぐ、というヤツである。うぅ、マジで仕様書作りたくなってきた。
こういうシステムは仕様書が無いと数年経過してから改修、更新しようとした時に訳が分からなくなってしまうものだ。作った時には把握出来ていても、記憶なんてものは数年であやふやになってしまうからな。仕様書というものは本来、他者に作らせる為に作成するもの、つまり他人に分かる様に作るものである。数年後の自分はほぼ他人――当時の思考を覚えていないという意味で――みたいなものだから、その為にもきっちりしたものを作っておく必要があるだろう。
「先生、お久しぶりです。」
玄田家長女の明里が訪ねて来た。
「おぉ、明里か、久しぶりだな。合宿手伝ってくれるんだって。悪いな、助かるわ。」
「今年はわりと暇なんで。卒業までに取得する単位も大丈夫そうだし。」
「四年生だよな。就職は決まったのか?」
「就職と言えるかどうか……こっち戻って来て親の仕事の手伝いというか……」
「戻って来るのか。親御さんも喜ぶんじゃないか。」
「ちょっと事情がありまして、一般の会社には行かない事になりました。」
「そうか。立ち入った事を聞くつもりは無いから無理に言わなくていいぞ。」
「有難うございます。そう言って貰えると気が楽です。」
「朋照はまだ帰って来てないのか?奴も手伝いに来てくれるって聞いたけど。」
「朋照はまだです。多分、土曜に帰って来ると思います。」
「そうか、出来れば早めに打ち合わせとかしたいんだけどな。しゃーないか。」
「とりあえず居るメンバーだけでやりましょう。今の所、確定してるのは?」
「明里、朋照、直哉、くらいか。直哉が他のメンバー集め頑張ってるみたいだけどまだ連絡が無い。今日の夜にでも聞いてみるわ。明里の方でも女子を中心に声かけてみてくれないか?」
「分かりました。直哉って茉実ちゃんの弟の直哉君ですよね。茉実ちゃんはどうかな。聞いてみます。」
「頼むわ。金土日あたりで一度打ち合わせがしたい。それぞれの都合がいい日も聞いといてくれ。金土の夜は教室があるから昼間になるけど。」
「いつもながら直前にバタバタですね。」
「泊りでどこかへ行く合宿なら綿密な計画立てるんだけどな。修道の延長みたいなもんだから例年こんなもんだよ。」
「確かにそうですね。じゃ、何人か誘ってみますから今日はこれで失礼します。」
「有難うな。よろしく頼む。」
大学生ともなると色々しっかりしてくるな。明里は長女という事もあって尚更そんな感じだな。さて、直哉に電話してみるか。
「お疲れーっス。メンツ何とかなりそうですよ。モリジはほぼ確実、あとトモも来るんですよね。最悪、姉ちゃんを……」
メンツじゃなくてお手伝い人員の確保だからな。そこんとこ間違えない様に。あと茉実は麻雀出来るのかよ。とりあえず明里にもお願いした、打ち合わせ日として金土日で都合のいい日も聞いてみる様に伝える。
「今日の夜にまた連絡します。何時頃がいいですか?」
「六時以降なら何時でもいいよ、あっ、遅くとも十時位迄にはしてくれよな。今日は早く寝るつもりだから。」
「りょーかいっス。」
やっぱり麻雀で釣ったのは正解だったな。面倒な連絡とか率先してやってくれる。しかし茉実が麻雀出来るのっては意外だったな。まさか直哉が無理矢理教えたのか? モリジってのは森川誠司、姓のもりと名のじが縮んでモリジって呼ばれてた。トモは明里も言っていたが朋照の事だな。
今日の修道も終わりだ。子供等を帰宅させる。明日は……早朝からまたラジオ体操行かなくちゃならんのだったな。全く何の因果で……って彩音の因果だよ!根源は分かってるんだよ。
「先生、携帯の番号、教えて下さい。」
「塾生や保護者には公開してるから別に構わんが何でこのタイミングで?」
「明日起こしに来るって言ったでしょ。電話して起こしてあげます。」
「それはどうもご丁寧に……」
「それ程でもないですよ。」
「皮肉で言ってんだよ。それ位分かれよ!」
明日の朝はシカトしてバックレる事は出来ない様だ。