小六編 第20話 静をパシらせる
静にデータベース更新をやらせて俺は何をするかと言うと、来月の課題の確認とその課題を基に手本を作る事になるのでその練習だ。白鳳の課題のページを広げて一通り書いてみる。いつも塾生の目の前で書いてそれを渡す様にしているのである程度のリハーサルが必要なのだ。
白鳳のページをペラペラと捲っていると最終ページにピンクの紙があるのに気が付いた。
「そうか、八月だから特進月か。」
半年に一度の特進検定は毎年二月と八月に行われる。って事は…今月の白鳳はいつもよりお高い600円だ。(通常月は一冊400円)うちは今、塾生が七十人程いるから白鳳も予備を含めると毎月七十五冊購入している。今月はこれだけで45,000円のお買い上げだ。百冊以上になると多少値引いてくれるらしいが、この数だとせいぜい送料が無料になる程度だ。
合宿の準備もしなくちゃなぁ。と言ってもいつも行き当たりばったりでやってるのだが。午前の部は宿題・勉強タイムと決まってるから特に悩む必要は無い。昼飯何にするかとかレクリエーションどうするか等は、手伝いのOBと相談して前日位になってようやく決まるのだ。そう言えば明里はもう帰ってるのかな。朋照が返って来るのは多分合宿直前ギリギリになるだろうな。あとは誰がいるかな。誠司は朋照と同い年で大学生だから何とか確保できんかな。女子で言えば明衣と同い年の紘菜か。多分明衣が一緒でないと来ないな。そもそも今何やってんだ? 働いてるのか? あと同い年では佳奈がいるけど短大行ったんだったか? だったらもう卒業してるな筈だな。いや違う違う、女子大だけど四大行ったんだ。女子大イコール短大というイメージが先行してしまった。だが佳奈はなぁ……。うーん、気まづいなぁ。こちらから声をかけるのはやめとこう。誰かに誘われて来るとか向こうから勝手に来るとかなら仕方無いけど。
こうして見るとお手伝いの確保があまり出来そうに無いな。中高生を使ってやりくりするしか無いかな。毎年、合宿の時期は総体(総合体育大会)の時期で運動部に入ってる中高生の参加は少ないんだよなぁ。早々に負けてくれたら参加出来るかもしれんけど、大っぴらにそうも言えん。文化部でも吹奏楽部とかだとこの時期がちょうどコンクールに重なるんだよな。うーん、悩ましい。
そうだ、今いる中高生だけでなくOBの中高生まで含めれば候補が広げられるんじゃないか。竹っちとか。あとで声をかけておこう。こういう場合は婆ちゃんを巻き込むといいな。いつもお願いしなくても手伝ってくれるけど、竹っちや京さんも引きづり込んでしまおう。
「先生、入力出来ましたよ。これ、印刷すればいいんですか?」
「おう、印刷して持って来てくれ。Excelの印刷機能使うんじゃなくて[印刷]ってボタンがシートの右上の方にあるだろ。それクリックして印刷するといつも掲示しているフォームで出力されるから。」
「プリンタが見つかりませんって怒られたんですけど。」
「あっ、悪い。プリンタの電源、入ってないわ。ちょっと待て。」
プリンタの電源を入れてから静に指示を出す。
「さっきのコマンドはキャンセルしてもう一回やってみてくれ。」
「今度は大丈夫みたいです。」
白紙がプリンタに吸い込まれ、シャ、シャ、シャ、ウィーンと音をたてて印刷物を吐き出していく。それを何回か繰り返して五枚程が出て来た。静がドヤ顔で持って来た。
「私の実力、思い知るといいですわ!」
「そのマクロ組んだの、俺だけどな。」
「Excelは横書きで入力したけど、これは縦書きなんですね。」
「白鳳の合否結果のページに合わせた形にしてあるんだ。この方が皆見慣れてるから。これで後は白鳳と見比べてチェックするんだけど、同じ形になってるからチェックもし易いだろ。」
「む、チャックなど必要ありません。私のお仕事は完璧です。」
「例えそうであってもチェック、点検は必要だ。いつもは俺一人でやってるけどそれでもこの段階で確認してるぞ。今回は入力作業が静、点検が俺でダブルチェックする形になるからその方がいいんだ。」
「ノーミスだったらご褒美としてご飯奢って下さい。」
「何でそうなる。その理屈だとミスがあったらお前が奢ってくれるのか?」
「ふっふっふ、受けて立ちましょう。」
「えらい自信だな。まぁいっか。」
確認したところ二カ所のミスが発覚。勝負は俺の勝ちとなった。
「こ、こんな筈では……」
「別に高いものでなくていいぞ。牛丼屋とか、或いはほか弁買って来てくれてもいいぞ。」
「若い女性と二人連れで牛丼屋とか……あり得ないでしょう!」
「じゃほか弁で。六時から教室だから五時位になったら買いに行け。ちょっと早めの夕食だ。俺、牛カルビ弁当な。あと味噌汁も付けて。」
「理不尽……」
「勝負を言い出したのはお前だからな。社会人なんだから責任はとる様に。」
相手が学生の場合はさすがに金銭的負担を強いる様な事はしない。せいぜいパシらせる程度だ。ガックリと肩を落とした静だが、ふとある書類に目をとめた。
「これ、合宿の案内ですか?聞いてないんですけど。」
「今日配る予定なんだ。でもお前、平日は仕事なんだから参加出来ないだろう。」
「会社員には有給というものがあるんですよ。知りません?」
「それ位知っとるわ。俺だって昔は会社勤めだったんだから。でも大人が参加してもメリット無いだろう。半分は宿題する勉強会なんだから。手伝いでこき使われるだけだぞ。」
「分かってませんね。こういうのが息抜きになるんですよ。全日程は無理ですけど二日位なら参加出来ますよ。」
「ちなみに婆ちゃんも来るぞ。」
「そう言えばそうでした。今回は御縁が無かったという事で。先生の今後のご活躍をお祈り致します。」
「お祈りメールの文言はやめろ。就活してる奴もいるんだぞ。」
「お婆様が絶対来れない日とか時間帯分かりませんかね。」
「どんだけ嫌なんだよ。多分だけど婆ちゃんは毎日来るぞ。例年そうだからな。」
「夜は大学生の子とか皆残ってその日のプチ打ち上げとかやるじゃないですか。仕事終わってからその時に来ます。」
「その時間帯はすでに合宿のスケジュール外だな。来てもいいけど差し入れは忘れるなよ。昼間は参加してないんだから。パーティ寿司とかがいいな。」
「差し入れに注文付けるとか……いいでしょう。社会人の財力、見せつけてやりますわ!」
「程々にな。」
静がミスった部分を修正し、さらに更新された級・段のランク順に並べ替えし直す。あとはプリントアウトして…張り出すのは今日の教室が終わった後だな。遅くとも来週の教室までに掲示しとけばいい訳だからな。あらためて見てみると……何だ、静も合格してるじゃないか。なかなかやりよるわい。
「もう五時だぞ。弁当買って来い。」
「行きますわよ。行けばいいんでしょ。」
「ほれ、これ持って行け。レシートは貰って来い。」
静に電子マネーのカードを渡す。
「あそこの弁当屋はこの電子マネーが使えるから。多分、五千円分位は入ってる筈だ。」
「私が払うんじゃないんですか?」
「パシらせるだけで勘弁してやる。お前の分もそこから出せ。」
「もぉ先生、何だかんだ言って私の事、大好きなんだから。」
「ちげーよ、はよ行け。」
ニヤニヤしている静を追い立て弁当を買いに行かせる。味噌汁も忘れるなよ。わかめとあげが入ってるヤツな。