小六編 第19話 静に飯と仕事を与える
昼飯奢れと喚く静と早く帰れ、婆ちゃん召喚するぞと抵抗する俺の激しい攻防の末、俺が昼飯を作る代わりに静が仕事を手伝うという事で折り合いがついた。これ、俺が損してないか?
「パスタでも作るか、言っとくけどソースはレトルトだぞ。」
「パスタだけですか? サラダとかスープは?」
「庭からキュウリもいで来い。レタスが冷蔵庫にあるからそれと一緒にサラダは作ってやる。ドレッシングは和風とゴマだれしかないからな。スープは粉末のカップスープがあるから欲しけりゃ自分で作れ。」
そう言って剪定バサミを渡す。
「一本だけでいいぞ。二人分なんだからそれで十分だ。」
「仕方ないですわねぇ。」
静を庭に追いやってから寸胴に水を入れ、コンロにかけて暖め始めた。
「沸騰するまで十五分位かな。その間にレタスを……あったあった、適当に千切ってと……包丁なんて使わなくてもこれで十分だ。」
「キュウリ、獲ってきましたわ。結構育ってるんですね。どれ獲ろうかと迷いました。」
「そうだろ。俺の非常食だ。何だ、その可哀そうなものを見る目はやめろ!」
キュウリを適当にカット、レタスと一緒にボールに入れてこれまた適当に混ぜ合わせてと……色どりが欲しいな。そうだ!
先ほどコンロにかけた寸胴の隣にタマゴと水を入れた小鍋を並べ、同じく火にかけた。
「ゆでタマゴは水から十七分と。」
昔、お袋にこう教わったのだがコンロの火力や水の量、タマゴの大きさや個数によって適正な茹で時間は変わってくると思うんだがな。
お湯が沸騰する間にパスタとソースを準備。
「ミートソース、カルボナーラ、ボンゴレ、どれがいい?」
「ボンゴレがいいです。」
「んじゃ俺はミートソースにするわ、ってボンゴレのパウチに二人分って書いてるじゃねぇか。仕方ない、俺もボンゴレだな。」
寸胴のお湯が沸騰した様だ。パスタ投入。標準茹で時間は……七分だな。ソースも温めんとな。お湯にする時間が勿体ないので、湯沸かしポットのお湯を鍋に入れてコンロの三口目にかける。こういう時、三口コンロは重宝する。三つ同時に使う機会は殆ど無いけどな。
食器を用意して……揃いの食器じゃなくても気にするな。ゆでタマゴが上がったんで流水で冷やし、殻を剥いてスライスしてサラダに入れる。これで少しは色合いが良くなった。
パスタも茹で上がったみたいだ。流しにザルを置いて寸胴な中身をそれにあける。ザルでよく湯切りをして二つの皿に分けてと。ソースも温まったのでパウチを開けてパスタの上からダバーする。均等に分けるのが難しいな。
スープは……静が作ってる筈だが……作るってもカップに粉末入れてお湯を注ぐだけだがな。おっ、俺のも作ってくれたんか。別に要らなかったんだが作ってくれた物は有難く頂こう。って元々うちのじゃないか。
「さて、パスタ、サラダ完成。食え!」
「あの、先生……」
「何だ?」
「フォークはありますけどスプーンは?」
「パスタやサラダ食うのにスプーンは要らんだろう。」
「パスタをスプーンの上で巻き取るんですよ。知らないんですか。」
「あぁあれな。日本人しかやってない独特な食べ方だよな。」
「そ、そうなんですか?」
「会社員時代、出張でイタリア生活を合計で一年位やったけどな、あの食べ方してるイタリア人にお目にかかったことが無い。イタリアでそれやってる奴いたらほぼ間違いなく日本人観光客だった。」
「知らなかった……」
「ただ俺が行ってたのは地元民が食べに来る様な大衆食堂的なレストランだったからな。ひょとしたら格式の高いレストランでは事情が違うのかもしれん。スプーン出してやってもいいけどパスタ用の丸いスプーンは無いぞ。普通のしか無い。」
「一応下さい。あとドレッシングは?」
「あぁ、和風とごまダレ、出しとくわ。好きな方使え。」
「和風を頂きます。ありがとうございます。」
「では、いただきます。」
「いただきます。」
二人して昼飯を食べた後、静には検定結果をまとめた表を作ってもらおう。お約束の労働タイムだ。まさかキュウリを一本もいで来たのとカップスープ作ったのが労働だと思って無いだろうな。
「よし、食後のコーヒー飲んだらこれやってもらうからな。」
「何やればいいんです?」
「来週の検定で受ける級や段をまとめた表を作るんだ。いつも張り出してるヤツがあるだろ。あれだ。」
「あれですか、検定結果見て合格なら一つ級を上げればいいだけじゃないんですか?」
「うちの教室の生徒、七十人分の名前を検定結果に載ってる数千人の中から見つけ出す必要があるんだが?」
「失礼しました。なめてました。」
「数千の中から七十を見つけると思うと大変だが、既知の七十だけを数千の中から拾い出すのはそう大変ではない。PCにExcelのデータベースが入ってて、前回受けた級や段を記録してるから検定結果な中からすぐに見つけ出せる。この列に合格なら1、不合格なら0を入れていってくれ。検定結果に名前が無い場合は検定受けて無かったって事だから空白のままでいい。」
「一人分だけ具体的に例を挙げて見せて下さい。」
「そうだな。じゃぁ勝陽でいいか。勝陽は小五で前回、特級で受けている。C列に入力しているのが前回受けた級だ。」
A B C D E
玄田 勝陽 小五 特級
ふんふんと静がうなずく。社会人なんだからExcelの操作位は問題無いだろう。
「白鳳の検定結果から勝陽の名前を探す。小五と特級で探せばすぐだろう?えーと、おっ、〇が付いてるな、合格だ。合格だからD 列に1を入力する。そうすると…」
A B C D E
玄田 勝陽 小五 特級 1 初段
「隣の枠に勝手に初段って入った。」
「そう、C列が前回受けた級・段でE列が今回受けるべき級・段になる。仮に勝陽が合格してなかった場合は0を入力する。そうすると…」
A B C D E
玄田 勝陽 小五 特級 0 特級
「特級に変わった。合格して無いから今回も特級で受けるって事ですね。」
「そういう事だ。今回は違うが特進検定だと二階級特進で◎が付く事がある。そういう時はD列に2を入力する。」
A B C D E
玄田 勝陽 小五 特級 2 準二段
「二階級特進で準二段になる。とりあえず七十人分、この作業を繰り返してくれ。あっと、勝陽の所は1を入れ直して普通の合格に戻しておいてくれ。」
「わかりました。私の実力、見せてあげますよ。」
実力も何も検定結果をデータベースに入力していくだけなんだけどな。とりあえず仕事与えときゃしばらくは静かになるだろう。静だけになって、やかましいわ。