小六編 第18話 会報誌白鳳届く
本日、2話目の投稿になります。
「お届け物でーす。」
土曜の朝、惰眠を貪っていると宅配便のお兄ちゃんに起こされた。はいはい、今出ますよ。
「重いですよ。気を付けて下さい。」
あぁ、白鳳書道会の本部から来月号の白鳳(会報誌)送って来たのか。数十ページの冊子だがこれが何十冊にもなるとさすがに重くなる。入れている段ボール箱もWフルートで作った丈夫なヤツだ。AやBのシングルフルートの箱だと底が抜ける恐れがあるからな。
「えーと、白鳳書道会の白石さん? ハンコお願いします。」
「はーい、ご苦労様。」
本当は白石ではなく白石なんだけどな。訂正するのも面倒なのでそのままスルーして受取りの判子を押す。ちなみに荷物の受け取り用に玄関の棚に常備している判子は白石として売っていた三文判だ。
白石は本名ではなく所謂、雅号――ペンネームと言えば分かりやすいか――だ。俺が昔通っていた書道教室の師、白鳳書道会の主宰であった白井励碩先生に貰った名だ。中学以降は教室に通えなくなってたのだが、社会人になってから再び教えを乞う機会があり師範の資格も取れた。その時に
「儂の『白井』の白と『碩』の一部である石をやろう。白石と名乗るがよい。」
と言って貰ったのだが…
「白井先生、それだと『しらいし』になっちゃうんですけど。」
「そうだな。」
「『はくせき』とも読めますよ。新井白石の『はくせき』です。」
「まぁそれでもいいんじゃないか?」
「いいのかよ!」
思わずタメ口で突っ込んでしまった。
「えーい、ごちゃごちゃ煩い。もう落款も掘ってちゃったんだから有難く受け取れ! 読み方は何でもいい。しかし文字は『白石』だ。いいな!」
と、強引に押し付けられたみたいな感じだった。
落款っていうのは書き上げた書、作品に名前と共に押す判子みたいなもので、自分で印材――石の物が多い――を掘って作るのが一般的だ。だから俺も白井先生に掘ってもらった落款はあくまで師範の資格証書みたいなものだと捉えて大事に取ってある。実際に使うのは自分で掘った物だ。
白井先生が弟子に付けた雅号には大体「白」が入っている。白井の白なのか白鳳の白なのか議論が分かれる所だが、そもそも白鳳が白井の白を使って名付けられた――と思われる――のだからどちらも正解だと思う。
雅号を貰った時の経緯がそんなのだったから自分でも読み方には拘らなくなってしまった。「びゃくせき」でも「はくせき」でも極端な話「しらいし」でもいいらしいし。何しろ師である白井先生の「お墨付き」を頂いたんだからな。書道家だけに。
そんな白井励碩先生も数年前に鬼籍に入ってしまった。九十歳まで生きたんだから大往生だとは思うが。今、白鳳書道会は息子の白井霞碩先生が継いでいる。俺を含めた昔の塾生達は若先生と呼んでいた。若先生は父である励碩先生の弟子でもあるから俺から見れば兄弟子にあたる。兄弟子なのだが俺が小六の一年間だけはこの兄弟子が先生だった。励碩先生が高齢を理由に子供の教室からは退き、霞碩先生がそれを引き継いだ為だ。体力的にも週何回もある――当時の教室は週一回ではあったが塾生の数が多かった為、曜日を分けて受け入れていた――子供の相手はきつかったのだろう。社会人等の一般の塾生は引き続き励碩先生が担当していた様だが。
若先生はその時初めて子供を教えるのではなく、元々数年前から本部以外の場所へ出張して出稽古で教室を開いていた。たまたま俺が住んでいる近くにもその出稽古を行っている教室があった。本部でもそっちでも同じ先生になったのだからという事で、俺もそっちの教室に行ってはどうかと若先生から言われ、そうする事にした。しかも若先生が教室に行く途中に俺の家があった事もあって、ついでだからと車で送迎してくれる事になり、非常に恐縮した記憶がある。どちらの教室も俺の家からはバスで行く距離だから配慮してくれたんだと思う。結局、中学入ってからは部活動やら何やらで行かなくなってしまって若先生には悪い事をしたなぁ。
さて「白鳳」が届いたという事は俺には一つやらなければならないことがある。白鳳には前回の検定の結果が掲載されているのだ。白鳳書道会の会員は西日本を中心に全国に散らばっており、検定の受験生は数千人になる。その全員の名前が合否に関わらず載っているので、その中からうちの塾生の名前を抜き出して今月の検定を受ける級・段を確認しなければならないのだ。
どうせ白鳳は塾生に配るんだから本人達に確認させればいいじゃん、とは思うかもしれないが、とあるミスを引き起こす可能性がある為それはやっていない。そのミスとは……来月号の白鳳を配ってしまうと、その来月号に付いている検定票を使って今月の検定に提出してしまう奴が出て来るからだ。今月の検定は今月号の検定票を付けなければならない。白鳳が今月と来月の二冊あると間違う奴がいるので今月の検定を提出してからでないと来月の白鳳は渡さない事にしている。
その代償として俺がいちいち名前をピックアップして今月受ける級・段を確認しているのだ。うちの塾生は年にもよるが例年、大体六十人から八十人程、多くとも百人超える事はまず無いので何とかなっている。PCで名簿管理して前回受けた級・段を記録しているから白鳳の検定結果のページと照らし合わせて合否を見ればいいだけだからね。昔はこんなデータベースも帳面――ノートと言わない所が時代かかっている――で管理してたんだから簡単に検索や並べ替えが出来ず、大変だったろうな。今ではより効率化を図る為、Excelでマクロを組んで学年別に今回受ける級・段が印刷される様なちょっとしたシステムを作って運用している。その印刷された紙を教室の壁に貼っておけばいいのだ。勿論、検定票に書かれた級・段は提出時に再度俺の目でも確認はしている。
それに加えて今回はご新規さんがいる。そう、彩音だ。どの級で受けさせるか。小六の一番下は……前回と同じく七級天か。これで受けさせるべきか。来週の出来次第のかなぁ。やる気を出させる為にも低い級でもいいから合格はさせてやりたい。どうすっかなぁ……若先生に相談してみよっかなぁ。
ババーーン!
教室の扉が開け放たれた。
「ふっかーつ!」
ゲッ、またお前か。
「雌伏の時を経て、私、ここに参上!」
うん、惨状だね。静。いい加減そろそろ学習しようか。俺はスマホを手にし、ピッピッと操作を始める。
「やめてやめて、竹内のお婆様はいやぁ。」
静が縋り付いて来やがった。えぇい、暑い、うっとぉしい!
「大体また何でこんなに早く来てんだよ。まだ午前中じゃねぇか。」
「先週私を見殺しにしたお詫びとして昼ご飯でも奢られてあげようかと思いまして。」
ハハハ、こやつめ。やっぱり婆ちゃん召喚だな。
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