中学生編 第51話 合同合宿二日目 御用聞き
「そう言えばさっき観音院行った時、中学時代の先生に再会しましたよ。」
「観音院で、と言うと岡庭先生か。住職の奥さんの。」
「そうです。英語の先生の。授業受けた事はないけど。」
「だったら向こうはお前の事、知らなかったんじゃないか?」
「英語は教えてもらってないけど書道クラブの担当の先生だったんですよ。それで俺の事も思い出してくれました。」
「お前、中学は書道部だったの?」
「うちの中学には書道部は無かったです。書道クラブってのは当時、全校クラブって言ってたかな、週一の授業の時間でやってたクラブで、放課後にやる所謂部活動とは別のものです。白鳳の検定課題で稽古してました。」
「思い出した。昔、岡庭先生が自分の生徒の書を検定に持って来てたわ。それだな。」
「恐らくそうでしょう。俺は出してませんでしたが。」
「何で?」
「書道クラブでは俺は既に特待生って事になってたからです。実際には五段でしたけど。特待生なら検定受けてもそれ以上昇段しませんからね。意味がないから検定への提出は免除って事になってたんです。検定受けるのもタダって訳じゃないし。勿論、書道クラブの時間には課題書を書いてはいましたよ。」
「悪い奴だな。」
「五段から特待生への昇段なんて週一、一時間の授業で受かる訳ないじゃないですか。しかも楷書から行書に変わって何も教わってないのに。」
「お前、小学生で辞めたんだったっけ。」
「そういや特待生の子が検定受けるのってどんな意味があるんですかね。白鳳に特待生として名前が載るだけですよね。」
「特待生が同学年で複数いる場合、順位が明確になるだろ。上手い順に載るんだから。」
「あぁ、確かに。うちの子でもうすぐ特待生になるのがいるんですよ。でも同学年では暫くその子一人だろうなぁ。」
「三年生か四年生で五段の子だろ。一時期、柴田の教室にいた。」
「そうです。昨日、姉さんに鍛えられてた子です。」
「あのちっちゃい子がそうなのか。なんか……すまん。」
「まぁ、姉さんの奇行は今に始まったことではないんで……」
「白鳳の教室では昨年位から小学生の指導をあいつに任せてるんだよ。検定審査も三四年生はあいつがやってる。それもあって三四年生組の担当にしたんだが元に押し付けやがった。」
「三四年生の検定審査をやってるってのは元さんに聞きましたけど、小学生の指導を姉さんに? 保護者からクレームがきそうですけど。」
「何件かあった様だが力でねじ伏せた。」
「ですよねー。」
「今日は真面目に三四年生組を見てるようだな。」
「莉紗の書道も見るって、あと莉紗以外にも有望なのが居るかもしれんとか言って。」
「有望株見つけたらその子も餌食になりそうだな。」
「餌食って……まぁ、その通りなんですけど。」
「一番の餌食というか被害者はお前だよな。」
「俺は莉紗みたいに姉さんとはバトりません。避ける術を模索します。」
「お前はあいつとくっつくんだと思ってたんだがな。」
「恐ろしい事を言わんで下さい。」
「多分だが当時、お前以外の全ての者がそう思ってたと思うぞ。」
「当時って、小学生じゃないですか。」
「あぁ、悪い。当時ってのはお前が師範研修受けてる時の事だ。尤もそれも小学生時代のお前らの事を知ってるからこそなんだが。」
そんな風に見られてたのか……勘弁してくれ。
「弁当の振り分けリストは出来たとして……優、これから御用聞き行って来い。」
「御用聞きとは?」
「各組回って不都合な事が無いか聞いてくるんだ。さっきみたいに半紙が無くなったとかあるかもしれん。」
「聞いてくるだけでいいんで?」
「お前が対処出来るものならその場で対応してくれ。私の判断を仰ぐ様な事なら電話しろ。」
「へーい。」
御用聞きという大役――雑用だがな――を仰せつかった。各組を回ればいいんだな。さっき観音院の高校生以上の組に行ったから今度は下から行くか。とりあえず一二年生組へと。
「お疲れ様です。何かご不便や不都合はありませんか? 半紙や墨液がなくなりそうだとか。」
「あーっと……特には無いわね。」
「子供が言う事聞かないとか。」
「小さい子はこんなものよ。保母さんみたいなもんだわ。」
「では何かあったら申し出て下さい。と言ってもあと二時間弱で終わりますけど。」
「分かったわ。ありがとう。」
一二年生組は特に無しと……次は三四年生組か。姉さん、ちゃんと見てんのかな。莉紗には悪いが姉さんの奇行の方が気になる。
「元さん、お疲れ様です。御用聞きに来ました。何か問題ありませんか。半紙、墨液が無くなりそうとか。あっと、姉さん何とかしてくれってのは無しで。俺も命が惜しいので。」
「墨液が無くなりそうだから補充を頼む。あと、あいつを何とかしようとは俺も思わんよ。」
さすが長い付き合いだ。どうしようもない事を分かってらっしゃる。その当の姉さんは子供等の席の間を歩きながら威圧してる様だ。子供が怯えてるじゃないですか。
「姉さん、姉さん。子供が怖がってます。覇気は抑えて。」
「あぁ? いつもの半分も出してないぞ。」
半分でも出してるんだ。この覇気使いめ。莉紗は、っと……うーん、昨日からの殴り合いで慣れたのか、動じてはいない様だ。稽古も真剣だ。
「莉紗はどうです?」
「あぁ、ちゃんと育ててやる。三年で甲子園「それはいいですから。書道の方です。」
「大丈夫だ。ちゃんと特待生にしてやる。」
「ホント、頼みますよ。」
一旦、霞碩先生の所へ戻って墨液の補充をお願いしよう。
「霞碩先生、三四年生組の墨液補充の要望がありました。」
「そうか、これ持って行ってくれ。一本あれば足りるだろ。」
400mlの墨液ボトルを渡される。今となっては懐かしいな。うちが量り売りする様になってから半年以上経過した。再び三四年生組に戻って墨液ボトルを元さんに渡した。次は五六年生組か。うちからは勝陽と亜希が参加している。担当は……あれっ? 梨香さんが居る。
「梨香さん、五六年生組の担当なんですか?」
「担当は別の先生よ。私は補助の補佐ってとこね。五六年生の検定審査の担当でもあるから本来は担当とか補助に就くべきなんだけど、合同合宿の全体の監督もしなきゃいけないから。時間が空けば見に来る程度なのよね。」
「お疲れ様です。」
「優くんはどうしたの?」
「霞碩先生に言われて御用聞きに来ました。半紙、墨液の補充が必要とか、それ以外にも問題あれば言って下さい。」
「半紙は今朝補充したからいいわね。先生、墨液は足りてます?」
「えーと、大丈夫ですよ。」
梨香さんが担当の先生に聞いてくれた。
「他に問題等あればお申し出ください。それでは失礼します。」
とりあえず小学生の組は回った。次は中学生組だな。うちからの参加者は雅也、月子、彩音だな。ちょっと心配だな。特に彩音が。というか、彩音だけが心配だ。月子がどこまで抑えてくれてるかだが……昨日の稽古でも特に報告は上がって来なかったから大丈夫だと思いたい。




