小六編 第16話 小六女子がVipperだった件について
七月中旬の修道教室は夏休み前ということもあって皆浮かれている様だ。中高生の期末テストもほぼ終わったみたいで来週からは生活のリズムが変わってくるだろう。
彩音は相変わらずスケッチブック片手に絵を描きまくっている様だ。しかし時々「グヘヘへ」とか言ってだらしない顔をしながら描くのは女子としてどうなんだ。多分だけどあれが彼女のノッてる時の姿なのだろう。邪魔をしてはいけない、というか近寄らない方がよさそうだ。
「オカンから来週水曜か木曜の午前中でどうですか? って事ですけど……」
「じゃあ木曜で頼むわ。」
「どれ位時間かかります?」
「教室の説明と入塾の手続きだけだから三十分もかからないよ。多分十五分か二十分で終わるんじゃないか。」
「だったら十一時半でいいですかね。オカン、そのまま仕事に行きたいそうなので。」
「分かった。じゃ来週木曜の十一時半という事でお母さんに伝えておいてくれるか。あっ、あと印鑑を持って来るように言っといてくれ。」
「分かりますた。」
ますたって……どうもこの子はネットスラングに毒されているみたいだ。いかんぞ、そんな事では。いやネットがどうこう言う訳では無い。ネット以外の所でおおっぴらにネット用語をまき散らすと、周囲から痛い目でみられるのが実情だからだ。俺の様に多少なりともネットの世界が分かっている人間ばかりではないのだ。
「先生って……」
な、何だ?
「先生って見てますよね。」
「な、何を?」
「3chとかスマイル動画とか、絶対見てるでしょ。」
「何故そう思う?」
「否定はしないんですね。」
「……」
「やっぱり先生はこっち側の人だったんだ。」
「待て待て、なんだそのこっち側ってどっちだよ。」
「私がちょいちょいネット民でしか分からない用語使ってたのに普通に分かってくれてたからね。そっかー、そうなんだー。」
「やめろ! 確かにネット歴は長いがそれだけだ。知識として知ってるだけだ。だからそんな生暖かい目で見るんじゃない。」
「大丈夫ですよ。分かってますってば。」
「何だよ、分かってますとか言うな。俺が痛い人みたいじゃないか。」
「先生は『ねらー』と…」
「メモするんじゃない。もうやめて、俺のライフはもう0よ。」
「何だ、まだ余裕有るじゃないですか。」
「し、しまった。つい……」
もう帰っていいスか?って俺の家はここなんだけど。
「ほれほれ、どんな板見てるか言ってみ? ほれ。」
こやつ、鬼か。
「興味があるものや趣味関連の板をROMってるだけだ。ごくたまに名無しでカキコする事はあるが基本ROM専だ。」
「ほうほう、で、具体的にはどの板を?」
「言う必要性を感じないのだが?」
「先生の性癖を知る為にも。」
「性癖とか言うな! 言っとくけどお前が期待している様なサブカルとかアダルト関連は見てないからな。政治・経済とか軍事板とかそんな所だ。」
「ミリオタなんスか?」
「そうじゃない。サバゲーとかしないしミリコスにも興味無いからな。」
クソー、なんで小学生女子にこんな仕打ちを……
「お前の方こそどうなんだ。どの板に常駐してるんだ?」
「アニメとかフィギュアとかのサブカル関連と……あとはニュー速Vipですかね。」
Vipperかよ! 最悪だ。
「お、おまっ、その歳でVipとか……悪い事は言わん。やめとけ!」
「えーなんでぇ。Vip楽しいよ。」
「まさかとは思うが……コテハンでやって無いだろうな。」
「そんなことしたら煽ったり荒らしたり出来無いじゃないですか。」
荒らしてるのかよ。ヤバい、本当にヤバい。これは本人だけでなく周りに悪影響を与える恐れがある。しかし何でもかんでも駄目ってのは本人が納得しないし俺も強制はしたくない。
「あー、彩音君。趣味嗜好についてどうこう言うつもりはない。ただそういう発言はリアルでは控える様にな。周囲の目がある事を自覚する様にな。」
「それ位は弁えてますから大丈夫です。先生だから言ったんですよ。何せ先生はこっち側ですし。」
どうやら同類認定されてしまった様だ。
「どうしてこうなった!」
「ほら、その言い方がすでにこっち側って証拠ですよ。」
なんも言えねぇ……はっ!まさか月子もこいつの毒牙に!
「すんげぇ聞きたくないんだがまさか月子も……」
「あぁ、ツッキーはねらーとかじゃないですよ……多分。」
おい、不安を煽るな。
「スマ動とかは視てますけど……まぁ私が勧めたんですけどね。」
やってやがった。
「だからネットスラングは多少分かりますよ。スマ動ではボカロ関連の動画視てるみたいです。ミクとかの絵もよく描いてますよ。」
「そ、そうか。スマ動かぁ……せめてつべ位にさせときたかったなぁ。」
「残念ながら手遅れかと……」
「お前が言うな!」
「そこは『おまいう』って言ってくれないと。」
「もういい、これ以上周りを汚染せんでくれ。」
「失礼な。自分からは広めませんよ。ただ相手から請われれば吝かでは無いってヤツですよ。」
「信じていいのか。いや、信じる信じないでは無いな。ただ祈るしかない。人間とはなんと無力なんだろう。」
「なんか厨二っぽいですよ。」
「厨二って言うな。せめて中二って言え!」
そう反論するのが精一杯だった。全く頭痛が痛いよ。