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中学生編 第41話 姉弟子

「お前、なかなかうまいな。私の子分にしてやる。」


 (あね)さん、白井(しらい)秀美(ひでみ)は初対面の時から暴君だった。俺より一歳年上のこの女帝は何故だか分からんが俺の事を気に入ったみたいで、色々とかわいがって(・・・・・・)くれた。そう、色々な意味でだ。


「お前は今日から優樹(まさき)だからな。」


 書道教室内での俺の呼び名が変わってしまった。この時から俺は、優樹(まさき)(まさ)(まさ)くん等と呼ばれる事になった。優なんて字は俺の名前には含まれていない。そう、白鳳関係者が俺の事を(まさ)と呼ぶのは全てこの暴君のせいである。しかしなんで優樹?


「うちの弟よりうまいからな。良樹の上は優樹だろう。」


 そう、この女帝は良樹――白井物産専務――の姉なのだ。良樹は幼少期からこの暴君の圧政に耐えていたのだろう。逆らうという気概はその頃には既に無かった。


「私は優よりさらに上の秀だからな。だから私はお前をどう扱ってもいいのだ。」


 暴君である。理不尽のかたまりである。かくして小一から小五までの五年間、俺はこの姉弟子の支配下に置かれた状態で教室に通う事になった。優くん良くんコンビと呼ばれていたのもこの頃だ。しかし良樹は被害者歴が俺より長い事もあって、被害を最小限にする術に長けていた。逆らう事は出来ないが回避する事は出来る。それが当時の奴の口癖だった。悲しいなぁ…… 結果として被害担当となるのは俺な訳で……今にして思えば良樹は狡猾にも、俺を生贄として差し出していたのではないだろうか。


 俺が小六になると姉弟子は中学に上がり、教室の曜日が変わる事になった。詳しくは聞いていないが恐らく部活動との兼ね合いだろう。さらに俺はこのタイミングで霞碩先生の出稽古先の教室に変わる事になる。これにより直接支配からは解放され、俺は清々しい気分で教室に通えるようになった。後から聞いた話だが、俺が教室を変わった事を知った姉弟子が暴れまくって大変だったそうだ。俺に教室変更を提案した霞碩先生は相当恨まれたらしい。何でも、本部の教室に通ってるなら稽古が終わった後、拉致って白井家(うち)に連れて来ればいいじゃん、とか恐ろしい事を画策していたらしい。そんなに俺をおもちゃにしたいのか。


 中学に上がってからは平和だった。と言うか書道教室に通わなくなってしまったからな。姉弟子との接点も無くなった訳だ。良樹とは学校は違うが同じ町内という事もあって、時々出くわす事もあったが、姉さんとはそういう事は無かったなぁ。恐らく本能が、五年間鍛えられた危機回避能力が発動していたに違いない。


 中学三年間をのほほんと過ごしていた俺にも高校受験の時期がやって来た。成績は悪くはなかったので余裕を持って志望校を決め、受験に臨んだ。別に難関校という訳ではない。少し偏差値高目の公立校だ。同じ受験会場に良樹が居た事には少々驚いたが。こいつも同じ高校を受けていたとはな。倍率は高くないし、二人とも落ちる事はないだろう。


 無事、高校にも受かって入学式に出ると、予想通り良樹も受かっていた。良樹は隣のクラスか。まぁ、一学年十クラス程の学校だからなぁ。同じクラスになる事も稀であろう。


 入学後のオリエンテーションの時期に入ると部活動の勧誘なんかも始まった。俺は特に部活に入るつもりはなく、のんべんだらりと三年間を過ごすつもりだった。放課後、教室を出て帰宅するべく校門を出ようとしたところにその人物が現れた。


「優ぁ、ちょっと面貸せや。」


「ひっ!」


 俺の事を優なんて呼ぶのは……野生の暴君が現れた。


「な、何で姉さんが……」


「ここの生徒だからな。」


「そんな……良樹はそんな事……」


「細けぇ事はいいんだよ! ほら、行くぞ!」


「えっ、ちょっと……」


 俺が連れて行かれたのは特別教室棟、視聴覚教室や音楽室等がある棟だった。割りと最近新設されたのか奇麗で、態態(わざわざ)靴を脱いでスリッパに履き替えて入る様なところだった。


「ほら、さっさと上がれ! 三階だ。」


 追いやられる様にしてやって来たのは……成程、そう言う事か。


「書道部は火木土、週三回、ここで活動してる。来週からちゃんと来いよ。」


「えっと……書道部に入るとは一言も言ってないんですけど……」


「で?」


「そもそも部活自体入るつもりが無い訳でして。」


「それで?」


「仮に何かに入るにしても色々見学とかしたいなぁって……」


「見学? 今からすればいい。」


「いや、ちょっと人の話聞きましょうよ。」


「あぁ?」


「イエ、ナンデモアリマセン……」


 その後、入部届に記名させようとする姉弟子と、何とか阻止しようと抵抗する俺の間で激しい攻防があったが、右手を押さえ付けられて無理矢理ペンを握らされて名前を書かされてしまった。パワハラだろ、これ。


「お前の本名ってこんなんだったか?」


「酷い!」


 どうも姉弟子の中では優樹が定着してしまっていた様だ。


「まぁいい、どっちにしてもお前は優樹だからな。」


 今にして思えば入部届に優樹の名前で書いとけばよかったんじゃないだろうか。姉さんは違和感なくそれを受け入れ、俺としては優樹? 誰でしょうね? 知りませんね、とバックレる事も出来たかもしれん。まぁ、そんな事をしても同じ様にまた拉致られて、今度こそ本名を書かされるんだろうがな。


 書道部には三年生が四人、二年生が姉弟子を含めて六人、俺と同じ新入生が後から新入部員として五人入って来た。俺以外は全員女子である。うぅ……中学時代の吹奏楽部の悪夢、再び……今回は男子が俺一人って事でさらに分が悪い。あと一人、二人でも男子が居ればなぁ。そうだ! 良樹を引き入れよう。あいつなら姉さんには逆らえない筈だ。と思ったら良樹は既に他の部活に入っていた。しかもご丁寧に書道部と同じ火木土が活動日になってる部活だ。生物部って……お前、絶対活動日だけで選んだろ。くそぉ……あいつ、また俺を生贄にしやがったのか。姉さんが同じ学校だって情報も伝えなかったし、確信犯だな。


 後から聞いた話では、二年生の間ではある噂が飛び交っていたらしい。あの(・・)――どの(・・)だ――白井秀美が新入生の男を捕まえて舎弟にしたらしい、ペットか? いや、オモチャだろう、あるいは悪魔召喚の生贄か? どれもあり得そうな話だから困る。かくしてまた二年間のご奉公が決まったのであった。

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