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中学生編 第40話 合同合宿一日目 げぇっ!

「全く、躾けはちゃんとしときなさいよね。」


「正直、すまんかった。」


 とりあえず彩音はグリっといたが、多分懲りてない。これで大人しくなる位ならとっくの昔になってるだろう。おっと、そろそろ開会式が始まるな。霞碩(かせき)先生をはじめとした白鳳書道会所属の先生方が出て来た。励碩先生時代から所属していて霞碩先生より年配の先生も居るしなぁ。書道会の運営も色々とやりにくいんだろうな。


「皆さん、おはようございます。これより白鳳書道会合同合宿を始めたいと思います。この様に様々な教室の書を学ぶ者達が一堂に会して切磋琢磨する機会はそうはありません。短い期間ではありますが、二日間の内に何かしら自分が成長したと思えるものを掴んで帰って下さい。それでは簡単ですが開会の挨拶を終わります。」


 霞碩先生の開会宣言というか挨拶が終わる。うん、挨拶は短ければ短い程いい。続いて司会進行役? の人が今後の予定やら何やらについて事務的な事を伝える。どうも各教室の塾生達は学年毎に分かれて指導を受ける様だ。具体的には上から、高校生以上(社会人を含む)、中学生、小学五六年生、小学三四年生、小学一二年生の五組に分かれる様だ。尚、合宿参加要件として小学生以上という事になっていたので、未就学児童の参加者は居ない。各組には担当の専任とその補助の先生が付くらしい。学校の担任、副担任みたいなものか。うちの教室は高校生以上が静、啓志、聖江の三人、中学生が雅也、月子、彩音の三人、小学五六年生が勝陽、亜希の二人、小学三四年生が莉紗のみ、小学一二年生は参加していない。うーん、莉紗が一人になっちゃうな。暫く付いておいてやるか。雑用を押し付けられない限りは。


「霞碩先生、うちの塾生で小四の子が一人だけになっちゃうんで暫く付いていてやっていいですか? すぐに馴染むとは思うんですけど。」


「最初のうちだけならかまわんぞ。昼前になったら昼飯の準備や午後の海水浴がらみの仕事があるから、そっちに回ってもらうがな。えーと、とりあえず(まさ)は三四年生の組へ、と……そこでいいんだな。」


「えぇ、何かあったら呼んで下さい。」


「分かった。すまん……健闘を祈る。」


 霞碩先生の態度がおかしかったな。何かあるのか? まぁいい、三四年生の組に行こうか。


「莉紗、一人で不安かもしれんが問題無いか?」


「昨日、四年生で仲良くなった子がいるから大丈夫だよ。」


 そうか、うちの教室以外でも同じ学年の子の知り合いが居ればいいんだ。莉紗を伴い、三四年生組の部屋に入る。担当の先生は……何だ、(はじめ)さんじゃないか。


 原内(はらうち)(はじめ)さん、確か三つほど年上の俺の兄弟子だ。師範になった時、励碩先生に貰った雅号は白元(はくげん)、その際には、防虫剤かよ! って励碩先生にツッコミ入れたそうだ。


「担当は元さんでしたか。うちの子が一人だけだったので付き添いで来ました。霞碩先生に呼ばれるまでならお手伝いしますよ。」


(まさ)か、久しぶり。俺も本来は担当じゃなくて補助の方だったんだがな。立場をひっくり返して担当を押し付けられてしまってな。」


「お疲れ様です。押し付けられたって事は元さんより目上の人って事ですか?」


「いや、一応、俺の方が年上なんだが……何と言うかその、な……押しの強い奴って居るだろ。」


「そういう事ですか。聞いた限りじゃ担当も補助も大差ないと思うんですがね。」


「合宿の最後に総評と言うか報告書みたいなのをまとめる仕事が担当にはあるんだ。それを嫌って俺に押し付けやがった。優も仕事押し付けられない様に注意しとけ。」


「俺はそもそもこの組に割り振られた訳でも無いですし、昼前になったら霞碩先生の方に行っちゃいますよ。」


「ねぇねぇ、先生。先生ってマサって名前なの?」


(まさ)は俺の愛称と言うかニックネームと言うか……あだ名だな。優れる、優秀の優って字を書いてマサって読むんだ。」


「先生の名前に『優』って字があるの?」


「いや、無いよ、これはだな……」


 あれ、おかしいな。何故だか頭の中で銅鑼(どら)が鳴り響く。古代中国の戦場でもあるまいに。


「ジャーン! ジャーン! ジャーン!」


「よぉ、(まさ)ぁ、やっと来やがったか!」


 銅鑼が鳴り響いた後にそいつが現れる。


「げぇっ! (あね)さん!」


「敗走中に関羽に鉢合わせた曹操みたいだな。」


「元さん、な、なんで姉さんがここに……」


「そりゃ、俺に担当押し付けて補助に回ったのがこいつだからな。」


「な……」


「な?」


「なんてこったぁ!」


 やばい、やばいぞ。すぐに逃げなきゃ。霞碩先生、他の仕事無いですか。ここ以外の仕事なら何でもやりまっせ。


「そ、それでは長居するとお邪魔になるでしょうから、俺は霞碩先生のとこに戻りますので……莉紗、また後でな。」


 そそくさと退室しようとする。


「まぁまぁ、ゆっくりしていけや。」


 だが回り込まれてしまった。しかも壁ドンされた。全然嬉しくない。


「まさか私の(そば)に居るのが嫌だって事は無いよなぁ? おぉう?」


「そ、そんな、滅相も無い。姉さんには昔、随分とお世話になりましたし……おそれ多い事です。」


 恐れ、怖れ、畏れ、どれも当てはまってしまうのが困る。


「ただ霞碩先生の仕事もありますし、ここを辞するのは断腸の思いなのですが、平にご容赦を。」


「あぁ、若先生には許可を取った。午前中はこの組に居ろ。補助である私の補助だ。」


「何て事してくれちゃってんのぉ!」


「不服か? どうなんだ? んん?」


「イエ、ソンナコトナイデス……」


 これはもう駄目だ。またこの人に屈するしかないのか……と、半ば諦めた時だった。


「先生をいじめるな!」


 莉紗がすごい勢いで姉さんに向かって飛びついて来た。しかもスタンガンを持った右手を突き出し乍ら。俺が与えたの、常に持ってるのか。ふい打ちを食らった形になったが、姉さんは振り向きざま左手を莉紗に突き出すと、莉紗の頭というか額の辺りを左の手の平で受け止めた。莉紗の付き出したスタンガンを持った右手と、姉さんの突き出した左手、一見、カウンターの形にはなっているのだがリーチは断然姉さんの方が長い。憐れ莉紗のスタンガンは不発に終わり、姉さんの左手が莉紗の顔を抑え込むだけとなった。莉紗が両手を回しながら姉さんに攻撃しようとするが全然届いてない。あっ、何かちょっとかわいい。


「なかなかやるじゃないか。死角になる位置からの襲いかかるのはいいとして、声を出しながらやったんじゃ意味が無いぞ。あと殺気が駄々洩れだ。そんなんじゃ相手に気付かれてしまうぞ。」


 うーん、姉さんは何を言ってるのだろう。莉紗は別に暗殺者(アサシン)目指してる訳じゃ無いんだけど。


「お前、名前は?」


「莉紗! 河田莉紗!」


「河田莉紗……お前が小三で五段まで昇段した奴か。ははっ、こりゃいい。元っちゃん、この子は私が鍛えるから貰っていく。優もいいな。二日間だけだ。明日の夜には返してやる。」


「おい、幾らなんでもまずいだろう。」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ、というか私に意見出来る人って居る? してもいいんだよ?」


「霞碩先生には報告させてもらうぞ。」


「いいよー、それも含めて好きにやらせてもらうって事で参加してるんだから。」


 元さんとしては霞碩先生に報告する事で免罪符にしようとしてるんだろうな。気持ちは分かる。恐らく霞碩先生も姉さんがそうするなら仕方ないって考えるだろうからな。


 姉さんは何とか逃れようと暴れる莉紗を小脇に抱えて部屋を出て行った。莉紗、書道の道具とかここに置きっぱなしなんだけど……鍛えるって何を鍛えるんだよ。


「つーわけで、補助が居なくなったんでお前が補助な。」


「理不尽!」


 これでうちの教室の塾生が一人でも居ればやる気になるんだが、たった一人の塾生は姉さんに拉致られてしまった。


「そもそも何で元さんと姉さんが三四年生の担当なんです?」


「俺らが三四年生の検定の審査をやってるからだ。合同合宿では八月の検定書を課題にして練習するんだ。合同合宿に来ると課題を審査する者からの指導を直接受けられる。」


「めっちゃ有利じゃないですか。」


「そうだ、しかも八月で特進検定月だからな。ここだけの話、合同合宿参加者はよっぽどじゃない限り必ず合格する。最低でも一階級は上がれる。」


「そうなんですか?」


「特進月って事もあって、合格者が大量に出てもそんなに目立たないしな。」


 そんなカラクリが……ん、という事は……


「さっき連れて行かれた子、今五段なんですけど、必ず合格って事は特待生になれるって事ですかね。」


「河田莉紗って子だよな。あの子上手いよな。合宿じゃなくても特進月だけの下駄はかせだけで合格出来るんじゃないの?」


「莉紗って有名なんですか?」


「そりゃあな。三年生で五段だろ。というか一年生の段階で二段位じゃなかったか。」


「三才から検定受けてますからね。ゆくゆくは師範になりたいそうですよ。」


「そうか、ならあいつの修行も無意味って事はないかもな。師範には理不尽さに耐える事も必要だからな。」


「姉さん、書道鍛えてくれるんじゃないんですか?」


「あいつがそんなことする訳無いだろう。それに書道の方はあの年齢なら十分特待生の技量はあると思うぞ。」


「そうですか……八月で特待生は固いと思っていいんですね。」


「逆にあいつの修行に耐えられなかったら不合格かも……」


「そこは合格にして下さいよ。と言うか姉さんの修行って何なんですか?」


 一抹の不安を感じる俺であった。

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