中学生編 第39話 合同合宿一日目 隣の芝田
朝六時、合同合宿の起床時間である。寝みぃ……昨日は長時間のドライブやら海水浴やらで体を酷使したから疲れが溜まっている。んで今日も午後から海水浴か。昨日は免除されていた雑用という名の労役も今日からは課せられてしまう。日当分は働けよって事でこき使われるに違いない。とりあえず顔洗って身支度して朝飯を食う。この後、参加者全員が参加しての合同合宿開会式というかお偉いさんの挨拶が行われる。開会式会場――と言っても俺らが寝ていた大広間を片付けただけなんだが――に集合、座る場所は教室毎に決まってるのか。うちはっと……県外組は後ろの方なのか、別に前になったからといって何か有利になるって訳でも無いから構わんのだが。
はいはい、失礼しますよ。どうもすいませんね。ちょっくら通していただけますか。やっとの事で自分らの場所を確保する。ありゃ、お隣さんは二十歳位の若い女性だ。ちょっとラッキーかも。
「おはようございます。二日間よろしくお願いします。」
とりあえず挨拶はしておこう。
「お、おはよう……ございます。」
リアクションが微妙だな。何だ、こいつ、いきなり話しかけやがって、みたいな感じなのか。まぁ、話しかけたのがおっさんだからなぁ。気安く声かけんじゃねーよ、って事なのか。分かりましたよ。おっさんはおっさんらしく大人しくしときますよ。にしてはこの娘、チラチラこっちをうかがってるよなぁ。さては俺に惚れ……なわきゃないわな。
「何か?」
「ひょっとして分からないの?」
んんー? 知り合いだろうか? 少なくとも向こうは俺を知ってる様だな。どこかで会った事あるっけか? 自慢じゃないが俺は人の顔を覚えるのが苦手なのだ。隣の娘の顔をじっと見るが、あまり凝視しても失礼だよな。前髪パッツンちゃんか。えーと、ここに座ってるって事は県外、つまりうどんの国以外からの参加者で、二十歳位って事は……もしかして!
「ちょっと失礼。」
俺はその娘の前髪をかき上げ、額を露出させる。
「なぁーんだ! 秀子ちゃんか。凸ってないから分かんなかったよ。」
「な、何すんのよ! せっかく前髪決まってたのに!」
「駄目だよ。秀子ちゃんはオデコが出てないと秀子ちゃんじゃなくなる。」
「オデコに話しかけるな!」
秀子ちゃんは再び前髪でオデコを隠す。あれっ? 居なくなっちゃった?
「秀子ちゃん、どこ行った? 隠れなくてもいいじゃん。」
「目の前に居るでしょ! もう、態とやってるでしょ!」
「まぁまぁ、そんな怒んなよぉ。成程、そうやって擬態してたのか。どうりで昨日気付かなかった筈だ。」
「昨日はまだ居なかったわよ。今日の朝着いたんだもの。」
「そうなのか。今朝向こう出てよくこの時間に来れたなぁ。」
「大橋線の途中駅まで直接車で送ってもらったからね。態々大回りしなくても、うちからなら10kmもないから。」
「成程、そういうルートもあるのか。」
「あんたたち、車なの? 帰り、私も乗せて帰りなさいよ。」
「俺ら明日の夜も泊まって、月曜は観光しながら帰るけど?」
「あぁ、じゃ駄目だわ。私、月曜予定入ってるから日曜のうちに帰んなきゃなんないのよ。残念。」
秀子ちゃんとそんな事を話してると、それに気付いた莉紗が寄って来た。
「でこちゃんだ! ひさしぶりー!」
「あら、莉紗じゃない。一年ぶり位かしら? あと、でこちゃんはやめなさい。」
秀子ちゃんと莉紗は一年半だけだが里子先生の教室で一緒だったからな。お互い懐かしいのだろう。
「先生、先生、こちらのお姉さんは?」
また彩音か、若い娘にはすぐに反応するな。おっさんかよ!
「隣県の書道教室、莉紗が一時期お世話になってた所な、そこの先生の娘の秀子ちゃんだ。今、大学生だったよな。」
「紹介になってないわよ。誰が秀子ちゃんだ。」
「悪りぃ、悪りぃ、えっと……芝田の秀子ちゃんだ。」
「芝田秀子よ!」
「ほぅほぅ、これはまた結構なものをお持ちで……」
彩音はねっとりとした視線を秀子ちゃんに投げかける。そんな視線を向けられた秀子ちゃんは「ひっ!」と短い悲鳴をあげた。
「ちょ、ちょっと、何よこの子。なんか身の危険を感じたわ。」
秀子ちゃん、その直感は当たってると思うぞ。逃げた方がいい。
「こんなけしからん胸をしおって。」
「けしからんのは彩音だ。」
「何よ! 大きいったっていい事なんて無いわよ! 肩は凝るしいやらしい視線が飛んでくるし。」
「彩音みたいなのが一杯居るって事だ。ちったぁ自重しろ。」
「つまり、『隣の芝田はデカい』と言いたい訳ですね。それはそれでなんか腹立ちますね。」
「うまい事言ったつもりか。まぁ、うまいけど。」
「うまくないわよ! セクハラよ!」
すごいな、彩音。女でセクハラ認定されたぞ。まぁ、こいつは中身がおっさんだからなぁ。




