小六編 第14話 お兄様?
ふと気付くと月子と彩音が何やらスケッチブックに絵を書き合っている。
「いやだからここはこのラインが下に来ないと駄目でしょう。」
「そっかそっか、だからおかしくなっちゃうんだ。」
月子は昔からよくここで絵を描いている。ちらっと見た事があるが、素人の俺の目から見てもなかなか上手いんじゃないかな。月子が彩音に色々とアドバイスしているんだろうか。
「月ちゃ……月子が教えてあげてるのか。」
月子が一瞬ビクッとした。ちゃん付でなく名前呼びしたからだろう。
「何で月子?」
「さっき彩音に言われたんだ。もうすぐ中学だからちゃん付けはやめるべきって。嫌なら戻すが?」
「別に嫌じゃない。慣れないから違和感があっただけ。」
「そうか、今後は月子で呼ぶ様にするわ。それにしてもやっぱり月子は絵が上手いな。」
「そうでもない。」
おっ、ちょっと照れてる。
「上手いですよ。少なくとも私よりは。ねぇツッキー、やっぱり私のマンガの作画担当にならない?」
「いや、それはちょっと……」
「何だ、原作:彩音/作画:月子ってコンビでやるのか。」
「やらない。そもそも私は人物画はそんなに得意じゃ無い。」
「えー、上手いのに……」
「アドバイスとか教えるのはいい。だから自分で描くべき。」
「ちょっとだけ、一ページだけでいいからさ。ほら、先っちょだけ、先っちょだけだから。」
こいつ、意味分かって言ってんのか。分かってそうだな。怖いから問い質す様な事はしないが。
「駄目、美依ねえちゃんも内容やストーリーが良ければ少し位絵がまずくても大丈夫って言ってた。描いてる内に上手くなる。」
「うぅ、ツッキーのいけずぅ……」
月子は割と頑固だ。これは説得は難しそうだな。
「仕方無い、自分で描くかぁ。先生、ちょいとご相談が……」
「な、何かな。」
嫌な予感しかしない。
「そんなに警戒しないで下さいよぉ。先生はPC使うんですよね。プリンタとかは持ってます?」
「事業用の備品としてはあるがプリントアウトは駄目だぞ。漫画原稿の印刷とかインク代が馬鹿にならんからな。」
「いやそうでは無くてですね、それは所謂複合機ですか? スキャナ機能が付いた。」
「スキャナ機能はあるが……スキャナとして使いたいのか?」
「PCとかは家から持参出来るんですけど、複合機を持って家と教室を往復するのはちと厳しいのでそれだけお借りしたいです。印刷はしないのでインク代とか気にしなくても宜しいかと。」
うーん、ちょっと考える。プリンタは事務所――と言っても居住スペースだが――に設置している。そんなに大きくも無いし重くも無いので小学生でも教室まで移動させるのは問題無いだろう。Wi-Fi経由のLANで使ってるのでUSBケーブルの抜き差しは無い。電源ケーブルの抜き差しは必要だが。彩音のPCと接続する為のネットワーク設定は俺がやるのか? まぁ一回やればいいだけか。Wi-Fiのパスワードとか教えてもいいのか? よく考えたら一番最初にネット接続してもいいって言っちゃってるな。俺が設定すれば彩音のPC上では非表示(伏字)になるだろうから教えなくてもいけるか。あとは…彩音を事務所に入れちゃってもいいのか? 月子なら長年の付き合いがあるから信用もあるし、そもそもこの建物自体が竹内家の所有物だから強く拒否出来ない。彩音はまだ一週間未満だし信用していない訳ではないがまだ体験入塾の段階だしなぁ。
「条件がある。」
「どういった? ハッ、まさか対価に体を要求とか。」
「労働力としてこき使ってやるよ。」
何で不満そうなんだよ。どんな返しを期待してたんだ。スルーだ、スルー。
「まずプリンタを借りたい時は俺に申し出て許可を取ること。勿論、俺の作業等が優先だから許可出来ない事もあるし、一旦許可してもこちらが優先なので使用を中断して返却してもらう場合も有り得る。」
「それは当然ですね。」
「プリンタは事務所に設置しているから俺が事務所と教室の間の扉の所まで持ってくる。そこから自分が作業する場所までは彩音が持っていく事。作業しやすい位置とかあるだろうし電源コンセントの位置も考えなくちゃならんから、その辺は自由にして貰って構わない。但し周りに迷惑がかからない様な配慮はする事。あと彩音のPCはWi-FiでLANが組める様な仕様になってるか? ってこういう言い方で理解出来るか?」
「家でも無線LANでつないでるんでそれは大丈夫だと思います。設定も多分自分で出来ると思いますし。」
「小学生なのにすごいな。でもWi-Fi設定を含めた無線LANの設定は俺がやる。一回設定すればいいだけだしな。それにあんまりWi-Fiのパスワードとか大っぴらにしたく無いんだ。彩音のPC上では非表示になると思う。まぁ非表示になってもネットワークにつながってるんだからあまり意味は無いかもしれんがな。」
「分かりました。」
「スキャナの使用が終わったらその旨を申し出て事務所と教室の間の所まで持って来る事。俺がまた事務所に戻す。数日間連続で使用する場合でも都度申し出て一日の内で貸出し、返却を行う事。要は日をまたいで教室に置きっ放しにしない様にって事だな。」
「りょーかいです。」
こんなもんか。その内、面倒になって自分で事務所から持って来させる様になる気がする。
「ちなみにマンガを描く上でスキャナをどう使うんだ?」
「あぁ、今描いてるデッサンをスキャナで取り込んでそれを組み合わせてレイヤー化します。それがネームになるんですが、その上からトレースする様にし乍ら本番の絵を描くんです。デッサンの段階である程度の構図やレイアウトが決まってるから大きなミスが無くなるんですよ。で、最後にネーム用のレイヤーを非表示にすれば本番用の絵だけが残るって寸法です。」
「なるほど、上手い使い方だな。」
「ちなみに借りれるプリンタというか複合機のメーカーは?」
「カノンだな。」
「それならうちのと同じメーカーなので作画ツール側の設定もほとんど同じで行けると思います。」
「俺はそういう作画ツール? ってよく知らないんだが定番の物ってあるのか?」
「私は彩ってのを使ってます。いろどりの彩です。」
「自分の名前じゃねーか。」
「へへへ、だから使ってるんですよ。」
「ペンタブとか使って描くんだっけ? 定番はやっぱりWAMCOなのかな。」
「そうですよー、よく知ってますね。」
「WAMCOは昔使ってたからな。」
「何で? こういう作画ツールとか詳しく無かったんじゃ?」
「会社員時代にCAD使ってたんだ。元々WAMCOはCADのメーカーだ。」
「CAD? お兄様?」
「俺はどこの劣等生だよ。CADってのは設計上の支援をしたり図面描いたりするシステムやデバイスの事だ。だからさっきの説明もレイヤーとかの意味も理解した上で聞いてたんだ。あと俺の事をお兄様と呼ぶのは構わん。特別に許可してやろう。」
「先生、キモいです。」
ギャーギャー言い合ってる横で月子がボソッと「二人とも仲いいね」と呟いた様な気がしたがきっと空耳だったのだろう。