中学生編 第26話 合宿二日目 淑女同盟
「明衣さん、久しぶり。」
「美依ちゃん? 大っきくなったねぇ。今、中学生?」
「そだよ。中三、今年受験生なんだ。」
「どこ受けるの? やっぱり手堅く地元の県立高?」
「公立も受けるけど第一志望は県外なんだ。理大附属。」
「県外? 通うの?」
「明衣さん達だって高校は県外だったじゃない。」
「それはそうだけど、私等が通ってたのって県外と言ってもこっち寄りだったし。理大附属って結構遠くない?」
「通学時間としては明衣さん達の学校より三十分遠いだけだよ。往復だと一時間になるけど。」
「よっぽどそこに行きたい理由があるとか?」
「うーん、幾つかあるけど、やっぱり大学の附属ってのが大きいかな。その大学への進学ならかなり有利になるから。」
「でも理大だよ。理系の学部ばっかりだよ。それはいいの?」
「理系に向いてるかどうかは高校で見極めるしかないね。高校だけで見れば理系、文系どちらでも進める訳だし、理系に向いてなかったら他の進学先探すよ。幸い理大ってグループ内で他にも大学あって、文系学部の大学もあるから。受験しなくちゃいけないけど有利なのは間違いないし。」
この決断力と割り切った考え方というか潔さが美依が男前と言われる所以である。俺しか言ってないけど。
「やだ、美依ちゃん、かっこいい。」
「だろう? 男前だよな。」
「男前は駄目でしょ。こんなにかわいいのに。」
「いや、そういう意味ではないんだけどな。」
「それにあそこ、私立だけあって設備が充実してる。屋内プールがあって冬場も温水プールで練習出来る。」
「高校行っても水泳部続けるのか?」
「分かんないけど一年生の間位はやろうかと思ってる。理系で大学進学行けそうだと判断したら受験も厳しくなさそうだし、そのまま続けようかなと。」
何か美依が教室を辞めてしまうフラグが立ったような気がしないでもない。
「そこまで考えてるならいいんじゃないかな。こうだったらこっち、駄目だったら次の判断、なんか思考が理系向きだわ。if文による条件分岐みたいだ。」
「た、確かに……」
「あれっ、そういや明衣も昔水泳やってなかったか?」
「小学校までね。スイミングスクール通ってた。」
「だったよな。当然、平泳ぎだよな。」
「なんで当然なのかは分かんないけど平泳ぎだよ。」
「なんでって、そりゃお前、水の抵こ……何でもない。朋照も通っててあいつはクロールというか自由形だったよな。」
明衣からの「圧」が急激に上がった事を感じ取り、すぐさま軌道修正。ふぅ、事無きを得たぜ。
「ふーむ、面倒見が良くて理系女子で水泳やってて……明衣さんと美依さんには共通点が多いですな。明衣さんは美依さんの上位互換?」
「その言い方はやめろ。と言うかどっから湧いて来やがった。」
「はっ! 先生が競スク好きなのって、明衣さん、美依さんの影響で……」
「違うわ! 競スクはある程度無いと似合わねぇんだよ……ハッ!」
「先生は今、私を含めて少なくとも三人の女性を敵に回しました。」
「その三人には私も入ってるの?」
「『きょうすく』って何? ものすごく貶されたみたいだっていうのは分かった。」
「明衣さん、美依さん、先生によるセクハラ被害者同盟を組みましょう。この鬼畜野郎に正義の鉄槌を!」
「お前はちょっと黙ってろ!」
グリグリグリ……いつものウメボシ攻撃。
「あだだだ、明衣さん、美依さん、集団的自衛権、集団的自衛権の行使を!」
「集団的自衛権は置いといて……この子なんか凄いね。先生に物怖じしないどころか突っ込み入れてるし。さっき数学教えた時も飲み込みが早かったから地頭も良いと思うんだけど。」
「彩音ちゃんっていって月子ちゃんの友達だよ。入って一年位だけど先生の反応の見極めが鋭いの。ギリギリ狙ってくるんだよ。先生は先生でこの子の扱い方がよく分かってる。お互いいじりいじられの関係? 距離感がいいんだよね。」
明衣と美依が冷静に分析始めおった。やっぱりこいつら理系女子だわ。
「面白そうだし後で色々お話ししよっと。」
明衣よ、そいつにあんまり深入りするなよ。腐界に飲み込まれてしまうぞ。とりあえず彩音を開放して明衣と美依に引き渡した。きちんと勉強させてくれ。
二日目午後の勉強会も終了、今日は丸一日勉強の日だったから皆、疲れただろう。
「明衣、丸々一日、先生ご苦労さん。ありがとうな。どうだった?」
「彩音ちゃん、面白い子だね。」
「えっ? そこ?」
「私達、同盟組むことにしたの。」
「ま、まさか……被害者同盟?」
「被害者じゃないよ。でも同盟、何の同盟かは秘密。」
「美依は? その同盟には美依も入ってるのか?」
「美依ちゃんは入ってないけど、何の同盟かは知ってるよ。その内容を外部に漏らさないという協約になってるけどね。強いて言うなら調停役として加わってる感じかなぁ。」
「? 何なんだ、一体……」
「あと年末に東京行くから泊めてって言われたけど何なんだろう?」
「彩音ぇー、貴様ぁー、それが目的かぁ!」
「紳士同盟、いや、淑女同盟っスよ。淑女同盟。そのうち乙女同盟になるかもしれませんけど。」
「絶対に池袋とか一緒に行くなよ!」
困った。明衣が腐界に沈んでしまうかもしれん。何とか阻止しないとあれだけお世話になっている玄田家の皆さんに申し訳が立たない。
お手伝い要員だけでの打ち上げが終わって麻雀になったんだが、今日はメンツが三人しかいない。しょうがない、三打ち――三人麻雀――でやるかってなったんだが、意外にも明衣が興味を示した。実際の牌を使ってやった事は無いが、ゲームやネット麻雀ではやった事があるそうだ。若い娘を遅くまで留まらせるのはどうかと思ったが、弟の朋照もいるし帰りはヤツが一緒に帰るのだから、美沙恵さんの許可を取った上で明衣も参加する事になった。
全自動雀卓で牌を積む作業も無いから牌を触るのが初めてでも問題無い。強いて言うならサイコロの出目によってどこから牌を取るのか、あるいは四牌ずつ取っていくところでまごつく等はあったが許容範囲だろう。役も大体は理解しているとの事であり、少なくとも去年の茉実――直哉の姉――よりは分かってるのだろう。尤も去年はその茉実に皆、コテンパンにやられたのであるが……
「ロン、一気通貫平和ドラドラ、満貫、二本場で八千六百。」
「ツモ、立直断么九平和三色同順門前清自摸和表裏、倍満、四千、八千の一本場は四千百、八千百。」
「ロン、面前混一色一盃口南發、親の跳満、一万八千の三本場は一万八千九百。」
去年の悪夢再び……初めて牌を触る明衣に惨敗、全員が箱下まで飛ばされたのであった。くそー、こいつ完全にデジタルで打ってやがる。これだから理系女子ってヤツは……




