小六編 第13話 ちゃん付けが許されるのは小学生までだよね
今日も暑いな。一雨欲しい所だがもしそうなるとさっきやった打ち水が無駄になりそうで何か悔しい。
「うちのオカンからなんですけど、平日午後はやっぱりパートで埋まってるんで来週私が夏休みに入ってから午前中に伺いますって言ってました。」
パートのシフトを確認した母親からの伝言を彩音が伝えてくる。
「分かった。具体的な日程とかは?」
「それは今週中に決めるからまた連絡しますって。」
「りょーかい、それで持永さんは宿題終わったら今日も絵描くんかい?」
「その『持永さん』なんですけど、私だけ苗字呼びはちょっと疎外感を感じます。」
「えっ、あぁそうか。ここに来る様になってまだ三日位しか経ってないから気やす過ぎるのもあれかなと思ってな。」
「それは気にしません。」
「名前でいいのか?それともモッチーの方がいいか?」
「モッチーは拒否します。名前でお願いします。」
「そうか、だとすると彩音か。すっげぇ照れ臭いな。」
「美依さんとか亜希ちゃん達も名前で呼んでるじゃないですか。」
「あいつらは小さい頃からだから名前呼び出来るんだ。最初は『美依ちゃん』って呼んでたけどさすがに今は呼び捨てになっただけだし。」
「今後は彩音で。」
有無を言わさず決定事項にされてしまった。
「それとツッキーも『月ちゃん』じゃなくてキチンと名前で呼んであげて下さい。少なくとも中学生からは。」
「お、おぅ、少しずつ変えていく事にするよ。『ちゃん付けが許されるのは小学生迄だよねー。』ってヤツだな。」
「……まぁそうです。」
「分かったよ、彩音。」
「うわっ、何かすごい恥ずいんですけど。」
「お前が言えっつったんだろが。」
まぁいい、その内慣れるだろ。大きい子の名前呼びはハードル高いな。小さい頃から呼んでないとキツイわ。ん? 静の時はどうだったんだって? それはほら、あれだあれ。あれはアレだから。分かるだろ。
「で、彩音は今日は何すんだ? なぁ彩音。」
わざと彩音彩音と連呼してやる。
「煩いですよ。教えません!」
顔真っ赤にして抗議してくる。かわえぇのぉ。
もう少しいじりたかったが本人はまだしも周りの視線が痛くなってきたので退散した。引き際は弁えんとな。さて、こっちの高校生組はと……日本史のテスト勉強か。うん、俺の専門外だ。自分らで頑張れ。
「えーと、浄土宗が法然で浄土真宗が親鸞、時宗が一遍、臨済宗が栄西、あと日蓮宗に曹洞宗は……覚えられん!」
「浄土真宗は親鸞の没後に門弟達が名乗った教団だから厳密には親鸞が立ち上げたって訳じゃないぞ。宗祖とは言えるかもしれんがな。」
「そうなんすか?」
「親鸞はあくまで浄土宗の法然の教えを継承して発展させたって事だ。まぁそれ自体は大きな功績だってのは間違い無いが親鸞本人は浄土真宗とは名乗って無かった筈だぞ。」
「よくある話ですね。」
「ちなみに一向宗って聞いた事あるだろ。加賀の一向一揆とかで有名な。一向宗ってのは浄土真宗の別称だからな。」
「えっ、そうなの?」
「浄土真宗の信徒は自らを一向宗とは名乗らなかったけどな。あくまで他者からの呼称だ。浄土宗から派生した浄土真宗とは異なる別の宗派に一向宗ってのがあってそれとごっちゃにされる事もある。」
「先生、詳しいっすね。」
「うちが浄土真宗だからな。お前ら自分ちの宗派が何か知ってるか? 知っとくと少なくともその宗派だけは興味が湧いて覚えられるぞ。『南無阿弥陀仏』を唱えれば極楽浄土に行ける。親鸞は法然の浄土往生の教えを継承・発展させたって事で、浄土宗と法然もそのつながりで覚えられる。」
「身近なものをとっかかりにするって事ですか。なるほど。」
「時代が下って戦国時代、浄土真宗は第11代宗主の顕如、これも聞いた事があるだろ、その時代になると信長と対立、信長包囲網の一画を担う様になる。一向一揆とか起こしまくったりしてな。ただ信長と対立していた勢力はどんどん切り崩されていき、顕如の石山本願寺も最後は継戦を諦め和睦する。信長の死後、石山本願寺は秀吉の手により大阪城とその城下町が整備されていく事になる。この辺は戦国物の歴史が好きな奴ならよく知ってるんじゃないか。」
「ほえー、そうやってつながっていくんですねぇ。」
「さらに言うと和睦派の顕如と徹底抗戦派の長男・教如が対立、顕如の死後、教如は独立して東本願寺派を作る。これにより西本願寺と東本願寺に分裂する事になったんだ。まぁ浄土真宗にはそれ以外にも分派が一杯あるけどな。」
「うちは真言宗だから空海ですね。鎌倉仏教よりさらに時代を遡りますね。」
「空海、弘法大師と言えば?」
「弘法筆を選ばす?」
「書道教室らしい意見だな。実際には筆にこだわりまくってたけどな。」
「そうなん?」
「そうらしいぞ、それはともかく、弘法大師と言えば四国八十八カ所だが……実は八十八の寺の内、真言宗系以外のお寺がいくつかある。」
「それは意外。」
「殆どは真言宗系の分派だがな。臨斎宗、曹洞宗、時宗、天台宗とかもあったはず。そもそも弘法大師が建立した訳じゃないしな。元々は違う宗派の寺だったのに弘法大師が訪問した事で真言宗に改宗したとか、その後戦火で焼失して別の者によって再建された事でまた別の宗派に変わったとか結構あるぞ。」
「なんだかなぁ。」
「あとこれは個人的に思っていることだが、四国には弘法大師万能説という物があってだな。」
「何すかそれ?」
「四国、特に弘法大師の生まれた讃岐の国において、奇跡や非科学的な現象はとりあえず弘法大師のおかげって言っときゃいいという風潮がある。日照りで困ってた所に弘法大師が現れて杖で地を叩いたら水が湧き出てきたとかな。そういう弘法大師伝説が四国各地に一杯あるんだ。」
「なかなか興味深い説ですね。」
「だろ? ただこの説を唱えてるのは俺以外に聞いた事が無い訳だが。」
「そういうオチですか。」
「まぁ興味があるものから入って行けば歴史も面白くなるんじゃないか。別に歴史に限らず学問全般に言える事だがな。」
彼らの成績の助けにはならないかもしれないが、たまにはこういう雑談もいいだろう。