中学生編 第8話 200V電源工事
五月第二週の社会人向け書道教室の日、この日は15日で投票締切り日になる。ここまでで回収した投票用紙で数字が確定する。最終結果としては、A:57、B:0、無効:11、棄権:5となった。無効や棄権――15日までに回収出来なかったもの――は消極的反対って事なのかな。仮にそうだとしても全73票の78%がA案に賛成してくれているのだから問題無いだろう。有効票だけを分母にすれば100%な訳だし。早速、投票結果をまとめた資料を作って教室に貼り出しておこう。五月末に配る月謝袋――六月分の請求だから増額した月謝になる――にも同封する。何とか一段落したが、あとは実際の設置工事や何やらが残ってる。俺は俺で天井裏に潜らなきゃならんし。もう一踏ん張りだ。
「先生、工事日程ですけど24日でどうでしょう?」
玄田さんから連絡があった。24日というと月曜日か。うちとしては問題ないな。
「それで構いません。何時頃になるでしょう?」
「午前中がご希望との事なので九時半頃そちらに伺おうと思いますがいかがでしょうか。」
「分かりました。それでお願いします。何時頃までかかりますかね?」
「二時間位、長く見積もっても二時間半ってとこです。昼迄には終わると思いますよ。では24日の九時半という事でよろしくお願いします。ケーブルは明日にでも持って行きます。その時にケーブル垂らす位置とかの指示をします。」
「了解です。何か色々とすみません。」
「では明日、伺います。それでは。」
玄田さんからの電話で工事日も確定した。ケーブルは明日くれるそうだから、俺が天井裏配線する為の時間も一週間の余裕がある。ちょっと一安心。
教室に彩音が飛び込んできた。
「先生、エアコンは? エアコンはどうなったの?」
「そこに投票結果貼ってるだろ、設置する事になったよ。」
「ヨシッ、ヨシッ、ヨシ!」
「どうどう、落ち着け。」
「これで夏休みは教室入り浸りだぁ! お絵描きがっ! 捗るっ! 滾るっ!」
「言っとくけど修道は三時からだからな。当然エアコンもその時間からだから。」
大丈夫か、こいつ。
次の日、玄田さんがケーブルを持ってやって来た。それ以外にも何か箱を抱えてるなぁ。
「お世話になります。天井裏配線用のケーブル持って来ました。余裕を見て10mありますので好きに使って下さい。それと、電力積算計も入荷しましたので持って来ました。工事日まで保管しといてくれませんか。」
「これ、3.5平方mmですね。やっぱりそれ位は必要ですか。」
「メーカーの工事仕様書には2平方mm以上ってなってたんですけど、ブレーカーが30Aですから、30Aまでいけるヤツをと思いまして。ブレーカーが落ちるより先に電線が焼損したらまずいでしょう?」
「確かに。何の為のブレーカーだよって話になりますね。しかし3.5平方mm3芯だと太っといですね。仕上がり径は10mm超えてますよね。」
「仕上がり径としては2平方mm3芯でもあまり変わらないんですよ。確か1mm位しか差が無かったと思います。」
「あとはコンセント設置位置ですね。それによって天井から引き出すケーブルの位置が決まりますから。」
「ちょっと教室入っていいですか? エアコンの取付位置を確定させたいんで。」
「いいですよ。どうぞこちらへ。」
玄田さんと事務所から教室へ移動する。
「えーと、三間辺の真ん中設置ですから……エアコン幅が800mm弱で……この範囲がエアコンの幅に相当しますね。」
玄田さんは壁に養生テープを貼り、寸法を測りながらエアコンの位置を確定する。
「で。この辺りにコンセント設置しますけどいいですかね。」
養生テープを5㎝角位に切って壁に貼り付ける。そこから天井に向かって上へケーブルが伸びる形になるんだな。
「えーと、ちょっと確認したいんで待っててもらえますか。」
俺は脚立を教室に持ち込み、工具箱からは錐を取り出して、コンセント位置を示した養生テープの真上の天井部分に小さな穴を開ける。
「ちょっと天井裏潜ってケーブルが通るかどうか確認します。しばらくお待ちを。」
今度は脚立を事務所に持ち込み、天井裏への入口穴の蓋を押し上げる。うーん、久しぶりに入るなぁ、相変わらず真っ暗だ。ライトライトっと。教室の上まで移動し――といっても隣だからすぐそばなんだが――錐で開けた穴を探す。少しだけ光が漏れているので、真っ暗な場所だとすぐに分かるのだ。あそこか……特に邪魔になる様な梁とかも無いな。よし、ここで問題無い。天井裏から下りて、教室へと戻る。
「お待たせしました。梁とかが経路を塞ぐ様な位置だとまずかったので確認しときました。この位置で問題無いです。」
「慣れてますねぇ。いやはや恐れ入りました。ではこの位置へコンセントを……先生、コンセントの位置決まったんで、取付だけでもやっちゃってもいいですかね。」
「それはかまいませんが……業者じゃなく玄田さんがやるんです?」
「一応、電気工事士の資格は持ってますのでご安心を。専業じゃないですけど業者の手が無い時は私がやる事もあるんで、念の為に資格は取ったんですよ。」
「そういう事ですか。うちとしては問題無いですが。」
「いっそ200V電源配線工事、今やっちゃいましょうか。先生さえよければですが。」
「それはかまいませんが……やっちゃいますか。」
「では一旦帰って工具とか取ってきます。ブレーカー側、つまり電力積算系の設置とか接続もやってしまいましょう。天井裏の配線渡しは先生の方でお願いします。」
はからずも200V電源の工事が始まってしまった。幸い今日は大した仕事も無いし、時間があるうちに片付けてしまえるのは俺としてもありがたい。色々と工具を積んだ車で玄田さんがやって来た。さっきやって来た時は乗用車だったのに今度は工具を積んだ軽ワゴン車で完全に現場仕事モードだ。
「まずは教室の天井にドリルで穴を開けます。さっき先生が錐で開けた穴を大きくする感じですね。ケーブル径は……12mmか、12のドリル付けてと……ウィーン……はい、開きました。先生、天井裏にケーブル持って行って端っこを穴に通して垂らして下さい。」
「了解です。しばしお待ちを。」
ケーブルを持ってまた天井裏へ上がる。穴がさっきより大きくなった分、漏れ出す光量も多い。
「ケーブル出しますよ!」
「お願いします。」
お互い相手の姿は見えないが、天井を挟んで上と下の至近距離なので声は十分に届く。ケーブルを穴に差し込んでと。
「はい、来ました。こっちから引っ張りますのでそちらからも送り出して下さい。」
「はーい。」
ケーブルがズリズリと吸い込まれていく。50㎝も進んだところで止まる。
「これから200Vコンセント取り付けますのでしばらく時間がかかります。降りてきてもらっていいですよ。」
「その時間でケーブルの固定、やっときましょうか?」
「いや、固定は待って下さい。コンセントへ接続した後、余ったケーブルを天井裏へ引き込んでもらわないといけないので。」
「成程、だったらもう一方の端をブレーカー側へ通す作業をします。」
「天井の穴開けは?」
「ブレーカー側は天井裏から分電盤まで導管が通ってるんですよ。なのでその導管を使って分電盤まで通すところまでやっときます。」
「ケーブル通しのワイヤーとか必要ですか?」
「導管の隙間には余裕があるのでケーブル降ろす分にはすんなり通ると思います。駄目だったらワイヤー借ります。」
「分かりました。ではそれぞれ作業を分担するという事で。」
さて、天井裏にある導管の開口部はと……あそこだな。そこにケーブルの端を突っ込んで導管の中に降ろしていく。おっと、これ以上は進まない。分電盤まで届いたかな。まぁ、2mもないだろうしな。天井裏から降りて分電盤を開ける。導管の出口――分電盤から見れば入口だが――にさっき差し込んだケーブルの端が出てるな。これを1m程引っ張り出してと……よし、とりあえずここまででいいだろ。教室の方はどうなったかな?
「先生、コンセント取付けて接続までは出来ました。こんな感じでいいですよね。」
天井から飛び出したケーブルがコンセントにつながっている。むき出しのケーブル長は10㎝位しかないから大家さん的にも文句は言うまい。問題無さそうだな。
「先生は天井裏でケーブルの固定をお願いします。私は分電盤に電力積算計を取付けますので。」
「分かりました。ケーブルの端っこは分電盤までは通しました。ケーブルの固定が終わったら配線もお願いします。」
二人で事務所側に回り、分電盤を確認する。
「電力積算計の取付はは4ヶ所ボルト止めか、中板に穴開けてタップ切るのを4ケ所もやるのは大変……ん? 既設の積算計はDINレールで取付けてますね。ということはこのDINレールを延長すれば……延長部のDINレールを中板に取付けるボルト穴の処理1ヶ所だけで済みますね。ちょっと車まで戻ってDINレール取ってきます。」
玄田さんは30㎝程のDINレールを持って来て
「えーと、積算計2台の幅だと20㎝もあればいいな。20㎝で切ってと。先生、この既設の積算計、一旦外してもいいですかね。電源切る事になりますけど。」
「それは教室の電源用なので問題無いですよ。ってこの事務所の電源もぶら下がってるんだった。ちょっと待って下さい。確認します。えーと、PCをシャットダウンして、プリンタや照明とかはいいな。はい、問題ありません。」
「ではこちらは最初に積算計の取付をやります。その間、先生は天井裏のケーブル固定をお願いします。ケーブルクランプあります?」
「そっか、ケーブルがこんなに太いと思わなかったから……私の手持ちの物じゃ駄目ですね。」
「ではこれを使って下さい。10個もあれば足りるでしょう。ネジ止めするでしょうから電動ドリルもお貸しします。」
「電動ドリルは玄田さんも使うんじゃないですか?」
「車にもう一台積んでありますのでお気になさらずに。」
「ありがとうございます。では再び作業分担という事で。」
再び天井裏へ上がり、ケーブルクランプで配線を梁や柱に固定していく。何ヶ所か終わったところで妙な視線を感じた。玄田さんが覗いてるのか?
「ミャー」
「おわっ! 吃驚した。何だミユキチか。どうやって上がって来た。」
俺は天井への入口蓋の傍に居たから、ミユキチがここから入ってきたらさすがに気付く筈。という事はやっぱり俺の知らないミユキチ限定の天井裏へのルートがあるんだな。
「何だよ、縄張り荒らすなってか? もうすぐ終わるから、なっ。」
そそくさと作業を済ませると事務所へ降りた。ミユキチも同じ入口蓋から出て来た。
「おかえりなさいませ。わっ、猫ですか? 天井裏に居たんですか?」
「どうもこいつだけが知ってる天井裏へのルートがあるみたいです。」
「ははぁ、まぁネズミとか捕ってくれるんでしょうからありがたい事じゃないですか。」
「そちらの作業はどうですか?」
「DINレール延長して取付までは終わりました。今、既設積算計の復旧をやってるところで……はい、復旧出来ました。電源入れても?」
「えーと、OKです。」
「電源入れまーす。問題無い様ですね。100V電源で動いてる時計とかあったら時間直しておいて下さい。では続いて新設の方の積算計取付と配線やっていきます。天井裏のケーブル固定は終わったんですよね。」
「はい、完了しました。あっ、これお借りしてたドリルと余ったケーブルクランプです。」
「ではケーブルを引っ張り出してと。さすがに長すぎましたね。この辺りでカットしましょう。」
「アース線の処理がありますから長めに……分電盤のアースバーはここですから。」
「おぉ、確かにそうですね。アドバイスありがとうございます。」
3芯の内、2本は単相200Vのライン、今回のケースでは電力積算計の出力側に接続するのだが、もう1本はそことは離れた分電盤内のアースバーに接続する。なので積算計のところで3本共ぶった切ってはならず、1本は長めに残してアースバーまで届く様にしなければならないのだ。
「積算計とアース線の接続は完了。次は積算計とブレーカーですね。さっき切り出したアース線以外の2本を使って接続しましょう。」
着々と工事が進んでいく。こういうのは見ていて楽しい。
「完了しました。テストしてみましょう。といっても負荷は何もないので、コンセントまで200Vが来てるかどうかしか試せませんけど。ではブレーカーで電源入れます。」
「パチッ」
積算計に電源が入ってデジタルの数字を表示する様になった。異臭とかは……特にないな。念の為、天井裏にも上がって見てみる。目視、異常無し。異臭も無し。
「教室側のコンセントの電圧を測ってみましょう。」
今度は教室側に回ってコンセントにテスター突っ込んで電圧を測る。214V、ちゃんと電圧が出てる様だ。
「問題無い様ですね。お疲れ様でした。」
「先生こそお疲れ様でした。それにしても電気工事とかに詳しいんですね。」
「はぁ、まぁ会社員時代に産業機械の制御とか計装の仕事してましたからね。設計だったんで実際の工事は現場や業者の人間に任せてましたけど、その人達が居ない場合は結局自分でやらなきゃならんかったので。」
「そういう事ですか。電気工事士とかの資格取らなかったんですか?」
「電気工事士の資格は取りませんでしたが、電気主任技術者、所謂電験三種ですけど、その資格なら持ってます。」
「それはすごい。飯のタネになるじゃないですか。」
「三種なら掃いて捨てるほど居ますから……二種位になると大分違うんですけどね。」
三種でも中規模クラスの工場の電気管理者になれるんだよなぁ。二種だと殆どの工場でなれる。因みに発電所クラスになると一種が必要になる。
「では本工事は24日という事で。」
「そうそう、玄田さん。今回の工事は別請求でってお願いしましたけど、もう一つお願いが。本工事は今月24日、今日の工事は来月実施って事で請求願えませんか。実際には今日完了しちゃいましたけど。本工事は今月実施、今月請求、来月支払い、それで200V電源工事は来月実施、来月請求、再来月支払いって事で。もちろん書類上だけで結構ですので。月を跨いでた方が関連性が薄まるのと、先にエアコン工事でその次の月に電源工事なら、明らかに無関係な工事だって思われるでしょうから。」
「あぁ、固定資産税逃れのヤツですね。それでも構いません。この工事の支払いも一万数千円ですし再来月で構いません。実際に再来月の支払いにしないと銀行の入金の日付とかはごまかせませんからね。」
「ありがとうございます。助かります。もっと言うと200V電源工事じゃなくて電力積算計設置工事って名称にしてくれませんか。これも関連性を薄める為の工作です。」
「ははは、考えますなぁ。ま、いいでしょ。うちとしては入金があればいい訳ですし。」
よし、これで根回しも済んだ。あとはエアコンが設置されるのを待つばかりだ。




