小六編 第103話 始動
今年最初の書道教室――修道の方は四日から始まっていたが書道教室は本日が初日だ――半紙と墨液の正式な価格改定日だ。墨液(大)の方は旧来の物の在庫が無くなってしまった為、十二月半ばから既に切り替わって価格改定されてしまっていたが、墨液(小)と半紙については本日から適用だ。
半紙は50枚単位は据え置き、1,000枚単位の箱買いの場合は昨年の3,900円から100円値下げして3,800円になる。ぶっちゃけ同じ物だからな。在庫が残っていようと無くなっていようと売値が変わるだけだ。だが墨液(小)は容量が変わるし――旧来品200ml、現状品180ml――ボトルは別売になるから販売体系も変わる。まぁ、買い手側、というか塾生側だな、から見れば値下げになるのだから切り替え自体にデメリットは無い。売り手、俺の事だが、としては旧来品の在庫が数本であるが残っているというのがデメリットかな。残りはと……8本か。買いたい奴には売ってもいいよな。500円だったが450円に値下げしよう。450円というのは白鳳からの仕入れ値だ。仕入れ値分だけでも回収しようといういやらしい思惑だ。まぁ450円に値下げしても現状品の方が安いので、よっぽどの理由がない限り買う奴はおらんだろうな。
「皆、明けましておめでとうございます。今年もよろしくな。今日から書道教室が再開されるが、それに伴う連絡事項を伝えます。」
書道教室でほぼ全員が集まったところで話を始める。
「昨年末、事前に連絡した通り半紙の箱買いと墨液の値段が下がります。大きい方の墨液は十二月の途中から既に切り替わってましたが、小さい方の墨液も今日から切り替わります。旧来の200mlの墨液、これですね、これもまだ8本程ありますので、どうしてもこっちを買いたいって人は言って下さい。値段は元々1本500円でしたが450円で買う事が出来ます。450円に値下げしても新しい方はさらに安いのであまりメリットは無いです。それでも欲しい人向けです。この8本が無くなったら旧来品は終わりますが、その後でどうしても旧来品が欲しい人は相談して下さい。1ダース単位、12本ですね、その単位であれば買う事は可能です。但し値段は元々の1本500円になりますので1ダースだと6000円になります。」
残った8本、多分買う奴は居ないだろうなぁ。俺が自己消費で少しずつ使っていくか。自己消費と言っても書道教室の運営で使うんだけどね。手本を書く時とか。と、思っていたのだが、この日と次の日の社会人向けの教室で8本中6本が売れてしまった。残り僅かとか限定品という言葉に日本人は弱いからな。もう手に入らなくなると思えば飛びつく奴も居るんだな。ひょっとしたら残りの2本も俺が自己消費する前に売れてしまうかもしれんな。
「修道に来てた子はもう知ってると思うが、教室の壁に書初めが貼ってある。書初め用の道具を教室の後ろの方に準備してあるから希望者は書いてくれ。但し、使える紙は練習や書き損じも含めて一人二枚までな。書く内容を変えて二枚書いてもいいぞ。」
教室の壁には既に二十数枚の半切に書かれた書初めが貼ってある。
「書く内容、お題は自由だ。好きな言葉や文字、今年の目標、今年じゃなくても将来どうなりたいかでもいい。ウケ狙いやネタに走ってもOK。遊び心を持って気軽に書けばいいぞ。」
何人かは早速、書初めの場所に移動した様だ。うちの教室では今までやらなかった試みだ。来年、というか実際に書くのは今年の年末になるんだが、書初め展とかに出してみるのもいいかもな。
「書きあがった作品は一月末まで教室の壁に貼っておく。その後は各自持って帰ってくれ。費用は数千円かかるけど掛け軸に仕立てることも出来るから希望者は申し出る様に。安い掛け軸だけ買って自分で仕立てる、というかちょっと工夫して貼るだけなんだが、そうすれば掛け軸代の千円位で出来るぞ。」
掛け軸にしてどこに飾るんだって話だがな。床の間に飾ってもいいけど、自分の書を床の間に飾るなんて、その時はいいけど後から思い出したら完全に黒歴史になるだろう。掛け軸じゃないが、会社員時代に社会人野球のクラブに所属し投手をやっていた奴で、自分の投球フォームの写真をでかいパネルにして寮の自分の部屋に飾っていたのがいた。それを聞いた時は「うわぁ……痛い奴だ」とドン引きしたものだ。どんだけ自分が好きなんだ。そういうのカッコいいと思っちゃってるのか。今頃そいつの頭の中では黒歴史になっている事だろう。いや、馬鹿だから今でもそんな事にさえ気付いてないのかもしれん。何しろ野球やってなければまともな会社には入社出来ない様な奴だったからな。
書道教室初日を恙無く終え、週末になったので白井先生に年始の挨拶をしとこうと思い電話してみた。
「はい、白鳳書道会です。」
「明けましておめでとうございます。白石です。」
「あら、優くん、おめでとう。今年もよろしくね。」
「梨香さん、こちらこそよろしくお願いします。霞碩先生いらっしゃいます? 年始の挨拶をと思いまして。」
「いるわよ。あっ、代わる前に一言。優くん、ありがとうね。優くんの提案のおかげで発送が楽になるのよ。」
「という事は良んとこに任せる事にしたんですか?」
「とりあえず今月から半年だけやってみる事にしたの。半年経ってお互いに要領が掴めたら、条件なんかの見直しを含めて再度話し合おうって事になったのね。」
「成程、そうなんですね。会報誌の白鳳の方はどうなんですか?」
「そっちは今まで通りうちから発送ね。白鳳の発送も外に出す、出さないは、とりあえず物販品の方が上手くいくかどうか見極めてからになりそうね。」
「そうですか。白鳳は書道会の根底にあるものですからね。それだけは手放さない方がいいのかもしれません。」
「あの人もそこに拘ってるみたいね。あっと、代わるわね。あなたー、優くんよー!」
もう優くん呼びはあきらめた。
「おぅ、優。」
「霞碩先生、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。」
「おめでとう。今年もよろしくな。梨香から聞いたか? 良んとこの話。」
「ちらっとは。白井物産に発送を委託する事になったんですね。」
「とりあえず半年だけな。半年後に条件の見直しするってことでお試し運用だ。」
「梨香さんの負担が減ればいいですね。」
「発送作業は無くなるから少なくともその分は減るな。あとは各教室からの発注をうまく白井物産に受け渡せるかだな。」
「発注システムをどうするかですね。その辺は良樹が相談に乗ってくれるとは思いますが。」
「最初は手探りでやるしかないな。半年の間で問題点を洗い出すよ。その為のお試し期間だからな。」
白鳳の取り分が何%とか白井物産の儲けとしては、などという生臭い話は敢えて避けた。それを聞いたところで俺にはもはや関係の無い事だからな。
「それではこれで失礼します。今日は年始のご挨拶という事で……はい、はい、どうも、失礼致します。」
霞碩先生との電話を終え、一息入れる。年始の挨拶の電話をすると、今年も始まったんだなぁと実感する。また一年、頑張るか。




