小六編 第100話 大晦日
今年最終日、まぁ大晦日なんだが休みをいい事に昼過ぎまで惰眠を貪った。二年参りに行く事になってしまったので、夜に備えて今のうちに寝だめしておくのだ。起き抜けで頭がボーっとして、グダグダしてる時に静が来やがった。
「まだ起きてなかったんですか。ホント、世話が焼ける先生ですね。」
「まだ一時じゃねぇか。来るのは三時じゃなかったのか。」
「定められた時間に前後二時間ずつの幅をとるのは常識でしょ。」
「お前はどこの光画部員だよ。それに幅をとるなら後ろにとれよ。」
「先生の事だからどうぜグダってるだろうし、シャンとさせようと思いましてね。」
「グダってんのはその通りだがお前に言われるとなんか腹立つな。」
「はい、ちゃんと着替えて! キリキリ準備する!」
静に追い立てられる様に強制的に身支度を整えさせられてしまった。もっとゆっくりさせて欲しかったんだが……
「隣で鍋とかコンロ借りて来ますから先生は掃除やら片付けやらしといて下さい。」
「へいへい、分かりましたよ。」
食卓周りを片付け、テーブルの真ん中に鍋が置ける様にスペースを空ける。布巾できれいに拭いてと……よし、これ位しときゃいいだろ。静が鍋とコンロを抱えて戻って来た。カセットボンベ式の卓上コンロだな。ボンベも使った分は買って返さないとな。
「先生んちの台所と冷蔵庫チェックをします。調味料とか足りない物があれば食材と一緒に買っとかないと。」
「好きにしろ。あとカセットボンベも買っとこう。二本位あれば足りると思うけど、半ダース6本のを買って余ったら鍋とコンロの借り賃ということで竹内家に寄付すればいい。」
メモを片手に調味料やら冷蔵庫のチェックをする静。不足する物をピックアップし、食材と共に買ってくるのだ。調理道具や食器も確認してるな。そういえばうちには食器はあまり無い。なんせ独り暮らしだ。茶碗とかお椀とか一個とか二個しかない。四人分にはどう頑張っても足りない。どうしたものか……この為だけに買うのもなぁ。
「調理道具的には大丈夫なんですけど食器が足りません。隣で借りて来ます。」
「そ、そうか。よろしく頼む。」
もともと鍋奉行は任そうと思ってたのだが、台所奉行も任せる事になりそうだ。
「では食材買いに行きましょう。」
「まだ早いんでないか?」
「大晦日なんですよ。食品売り場とか絶対混んでます。売り切れるものがあるかもしれないから早目早目の行動をすべきです。」
くそぉ……正論で論破されてしまった。静のクセに生意気だぞ。スーパーに到着した俺達はカートに食材を次々と放り込んでいく。放り込んでるのは静だけで俺は専らカートを押してるだけだがな。ほぅ、最近は鍋用の出汁なんてのもあるんだな。これは確かに便利だ。静は自前で作るみたいだが。
「締めはご飯入れて雑炊でいいですよね。」
「雑炊もいいけどそれよりうどんだ。うどんを入れろ。」
「うどんですか?まぁそれでもいいですけど。じゃこのゆでうどんを何袋か買って……」
「ゆでうどんじゃなくてこっちの冷凍うどんにしろ。お湯で戻すタイプだ。こっちの方がコシが強い。」
「締めのうどんにコシは要らないと思うんですが……」
「駄目だ。コシを入れろ!」
「面倒くさい人ですね。じゃこの三食うどんを……」
「五食パックの方にしろ。今回余っても俺ならすぐに消費する。その為にも保存のきく冷凍うどんだ。」
「どんだけうどん好きなんですか。」
仕方が無いじゃないか。うどんの国の人なんだから。
「カセットボンベも買いましたし、買い出しとしてはこれではいいですね。帰りますよ、セバスチャン。」
「誰がセバスチャンだ。」
自宅に戻ると静は鍋の仕込みに入った。俺? 鍋の方は静に任せたから宣言通り俺は何もしない。年明けの教室の準備でもしてるさ。三が日明けて四日からは修道教室が再開するからな。冬休み中だから人数は少ないかもしれんが。
七時半になると晃一、月子の兄妹がやって来た。予定より少し早いな。
「婆ちゃんが早めに行けって。色々とやらかす前に、だって。」
静……お前、よっぽど信用無いんだな。
「晃一もうち来るの久しぶりじゃないか?」
「今年入って教室は何度か覗いた事もありますけど、こっちの居住エリアに入るのは久しぶりですね。」
「高校受験だろ? 志望校とかは決まってるのか?」
「一応、私立の特進コース希望です。すべり止めで公立も受けますけど。」
俺の時代は私立は公立のすべり止め、もしくは公立に受からない者が行くところだった。勿論、私立の方がレベルが高い地域もあったのだが、俺が居た所は田舎で公立至上主義だったからな。
「特進コース受からなくても第二志望に普通科コース入れとけば、それもすべり止めになるんで。志望順位としては私立特進、公立、私立普通科の順ですね。」
「そっか、初詣で合格祈願するといい。確か桜宮神社には太宰府天満宮から分祀された社があった筈だ。」
晃一と久しぶりの会話をする。もう高校生になるんだな。早いもんだ。
「はーい、そろそろスキヤキ始めますよ。テーブルに来て下さーい。」
何やら張り切ってんな。鍋奉行は静に任す。俺らはお奉行様に従う事にしよう。あっ、お奉行様、ご飯もお願いしますね。
スキヤキ、やっぱり美味いな。四人分だと大きな鍋で作る事になるから、それも関係してるんだろうな。単純に材料を四分の一にして一人分を作るのとは違ってくる。まぁ一人よりは四人で食った方が美味しいってのもあるな。よし、あらかた食ったから締めだな。冷凍うどんを湯がいてやろう。
「もう締めに入っていいな。うどん準備するわ。」
「私がやりますよ?」
「色々やって貰ったからな。これ位は俺がやるわ。うどんだし。」
「どんだけうどんにこだわりがあるんですか。まぁいいです。お任せします。」
「皆、うどんは何玉いける?」
「私はもうお腹いっぱいですのであんまり食べられません。」
「じゃ、静ちゃんと私で一玉でいいね。」
「晃一は?」
「一玉でいいです。」
「俺も一玉として合わせて三玉か。では三玉を寸胴に投入ぅー。」
うどんは大量のお湯で湯がくのがいい。特に冷凍うどんだと冷気に負けるからな。大量のお湯で十分な熱容量を確保するのだ。一分程湯がいて寸胴のお湯をうどんごとザルにあける。お湯をよく切って鍋へぶち込む。さぁ皆食え。スキヤキうどんだ。
ふぅー、食った食った。もうこのまま寝ちゃいたいな。静が許してくんないけど。どうせ起きて無きゃいけないんだから鍋の片付けもやってしまおう。正月になってからだとますますやる気が起きないからな。鍋や食器を洗って竹内家に返さなきゃいけない物はまとめておく。おっとコンロもちゃんと拭いて綺麗にしとかなくちゃな。カセットボンベは一本と少し使って、半分程残ったボンベがコンロに装着したままだ。この状態に新品のボンベを一本付けて返せばいいかな。残った三本はうちでキープしておこう。竹内家に返すのは三が日明けてからでいいかな。向こうの片付け仕事を増やす事になるから正月明けてからの方がいいか。まぁこの辺は婆ちゃんか京さんに相談しよう。
片付けが終わったところで十一時になった。これから桜宮神社へ二年参りだ。徒歩十分から十五分位で行けるから、今出発すれば向こうで年越しする事になる。今年も色々あったが来年も無事に過ごせます様に。




