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小六編 第1話 小六女子がやって来た

初投稿になります。よろしくお願いします。

 長かった梅雨が明け、待ってましたとばかりに頑張る太陽の日差しが道路のアスファルトを焦がし始めた頃、塾生の竹内(たけうち)月子(つきこ)が書道教室にその少女を連れて来た。


「先生、この子がここに通ってみたいんだって。」


持永(もちなが)彩音(あやね)、六年生です。」


 スレンダーな肢体、キレ長の目、黒髪ロングなその子の第一印象はどこにでもいる様な小学生女子、それでいながら何かに抑圧されている様にも見える、そんな雰囲気を纏った少女であった。


 小六から書道を習い始めるのは珍しい。あくまでもうちの教室のケースだが一般的には小学校低学年から通い始め、高学年になるとむしろ辞めてしまう子が少なくないのだ。


「習字もやりたいんですけどツッキーから聞いてもう一つの教室の方も楽しそうだなと思って。」


 あぁ、そっちに興味を持ったのか。どちらかと言うと書道はおまけ的な感じか。きっかけは何であれ、塾生が増えるのは喜ばしい事だ。それにしても月ちゃん、学校ではツッキーって呼ばれてるのか。


「そうか月……、いやツッキー、宣伝ありがとう。」


「どういたしまして、でもツッキーはちょっと……」


 ツッキーがジト目で睨んで威圧……、いや控えめに抗議してくるのでからかうのはこれくらいにしておこう。相変わらず表情に起伏がない子だが五年も付き合ってると感情の機微が分かるようになった。


「えーと持永さん? これはここに来る子みんなに勧めてるんだけど、自分に合ってるかどうかとか思ったものと違うかもとかあるから、まずは体験入塾から始めてみるのがいいと思う。体験なら月謝も安くしてるし、合わないと思ったらそこで終わりにしてもいいから。」


「はい、それでお願いします。でも体験終わっても続けると思っていただいて結構ですから。」


 小学生なのにしっかりとした受け答えが出来るお子さんである。さすがに母親に連れられてやって来る低学年の子と比べるのは可哀そうか。


「それじゃ簡単にこの書道教室の説明をします。本当は保護者の方と一緒に聞いてもらいたいんだけどそれは体験終わって正式に入塾する時でもいいから。」


 彩音に教室での活動内容、具体的な指導方法、かかる費用についてなどの説明をしていく。


「書道教室は毎週金曜日の夕方にやってる。明確な開始時間は決まってないけど大体三時位には教室を開けているから学校が終わってから来ればいいよ。」


 事前に月子からある程度は聞いていたみたいで、時々彩音の方からも質問があったりしてそれに適宜答えながら説明していく。


「道具はとりあえず学校で使っているものでかまわない。でも正式に入塾するならその時にはいい物に買い替えた方がいいだろうね。」


「弘法筆を選ばず」とは言うものの、やはり良い筆、良い墨、それらに合った半紙だと書き易くストレスにならない、そして疲れない。


「筆を握るのは次の金曜の書道教室からにしよう。それと書道以外の活動について説明します。持永さんはこっちにも興味がありそうなんで。これは自由参加だけど、あくまでも書道教室に付随するものだから書道教室を続けてないと参加できません。」


「その辺はツッキーから聞いて理解してるつもりです。」


 書道以外の活動とはこの教室を塾生に開放して自由に使わせる事だ。両親が共働きで他に子供の面倒をみる家人が居ない等の理由で親が帰宅するまでの間、子供の居場所を提供してる訳である。ぶっちゃけると託児所もどきだ。


 保母さん的な面倒をみる人を配置してる訳ではないので、子供達は自分達の好きな事をして時間を過ごす。宿題をする者、本を読む者、ゲームをする者――ビデオゲームは禁止だがカードゲームやボードゲーム等、騒がしくない分には許可している――等、様々だ。場所を貸しているだけなので基本的に相手はしないのだが、こっちの手が空いている場合に限り勉強で分からない所を質問してきたら教えてあげたり、人数が足りないゲームに混ざったりはする。同様に年長の塾生が小さい子に勉強を教えたり面倒をみていたりもする。年齢差のある子供達が同じ時間を共有するという場は昨今では珍しいのではないだろうか。


「こっちの教室は書道教室と区別する意味で『修道教室』って呼んでいる。」


 なんか今、彩音がピクッと反応したな。そんなに楽しみなのか。ちなみに「修道」の由来はと言うと幕藩体制時代のどこかの藩校名である「修道館」をパクってつけた。まぁ、書道教室と区別のための名前なんで何でもよかったんだが。


「書道教室が無い平日、つまり祝日以外の月曜から木曜は原則として教室を開放してるんで好きな時に来ていいよ。」


「何してもいいんですよね。勉強でも読書でも、あと絵を描いたり創作活動とかでも。」


「絵は月ちゃんも時々描いてるし、創作活動とやらも騒がしくなければ問題ないよ。」


「ノートパソコンとか持ち込んでもいいですかね?」


「さすが今時の子だなぁ、パソコンで絵描いたりするの? 別にいいよ。但しパソコンでゲームとかはダメだけどね。」


「あとダメ元で聞いてみるんですけどネット環境とかはありますかね?」


 修道教室の話になったらグイグイ来るなぁ。なんか口調も荒ぶってきたし。


「ネットか、LANケーブル引っ張って来るのは大変だけどWi-Fiなら何とかなるかな。でも動画とか見るのは勘弁してね。ネット回線圧迫されてこちらの仕事に支障が出ると困るからゲームと同じく禁止扱いにさせてもらうよ。」


「あ、動画ダメですか。仕方無いですよね。」


「念の為に言っとくけど100メガ超える様なファイルのダウンロードもダメだからね。」


「わっかりましたぁ……、チッ。」


 なんか舌打ちが聞こえ様な…空耳かな?


「まぁネット利用は調べものする位で勘弁して。ダウンロードなんかは内容次第では許可するから相談してくれ。」


「了解っス!」


「ス?」


「あわわ……何でもないっス!いや、何でもないでございますよ。」


 おいおい、だんだん日本語が壊れてきたぞ。


「月ちゃん、月ちゃん。」


 ん?という表情でこちらを向いた月子の顔からは「あぁーあ……」というニュアンスが見て取れた。


「ひょっとしなくてもこれが素か?」


「まぁ仲間内では大体あんな感じです。一応、本人があきらめて完全に素になるまでは気付かないふりしてあげて下さい。」


 月子とヒソヒソ話し合って改めて彩音の方を向く。


「何ですか、その可哀そうな子を見る様な目は!ツッキーも余計な事言わない!」


「ま、まぁ建前とかは大事だよな、うん。」


「だからぁ、建前とかじゃ無くってですねぇ……」


 なるほど、最初に感じた彼女の抑圧されていると感じたのは猫かぶりだったのか。まぁ個人差はあれど誰しも初対面の相手には素の自分を見せないものだしな。


 そう、「個人差」の範疇だと軽く考えていた。だが段々と明らかになっていく彼女本来の姿にこれから翻弄される事になろうとは……この時は思いもしなかった。

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