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城の王  作者: 京理義高
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9.戦時中の話

 広い額に太い眉、大きな瞳、四角い顔、意思が強そうな印象だったが、緑色の半そでシャツが気さくなイメージを醸し出していた。ウエストがしまっていて怠惰な生活はしていないように見受けられる。


「若い方が多いですな」


「この中では、若干年齢を重ねてはおりますが、美辞麗句探偵事務所のから来ました」


 苗字の自己紹介をしたのは義高だけで、下の名だけ名乗った三人を笑顔で迎えた。


「話をすることで、元気をもらいたいぐらいだよ。何せ私たちには子供がいないんでね」


「そう言って頂けると、来たかいがあります」


「まあ、硬くならずに、楽しんでいってくれよ」


「はい。ありがとうございます」


 毛利夫婦に子供がいれば自分や亜紀、ユキ子の年齢であっても可笑しくないんだと思った。


 毛利剛は義高達の向いに座ってリラックスしているようだ。毛利静子は背筋を伸ばして耳を傾けていた。


「子供は作らないと決めていたのだけれども、いざ自分が年を取っていくと欲しくなるもんだんだな。気がついた時は遅かったと言って良い。静子の体も案じると、あきらめもあった。だから、君たちを見ていると、特別な感情が芽生えてしまうな」


 そこまで言うと、毛利剛は太い油性マジック大のシガ―を取り出して火を付けた。光沢のあるジッポには海賊船が描かれていた。亜紀、ユキ子は緩やかに質問した。聞いていると、この家具はどこで仕入れて、お金はどれぐらいかかったかといった類のものだった。


「参ったね。気にいったものがあればプレゼントするよ」


「そんな御気遣いなく」


 と言いながら、物色していた。なんだかなと思った義高はケンジを見たが、顔が真剣だった。嫉妬とは別物の、何かを懸念している眼差しだった。それも持続せずに、表情は緩和していた。サラ子が紅茶の容器とカップを運んできた。話の流れを止めない自然な動作だった。


「失礼ですが、毛利元也様が寝たきりになった経緯を教えて貰えませんか?」


 毛利剛の顔が引き締まった。あまりにも捜査的なので義高には違和感があった。もっと身の上話をしてからの方が良いのではと思ってしまう自分はあまいのだろうか。心中穏やかではなかった。


「話は少し長くなってしまうけれども良いかな?」


 かまいませんとケンジが言うと、毛利剛は葉巻を灰皿に置いた。


「分かりやすく説明するよ。私が君達ぐらい若い頃だった。当時父親は今の私位の年であった。非常に厳格だった父親は、私の教育とは別に戦争時代の話を良くする人で、それが趣味みたいだった。戦時中父親は学力のある大学に在籍していた。頑健だったので、即兵士となった。野心も兼ね備えていたので、兵士になることは、自ら志願したと言っても過言ではない。しかし、現実は甘くなかった。日本国の真髄を教育され反吐がでそうな戦闘訓練を行った。逃げだすことなど出来なかったと言う。元来、芯の強い父親でさえ逃げる方法を見つけようとしていた。ある兵隊の仲間が逃走を実践し、非国民だと言われ、目の前で公開処刑をされた時に諦めることとなった。処刑の内容は」

 葉巻を吸うと、亜紀とユキ子を見渡し、女性の前で言っていいものかと悩んでいだ。それが紳士的な態度と義高は思わなかった。演技染みていたからだ。ケンジはかまいませんと言って煙草に火を付けた。女性陣も黙って頷いた。

「その時代は人を苦しませるプロが沢山いたんだ。拳銃で胸を打てばそれまでなのだけれども、簡単には殺さなかった。上層部や学生の兵士達の前で、逃走に失敗した兵士は、まず手の爪をゆっくり剥いでいった」


 ユキ子は両手で顔を隠していた。亜紀は目を瞑って俯いている。


「その時点で大抵は許しを被る。何でもするから許してくれと叫ぶんだ。だが状況は変わらない。殺す側に、まともな人間の精神は宿っていないからな。見ている兵士も止めようとすれば、自分の身が危うくなる。生きた心地を失った状態で見ているしかない。爪は手の指からすべて消えてしまうと、次は足の指にうつっていく。それらを完了してしまうと、髪の毛に油を注いで着火だ。頭皮は焼け爛れ、一生髪の毛が生えてこない状態になる。もちろん頭皮だけではなく、顔面にも燃え移る。火を消されると、元形が分からない人間となる。次に体の皮膚を焼く作業になる。熱した鉄の棒で肩から撫でるように移動させていく。新陳代謝を考慮して、人間が生きていられる閾値まで焼くんだ。これは何を意味しているのだと思いかね?」


「被爆者の再現をしているのですか?」


 ケンジは答えた。女性陣は席を立って逃げ出しそうだった。義高は呆然と聞いていた。


「そういうことだ。意図までは分からなかったと言う。その兵士はまだ口が聞けた。超越した訓練が、ショック耐性を強めていた。その後、上層部は兵士を殺さなかった。あくび混じりの口調で相談をしていたのだ。兵士を簡単な治療にも関わらず、信じがたい回復力でまともに動けるようになった。だが、ケロイド状となった皮膚は、普通の生活を脅かす。数日後、どこかの戦地で特攻兵として散っていった。我々兵士達の行く末を彼でデモンストレーションしただけだと父親は言った」


 毛利剛は紅茶で喉を潤した。義高は寝たきりの理由になぜ戦争の話をするのか分からなかった。


「やがて父親も戦地に向かうことになった。武器や兵隊の数だけとっても、日本軍の劣勢は火を見るより明らかだった。もちろん拒否権はないのだけれども、父親は戦地を行くべき場所として捉えていたみたいだ。兵士への教育が成功したのだろう。戦争で死ぬことが日本のためという洗脳は一般市民にも及んでいたから、その内の一人となっただけと言っていた。家族や恋人に別れを告げ、遺書まで書いた。未来を見据えない自分に家族はもう帰ってこないのだろうと諦めていた。家族は立派に仕事をした男だったと父親を過去のものとしていた。戦線に達した海外兵士の武力は予想以上だったという。防御壁はいとも簡単に崩され、父親は銃弾を左肩に受けた。生きていたのは銃弾を発射された場所がかなりの遠くであり、生き残っていた兵士も少なかったからだ。父親の部隊は壊滅状態であると判断した海外兵士は、運良く父親のいる場所ではない場所をターゲットとして進んだ。父親は銃弾を受けただけで武器を使用し、攻撃ができなかったという。治療を受けた時は多量の出血をしていて、バイ菌が体内に巡っていた。また、患者は施設に入り切らない数まで膨れ上がり、慢性的な医師不足、衛生面でも今では信じられないような環境であり、ちょっとした傷でも命を落としうる環境だったのだ。父親は高熱と痛みで死の淵をさまよった。目の前で死んでいった兵士も、爆撃でそこら辺に転がっている死体も、後何時間かで自分も同様になるんだと思っていた」


 毛利剛は葉巻を吸った。上品でい続けている毛利静子は聞き慣れているようだった。


「父親は回復した。それでも戦争は終わらなかった。再度いくつかの戦地に呼ばれ、奇跡的に生還した。そして戦争は終結した。負けてもなお、父親には落胆が無かった。終結後は新宿の愚連隊等とも人脈を作って、やがて不動産業を自分でやるようになった。日本が復国していく最中、どの場所が高値になり成長していくのかが手に取るようにわかったという。経営理念は単純だった。死に物狂いで働けば結果は付いてくる。戦争を経験すればそんなものは容易い。富を得て普通の人が人生で稼ぐ額の何十倍もの貯蓄を手にいれた。父親は貯蓄を使って余生を遊んで暮らす性分ではなかったのだ。この屋敷は父親の遊びで建てたに過ぎない。ますます元気になり、さらなる巨万の富を得るはずだった。母親は父親の家庭を顧みない状況下で早くに亡くなっている。私は父親の金を使う暇がないぐらいに働く姿勢には付いていけず絶縁状態になった。しかし、命さえも顧みない生活はやがて体を蝕んでいった」


 集中力が途切れる前に、点と線が繋がった。義高はこっそりと煙草に火を付けた。


「それが今の状態になったということですね? どこを患ったのですか?」


「脳だよ。過度の労働が血管を圧迫した。休息がなければやがて爆発する。それだけだ。応急処置を済ませると、施しようがなかった。せめて親孝行ができなかった償いとして私達が介護をしているのだ。私は会社を辞め、この屋敷で隠居生活することにした」


 毛利剛は言い終えると、溜息をついた。後悔しているのがわかった。


「いろいろと話して頂きありがとうございます」


「ちょっと湿っぽい話になってしまったな。忠告としては、親を大事にするんだよ。健在な時に孝行しておくんだ」


 一同が頷いた。


「さて、そろそろ来る頃かな?」


 誰かに言うとも無しに毛利剛が訪ねると、エンジン音がした。


 案内されたのは毛利剛の弟に当たる毛利直哉と毛利薫だった。毛利直哉は針金のような髪を立たせ、健康的な日焼けをしていた。無地の白いTシャツからは強陣な筋肉を付けた腕があった。身長が後十センチあればレスラー体系だった。毛利薫はショートボブでVネックの黒いニットに丈の長いスカートだった。ダイヤモンドが埋め込まれたネックレスをしている。指輪も高価なもので、宝石を引き立たせるためにシンプルなファッションをしているというしたたかさがあった。二人とも若く見え、自信に満ち溢れている表情をしていた。客人である義高達を笑顔で向かい入れた。自己紹介をし名刺を見ると、毛利直哉は電家製品会社の社長だった。


 次に現れたのは毛利剛の姉にあたる総堂院幸子と夫の総堂院栄太郎だった。総堂院栄太郎は銀髪をオールバックにし、グレーのスーツから下腹の余分な脂肪が見受けられる。総堂院幸子は手入れが行き届いていないのか、やや髪の毛が傷んでいた。顔色も冴えなく、ゆったりとしたワンピースにジャケットが痩せた体系を引き立たせていた。それでも左腕の時計はかなり高価なものだった。総堂院栄太郎は義高達の顔を見て怪訝な表情が垣間見れたが、直に笑顔となった。聞いたことのある飲食店の役員だった。全員が席に着いた。時間は午後三時を指していた。


「皆さんが集まりました。ここでおやつにしましょう」


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毛利家全体図を更新しました。
又、登場人物を追加しましたので、下記サイトを参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2003
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