8.対面
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山道に入ってから、車中は静かになった。
もう毛利家の土地に足を踏み込んでいるのだ。
ケンジも亜紀もユキ子も、死人のように寡黙になった。
カーナビは、ずいぶん前から道のない場所に現在地を設定させていた為、案内の女性のまで寡黙になり、ケンジが電源を切った。
携帯電話の電波は、山道の途中から届かなくなった。
落石注意の看板と死亡事故多発の看板は色落ちし、大部分が錆びていた。
方向感覚を遮断してしまう入り組んだ道が続いた。
昼間だというのに、空はどんよりとした曇りで、森に囲まれたあたりは、目的地に到着した瞬間、濃霧となった。
画像を見たとおり、山荘というよりは館であり、城と形容しても遜色なかった。
外壁は二メートルを超える巨大な詰み石で固め、入口の門が牢屋を連想させる。
庭の芝生は手入れが行き届いていないため伸び放題だ。
昔は客が宿泊施設として利用していた話が現実味を帯びない。
亜紀とユキ子は電波が届かないことに愚痴っていた。ケンジは無視して、物おじせずに門を開いた。
「携帯で連絡が取れないとなると、助けを求められませんね」
義高は女性陣と話を合わせようとした。
「そんなものは必要ない。俺が解決すればいいことだ」
「解決って?」
「例えばの話だ」
前だけを向いているケンジの顔は険しかった。義高は自分が失言を言ったのだと勘違いして自己嫌悪に陥っていた。
出迎えたのは毛利静子だった。若いころは美人だったという印象で、美人に若干皺を追加して、影が加わっていた。紫のドレスから垣間見れるボディーラインは殆ど崩れていない。五十歳を超えていると聞いていたが、年齢よりも十歳は若く見えた。
「ようこそ、いらして頂きありがとうございます」
「ご依頼ないようを抜きにして、このような御屋敷に招いて頂き光栄です」
ケンジは毛利静子の美貌を嫌みなく賛美した。毛利静子も美形探偵を賛美した。お世辞には思えない、大人の対応だった。義高が見てきた普通の女性であれば、ケンジの賛美に必ず顔を赤らめるので、毛利静子が微笑んだだけで、その他変化ない様子に違和感を持っていた。言われ慣れている、あるいは言われる事に飽きているのかもしれない。
「皆さまには紅茶を用意しておりますのでお上がりください」
「お言葉に甘えます」
ケンジが頭を下げると、義高達も頭を下げた。亜紀とユキ子は感激でうっとりしていた。いまいましいと言うわけではないが、どこか浮世離れしている外装と違い、屋敷の中は絵に描いたようなゴシック調の造りだった。入口から大広間が広がり、奥には二階へ続く大きな階段がある。高い天井には高級シャンデリア、左右には四つのドアが存在していた。義高達は入口から左の一つ目のドア内にある部屋に案内された。客間であると紹介され、一人掛けのソファが八席並んでいて、木製のテーブルを隔てて一人掛けのソファが同じく八席並んでいた。用品棚にはアンティークの家具がズラッと並んでいる。カットグラスが趣味なのか、ライトに照らされて七色の光を放っている。義高達は並んで座った。テレビはなく、音楽も流れていない。無言の状態であるが故に足音でも妙に響き、近くにいる雀の声までもが聞こえてきた。
「本日はお手伝い様もいらしています」
毛利静子が声を張って呼ぶと、二十代後半に見える女性が入室してきた。メイドの制服を着込んで、清素な顔立ちと化粧をしていた。サラ子と名乗って、人数分の紅茶と何種類かのクッキー盛り合わせを出した。本職は会社の秘書だという。週に一日の頻度で通い、本日は三日間滞在することになっていた。身のこなしを見ていると、育ちの良ささえ伺えた。
「用件がおありでしたら、申しつけください」
「わかりました」
ケンジが紳士に答える。それ以外のメンバーは場の雰囲気に飲まれ、黙礼するのがやっとだった。失礼しましたというと、サラ子は退出した。教育しなくとも、自然に身についた礼儀だった。
「毛利家の親戚はこれから来ますので、寛いで頂けるようお願いします」
「ご主人様もいらっしゃらないのですか?」
亜紀は尋ねた。屋敷の住人の礼儀作法をコピーしていた。
「ただ今、買い物にいらしているところです。そろそろ戻られる頃かと思います」
来客の直前に買出しに行くということは急用だったのだろうかと義高は思った。兄弟に大切なプレゼントを贈るため、直前にそのプレゼントを取りに行かなくてはならないのであれば納得だった。もちろん、勝手な想像である。
「皆さんが集まる前に聞いて置きたい話があるのですが宜しいですか?」
「ええ、かまいません」
「では、こちらに失礼します」
そういうと、毛利静子は義高達の向かいのソファに座った。足を揃えて、ひざ下を傾けた座り方だった。灰皿が用意されていて、ケンジは吸っても問題ないかを確認してから火を付けた。義高は控えた。硬直しているからだ。
「ご依頼してもらった件ですが、この時期に家族を集めて話をしようとしたのは毛利剛さんということでよろしいですか?」
間を置いた。
「はい、主人が立案しました。元々こういう話は幾度もあったのですが、皆が集まって話をされることはありませんでした」
「それは何故でしょうか?」
今度は言いにくそうな間だった。意を決して口を開く。
「議題が違うという意味では、皆が集まって話をされる機会はありました。ただ、主人の父親である毛利元也さんは寝たきりの状態が続いております。家族の方は遺産の話よりも延命の話を熱心にされておりました。それでも、口も聞けなくなっている状態になってしまうと、家族の方と疎遠になってしまったのも事実です。遺産相続ということで、主人が受け継ぐはずでしたが、毛利元也さんが顕在の時期に、最後に残した書き置きが見つかりました」
毛利静子は紅茶で喉を潤した。
「書き置きの内容についてですが、今手元にないので後ほど披露することになると思います。それは私からではなく、全員揃ったところで主人から披露する予定となっています」
頭を下げてきた。意味もなく義高も頭を下げた。
「わかりました。要は、毛利元也の書き置きが今回の集まりのきっかけとなったという認識でよろしいですね?」
「はい、その通りです」
外の方からエンジン音が聞こえ止まった。客室から外の様子は見えなかったが、数分後に表れたのは毛利剛だった。