7.城へ
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義高は自分のお陰で依頼がきたのに誰も感謝してくれないもどかしさがあった。菅野クラスに親しい間柄であれば愚痴の一つは言えるのだけれども、ケンジに対してはリスペクトもあり、何も言えなかった。せめて誰かにがんばったねと認めて貰いたかった。大学の江崎教授とは会う機会がなかったし、途中で自分がひょっとしたらナルシストなのではないかという懸念を抱き、こみ上げる感情を抑えた。もっと上にのし上がるには探偵アルバイターとして、依頼されている事件を解決する実績を積んで、自分から言わずとも、他人が賛美してくれる環境を構築するのが第一であると考えた。
そうこうしているうちに毛利家の屋敷に行くメンバーを告げられた。ケンジ、亜紀、ユキ子、義高になった。いささか頼りないと思いつつ、亜紀、ユキ子は女を武器にして役に立つ可能性があるとのことだった。ケンジの目立った行動も、若輩グループの無知なところで隠すことが出来ると期待しているらしい。
「お前は大人しいからな」
「性格なので」
「馬鹿キャラならよかったのだが」
「本気ですか?」
「演じるだけでも違ってくる。うるさいぐらいが適しているのだが」
「努力はしてみますけど」
「期待はしていない」
「はあ」
義高は十月十日から二泊三日の予定に備えて大学の講義参加調整をした。当日は金曜日なので、菅野に出席だけとってもらい、参加しているよう装ってもらえば充分だった。元々参加していても半分以上は理解できていない内容ばかりだった。将来を案じてアドバイスをくれる友人がいないのは、弱みでもあった。菅野は依頼の件で休むと聞くと、問題なく承諾してくれた。
結局、毛利静子と夫の経歴についてもネット上で検索はできなかった。個人情報保護法は菅野でも知っていた。ケンジは事前策を練っているようだが、いったい何をしているのだろうか。
出発当日、義高が美辞麗句探偵事務所に旅行用バックを持って訪れると、ユキ子と亜紀がソファに座っていた。ユキ子はピンクのワンピースにジャケット、亜紀はボディーラインにぴったりの長そでTシャツにタイトスカートだった。いつものファッションから比較すると、化粧の仕方も含めかなりシックだった。そのせいで若く見えた。
「おはようございます」
「おはよう、ヨシ」
亜紀が挨拶を返してくると、ユキ子は手を挙げただけだった。
「毛利家ってチョーお金持ちなんだよね?」ユキ子は言った。
「もちろん、屋敷に住んでいるセレブなんだから」
「じゃあ、おねだりすれば何か貰えるかな? 貰えるよね」
「ダメよ。私が先に貰うんだからね」
義高は重い足取りで椅子に座った。
「ぶっちゃけ、遺産相続の場に私たちを呼ぶなんて、ちょっと変わっているよね?」ユキ子は言った。
「エリートの考えることなんて分からないでしょ。きっと、見られている感覚が好きなんだよ」
「わかる。それだけの人が集まるってことは、遺産の総額も相当なんだろうね。わたし達に少し分けてくれないかな。そうすれば、ライブ行き放題よ」
「チョー素敵」
たばこに火を付けて、二人のやり取りを聞くとも無しに聞いていた。金持ちのおじさんであれば、お酒も入り、二人のおねだりで簡単に物をあげてしまうのだろうなと思った。自分が金持ちであり、おじさんである場合はどうかを想像した。金で愛情を買えないと格好付けている余裕はないのではと考えた。
ケンジが現れた。金髪はさらさらで乱れなく、ダークグレーのスーツは相変わらず似合っていた。義高は自分の黒いジャケットにグレーのシーンズがとても安っぽいと感じた。
「揃っているようだな」
「おはようケンジ、ずっと待っていたんだから」
「そうか」
「今日も、カッコイイね」
ユキ子は恋人に向ける表情で言った。声質が先ほどとは別人だった。慣れてしまった義高でさえ、改めて女は怖いなと思うほどだった。ケンジはユキ子に軽いハグをすると、義高にセダンのキーを投げて渡した。
「荷物を載せておけ」
そう言ってしまうと、ケンジは鏡で身だしなみを整えて、俺の荷物も運んでおくようにと命令し、ライブDVDを見だした。全員の用意が整うと、車で出発した。
ハンドルを右に回転させ、高速に入った。ケンジは遅い車に睨みを利かせる。相手はたじろき、先を譲った。女性陣はそれを面白がっていた。
移動中、義高は遺産相続の条件を説明すると、誰でも知っていると言われた。
「そもそも、そういった建前だけで動く一家ではないからこうして呼ばれているんだ。明確な遺書が残っていない、それでも何かの条件があるのだろう。今回は条件に沿って話し合いを行うのが目的だ」
密室の殺人、空気を乱す言葉は控えていた。
「決まらずに二日間過ぎてしまうかもしれませんね」
「だと良いのだが」
それから、事前調査の結果報告となった。
「お前は本当に役立たずだな」
「しょうがないですよ。ネットで調べるくらいしかないですし。人脈もありません」
ケンジがため息をつく間もなく、持っている情報について聞いた。
「あの屋敷について、過去にも新聞沙汰となってはいないようだ。家族構成と人物を調べてみても、立派な人達ばかり。俺達では文句の付けようがない。誰かが死んだから宿泊施設を止めたといった曰く付きではないと判断している。しかし、場所が良くない」
山奥の屋敷、普通の生活に馴染んだ人間にとってはこの上ないロケーションである。
「お前にとっては目の保養になるな」
「ですよね」
敢えて乗っかった。
「場所が良くないって、ケンジ風水とかやっていたっけ?」
ユキ子が本気でびっくりしていた。そんなわけないだろと回答し、不貞腐れた。
「周りの人間と干渉したくない人間がいるとしか考えられない場所にあるからな。随分前に建てられた屋敷らしいが、今となっても住民が近寄らない。不思議に思ったんだ。結論からすると、毛利家は山一帯を所有しているんだ」
「どんだけお金持ちなの!」
亜紀は両手を合わせて目を輝かせていた。振り向いた義高はそれを見てかわいいと思ってしまった自分を悲観した。見取れない内に発言した。
「つまり、どうしようと、自分の好き勝手にできると?」
「ああ、何事も起こらなければ良いのだが、もし起こるとしたら、俺達は敵地の城に踏み込む人間となる」
敵地の城と聞いて、戦国時代を思い出した。
「大袈裟だよケンジ。金持ちに招かれたんだから、もっと楽しまないと。私たち社交界デビューするかもよ。そしたらセレブの仲間入りかも」
バックミラーからの亜紀は夢妄想が止まらなかった。義高は苦笑いでリアクションを取った。
ようやく高速を降りた。湿っぽい疑惑はかき消され、車内は修学旅行時のように楽くなった。
「もうすぐ毛利家の土地に入るぞ」
ケンジだけは楽しんでいなかった。他のメンバーも真面目な顔になった。