39.了
30
義高が目を開けたのは、日が沈んだ『美辞麗句探偵事務所』の駐車場だった。鏡には、充血して目が落ちくぼんだ顔が映し出されていた。皆、それぞれに疲労の色を隠しきれないでいた。
「しけた面するな。これから打ち上げパーティーでもするか?」
「冗談言わないでよ。ちょー疲れてんだから」
亜紀は、手鏡で写った肌にうんざりしていた。
「ケンジと二人きりだったら……」
「タクシーを呼んでおく」
ケンジはくい気味だった。
「ちょっと〜」
ユキ子が鳴き声になっていた。本当に携帯電話でタクシーを呼んでいた。
「あの〜」
「今度はお前かよ。なに?」
呆れてテーブルに両足を置いた。歪んだ顔にも美形探偵が宿っている。
「着替えを貸してくれませんか。それと、毛利家に辿りつくまでの途中に荷物を置いてきたので、取りに行きたいんですが」
「遅かったな。早く言っていれば警察に頼めたものを。荷物は自分で回収してこい。まあ、根本を呼んでおいたのはお前だ。着替えは貸してやろう」
「あ、ありがとうございます」
持ってきたのは、ゴワゴワのジャージだった。
「ただし、他の男が使ったものはもういらないから現金で返せ。五千円で手を打とう」
「高」
「なら、そのまま帰れ」
「わかりましたよ〜」
タクシーが到着し、亜紀とユキ子は探偵事務所を後にした。
「帰らないの?」
菅野が声をかけてくる。腰に手をやって、何かを思いついたかのように答えた。
「先に帰ってくれ。後で電話するから」
「電話ないんだっての」
火に油を注いだ。いつもの彼では比較にならないぐらい気が立っているので、菅野が来てくれて本当に助かったなるお世辞をしんみり語った。頬を緩めて応じる。
「じゃあ、今度会った時に」
「釣れないな」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、帰っていった。
「今回の事件で、何回読心した?」
「ええと……」
総堂院栄太郎の虚言を見破った時をカウントするか迷っていた。そこでもっと重要な本当に死んでいたのかなる推理を思い出し、あっけなく結論に達した。
「二回です」
義高を凝視し、ホウという息を吐いた時に似た声を出した。
「来月からアルバイト料をやろう。時給だ」
それを聞いた義高は目を輝かせた。
「いくらですか?」
「三百円だ」
輝やいた目の行方は天井にあった。
その後、治療もむなしく、神無月が終わらない内に毛利元也はこの世を去った。病院に搬送された時点で生きているのが不思議なぐらいの病状だった。にせカルテを偽造していた担当医は間もなく逮捕された。総堂院栄太郎は、検死官の業務を増やすことなく、同じく逮捕となった。取り調べを受け、途中からサラ子と組むようになったとも明かし、それが幸いしたのか、毛利家の殺戮を免れていたのだ。毛利静子は殺人を犯してはいなかったので、刑は軽くすんだのだが、宙に浮いた遺産への執着はなくなったという。
歪んだ血族が巻き起こした殺人事件として、テレビや新聞に大きく報道された。
読んで頂き、ありがとうございました。
続編の『修羅の道』も連載開始しましたので、機会があれば覗いてみてください。