38.城の王
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金属バットを素ぶりして発生する、空気音のようなものが複数聞こえたかと思えば、黒服の持っていた銃が次々と地面に落ちて行った。黒服は手を抑え、一斉に武装した男たち七人が外壁を飛び越えて侵入し、取り押さえた。わずかな時間で、黒服達は地面にうつ伏せ状態となった。
「間に合ったようですね」
根本の姿があった。背後から警察が駆け付け、取り押さえた黒服に手錠を掛けた。
「出てくるのが遅すぎる。隠れてないで、さっさと助けろ」
「いや〜急ぐと皆が撃たれていましたよ。タイミングを計っていたんです」
死に直面したメンバーは、ケンジを除き皆で座り込んだ。義高は体に力が入らなくなっていて、他のメンバーも同じだった。菅野は大事な部分を抑えていて、失禁までしていた。
「どうせ服も乾いていないんだから、わからないだろ」
「そんな」
泣き笑いだった。黒服達は無言のまま、搬送されていった。毛利静子は立ちつくしていた。
「あの方も、犯人の一員ですよね?」
根本が訪ね、ケンジがもう少し時間をくれと言った。
「まずは救急車を呼んでくれないか? 病人がいるんだ」
「わかりました」
場を離れ、無線で病院に連絡をし、住所を伝え、至急来るように要請していた。
しばらくしてからケンジが口を開いた。
「危ないところでした。もう少しで毛利家の餌食になっても可笑しくなかった」
「あなたは、最後まで冷静だったのね」
顔が歪み、頬がひきつっていた。
「はったりですよ。こうなることは賭けでしたから」
「あなた達には驚かされっぱなしだったわね」
虚ろな目で言うと、躊躇いもなく黒服が持っていた銃を拾った。ケンジも別の銃を拾った。全員身構えたが、銃口は毛利静子本人のこめかみに付きつけられた。
「なんのまねですか?」
「これで、生きる目的を失ったわ。あなた達の勝利」
銃声、思わず目を瞑った。
「まだ死ぬのは早いですよ」
「うっ……」
一瞬の迷い、それが判断を鈍らせた。ケンジの発砲が早かった。弾が銃に命中していた。
「すいません、とっさだったので、ケガを負わせてしまったようだ。救急車を呼んでいますので、元也さんと一緒に乗ってください」
毛利静子の耳のあたりから血が出ていた。
「聞こえていたら、聞いてください。あなたはこれから罪を償っていくんです。死んでいった者達の後追いはできません。死んで逃げるのも許されません」
その言葉を聞き、義高は事件が起こる前に考えていたことを思い出した。――殺人犯は誰もが死刑になればいい。
自分の考えは間違いだと改心した。
それから、救急車が到着した。恐らく、毛利静子にとっては、永遠に匹敵する時間であったのだろう。担架に乗せられた毛利元也と一緒に運ばれていく姿は、五歳ぐらい上に見えていた。
根本を残し、警察は屋敷内の捜索に当たった。
「でも、よく当たりましたね。銃とかやっていたんですか?」
媚を売った様子の菅野は尋ねた。
「当たり前だ。アメリカで一度練習した経験がある」
「一度で」
義高は流石自身過剰だなという言葉を飲んだ。
「警察が十人も揃って、人件費が勿体ないぞ」
「いやあ、ケンジさんが危険な目にあっているとのことなので、いつもより奮発しましたよ」
日に焼けた根本はさわやかさを崩していなかった。
「よく来れくれましたね?」
菅野が声を掛けた。
「大変だったけどね。来ようと思ったら、紙きれに『この先、洪水により渡橋が壊れています。迂回してください』なんて書かれていたもので」
「あのタクシー運転手、粋なことするな〜」
「しょんべん臭いセリフだな」
「ケンジさん、何か言いましたか?」
「別に。詳しい話は次の機会に。後は任せたぞ」
「御苦労さまでした!」
耳に痛いぐらいの声を張り、根本は現場の捜査に向かった。
「ケンジかっこ良かったよ〜」
ユキ子は縋りついた。頭を撫でられると、猫の鳴き声そのものを発しながら涙を流した。
「不死身ってのは、はったり過ぎなんじゃないの?」
苦笑いの亜紀は、ケンジの背中をつついた。
「あれ? これって?」
異物に触れた時の反応だった。
「防弾ジョッキだ。薄いからわからなかっただろう?」
「じゃあ、私に貸してくれたのはごっつい方で、撃たれてもこれに守られているから不死身とか言ってたの?」
「当たり前だ。根拠もなくはったりを言うわけない」
「なーんだぁ。たいし……」
たいしたことなかったんだ、的冗談は、ケンジの鋭い眼光に阻まれていた。
「どうでもいいや。でもココだけの話、私が撃たれたのは明らかに静子さんが持っていた猟銃だし、ちょっと前に撃たれた総堂院栄太郎さんも同じでしょ? さっきは自分の手で殺人はしていないって自白していたけど、よくよく考えると、静子さんも殺人を犯しているんじゃないの?」
「それは、総堂院栄太郎さんが本当に死んでいれば、の話だ」
「ふぁい?」
素っ頓狂な菅野は、ズボンに触れた手でケンジに掴みかかろうとし、見事に弾かれた。千鳥足で横転を持ちこたえると、
「死に際でいたんですよ! 本当に死んでいればってどういうことですか?」
迫力とはかけ離れた怒りをあらわにしていた。
「もしもの推理だ。お前は脈も確かめずに死んだと断定している。素人以下の判断だ。これまでの経験上、素直にはいそうですかなんて言える筈がない」
「勘弁してくださいよ〜」
「まあ、お前の頼りない風貌のせいで、途中参加していたのにも関わらず、毛利家の連中はまったく警戒していなかったのも事実だな。おおよそお前が警察を呼んでいたなんて考えなかったのだろう。てか、才能かもな」
口を尖らせるしかない菅野は、義高に耳打ちした。
――俺がいなければ、全員おだぶつだっただろ? 救世主なんだよ。
緊張の糸が途切れ、めまいが襲ってきていた。警察が用意していた車が発進するまでの間、もう一度だけ毛利家の屋敷を見やる。不気味に佇んだ建物は、西洋の城を思わせた。
この先、どれぐらい存在するのだろうか。
所有者を失った城、取り壊す方も慎重になる。
終焉を迎えても、圧倒的存在感を漂わせる。
辺りの森を従えているかのようだ。
城の王
まぎれもなく、毛利家の屋敷が城の王だ。義高はそう思い、静かに目を瞑った。