37.美形探偵は不死身
甲高い悲鳴が聞こえたのは、義高が客間のドアを開けた時だった。ケンジ達の視線が開いたドアに向かって集中する。
「今のは?」
「わかりません。元也さんの部屋に向かったユキ子だと」
ケンジに続いて亜紀も立ち上がり、二人してドアに向かっていると、背後で毛利静子は微笑んでいるようにも見えた。
部屋に辿りつくまでの間、毛利静子の嘘を説明していた。亜紀は理解していなかったが、ケンジは黙って頷いた。
毛利元也の部屋前でユキ子が尻もちを付き、菅野が中腰のまま励ましていた。
「どうした?!」
「サラ子さんが……死んで」
部屋にはうつ伏せで倒れているサラ子がいた。背中から左胸の部分に刃物が刺さり、床に血の海が出来ていた。窓は雨戸まで施錠された状態である。菅野がドアの鍵をあけると、そのような状態だったと震えながらに説明した。
「自殺には無理がある。密室殺人ですね」
菅野はポツンと言った。
「なんだそれは?」
「でも、必ずトリックがあるはずです」
きっぱりと言い切った。側面の壁に触れた。
「だまし絵ではありませんでした」
能面のケンジは相手にしようか困惑していた。
「で?」
「あ、いや、だまし絵を使い、実は部屋の両サイドに空間があるという密室トリックですよ。そういう小説があるんです」
次に床、亀裂や隙間がないのかを確かめている。
「真下は客室ですからね。隠し階段があれば、出入りも自由です」
時間と共に、菅野の声は小さくなっていった。
「推理小説の読み過ぎだな」
「だって、すべてを疑ってかかると言ったのはケンジさんですよ、それに……」
菅野の言いたかったことは、知識なら俺の方が優っているはずですだった。サラ子の遺体にぶつかりそうになり、ヒッと悲鳴をあげた。
「密室談義はおしまいか?」
「終わりました」
「でも、犯人はどこから入ったのかな?」
亜紀が不安そうに訊ねる。聞かれた義高は口を噤むしかなかった。
「犯人はすぐそこにいるじゃないか」
毛利静子の虚言、
答えは毛利元也の寝たきり……
ベットに挟んでおいた紙きれが床に落ちていた。
「これが何よりの証拠だ。置き上がり、再びベットに入った時、わずかな隙間ができて落ちた」
心電図の電子音が早まった。
観察していくと、サラ子は何かを握りしめていた。紙きれ、中央から破れたものであり、こう書かれていた。
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追加要望
・もし連中が生き残っていた場合、この部屋を出る。
・あなたは元也さんに懺悔すると言い、そのまま残る。
・元也さんは話が聞ける状態である。なので、今までの殺人を報告する。
こちらの紙切れは読んだあと、絶対に捨てること。
もし見つかるようなことになったら、あなたの不倫経験のみならず、犯行詳細をすべて警察に提出する。
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「最後にサラ子さんは味方してくれた」
ケンジが言い、サラ子の手を握った。垂れ下がった金髪の前髪が震えていた。
「後は、元也さんに起きてもらうだけだな」
いつになく鋭い眼付きになった。
「自分から起きないのであれば、くすぐってでも起こすけど、どうだい元也さん?」
さらに電子音が早まる。画面に表示されている数値は高血圧患者そのものだった。
「そこまでよ」
毛利静子は黒服男を従えていた。明らかに裏社会で君臨している三人である。スキンヘッド、背の高いオールバック、華奢で首筋から刺青、スキンヘッドはユキ子を押さえ、ナイフを顎の下に宛がっていた。
「やっと本領発揮ですね?」
「まだ余裕でいられるのね。さすが自信家の探偵さん」
「状況は理解しているつもりなんですけどね」
「そう。私もあまり手荒なマネはしたくないの。だから動かないで頂戴」
「従います」
両手を挙げた状態でキープしていた。
華奢が胸ポケットから銃を、ケンジの方に向けた。聞いてもいない説明をした。義高達が地下室で体験した、一度目の爆発後、作動した装置は、迎えに来させるための合図だったのだ。
「お話の続きぐらいは許して貰えますか?」
「どうぞ、ご自由に。その前に重要人物も参加してもらいましょうか。元也様、起きられていますか?」
静子の呼びかけで、のっそりと上半身を起こした。目を閉じたまま両手で顔を擦る。皺が上下する。
「ふぁ〜」
大きな欠伸と共に目を開けた。急速に生気が蘇った。目の力は失われていない。
「ようやく、だな?」
枯れた声帯の声だった。
「はい、元也様お望みどおりです」
「うむ」
疑いはあったにも関わらず、実際、元気な様子は唖然とさせた。サラ子の遺体から刃物を抜き、血液に触れた。
「なんとも、生き残ったのは部外者だとはな」
「私も予想外でした」
刃物をゴルフクラブに見立てて素ぶりをし、そうすることに飽きたのか、サラ子の背中に置いた。
「詰めが甘かったな」
「申し訳ございません。ですが、元也様が顕在であると見抜いた人ですので、優秀なのは間違いありません」
「そうだったか。生きのいい探偵よ、話を続けなさい」
「だいぶ手間が省けましたことを感謝します」
「私ではなく、静子とサラ子にするんだな」
「爆弾も含めた凶器を集めたのは、元也さんですか?」
「私は顔を使っただけだ。裏の人間に顔を聞かせ、剛が集めてきた。彼は狩猟を趣味としていたからな。自分自身で凶器を集めて来たと勘違いもしていたそうだ」
これだけの危険物を所有しておきながら、警察にも見つからなかったのは、信用を得ているからであった。時には資金援助を行い、裏社会にも関係が広がっていた。
「この屋敷を私は城としている。城の王を継続するには、あらゆる人脈が必要となってくる。我が息子を利用したのも、人脈だ」
毛利剛の狂気さえも利用していた。
「あなたが元気であることも、知らなかったのですね?」
「さあ、どうかな。今となっては知る由もないだろう。私の子供でも、民間企業で重要な役割を果たしている者もいる。しかし、私の遺産に集る者としては変わりない。いくら椅子に座っているだけで生活ができるぐらいの度量を持ったとはいえ、上を目指すことを忘れた者は許さない」
「子供に失望したと言うのですか?」
「そうだな」
「中でも毛利剛は許せなかった?」
「残念ながら、剛は愚直過ぎた。私に関与しないと決めたら絶対に折れなかった。加えて我が子であると知らずに不倫なんて言語道断だ。毛利家を汚す姿を見ていられなかった」
担当医は定期的に毛利家を訪れていた。本当の診断結果は、毛利静子だけにしか伝えられていない。口止め料としても、担当医に資金を横流ししていたというのだ。
「私にも、ついに余命が宣告された。手術でどうにかなる病気でもない。担当医は入院を勧めてきたが、断った」
「だから、あなたが仕組んだのですね? 書き置きからなにから全部」
「裏で絵を描いていただけだ。見事に動いてくれたがね」
毛利剛はサラ子と手を組んでいた。毛利剛が主犯となり、サラ子が実行する。総堂院幸子を除く殺人は、二人で行っていたのだ。それらを、サラ子は毛利元也にすべて報告していた。
毛利静子の犯行は、毒入りの水を飲まそうとしただけであり、結果的には殺人未遂にとどまっていた。遠距離からの爆破もケンジの推理通りであった。
「抜きんでて争いを望んでいた毛利剛さんさえも、殺人には手を染めていなかったのですか」
「そういうところでは頭が回転するんだろう。まったく、余計な資質を受け継いたものだ」
「主人は、自分でなにもできない。いつも傍らに誰かいて、命令するだけだったわ」
「戦争中であれば、活躍もできただろうに」
急に喉に何かが詰まっているかのような咳を繰り返した。
「元也様、無理はなさらずに横になっていてください」
毛利静子がいたわり、それに従った。
「ここまで話してしまったのだ。君たちには、悪いが消えてもらうよ」
横になりながら、蚊の鳴くような声で呟いた。
スキンヘッドはユキ子を解放した。その余裕から隙は全くなかった。背の高いオールバックも銃を向けてきた。
「庭にしましょう。元也様に当たったら大変です」
「頼んだぞ」
なすがままとなった五人は、後ろから銃口を向けられ、部屋を出ようとした。
「元也さん、まだ死なないでくださいよ」
ケンジが捨て台詞を吐くと、スキンヘッドから強引に押されていた。
「ふん」
ベットから風の音に近い声が聞こえた。
入口を出て、客間の前に一列で立たされた。
「ケ、ケンジ、助からないのかな?」
ユキ子はファンデーションが流れ落ちる勢いで涙を流していた。
「だ、大丈夫だよ、きっと策があるんですよね?」
菅野は強がる。亜紀も同じだった。
「やばいな」
ポーカーフェイスだったが、ケンジの顔に大量の汗が流れていた。
「相手が悪かった……」
「金髪の探偵さん。さっきの威勢がなくなったわね? 顔色悪いけど、気分でも悪いのかしら?」
気分良かったら、完全に壊れているだろ、殺人女め、と心中で悪態を付いた。
「お陰様で。話し足りないです」
フフフフフフ
唇に手の甲を当てながらの笑い、上品な婦人ではなく城の悪魔としか見えなかった。
「いいわ。一人ずつ言い残したことがあれば、おっしゃいなさい」
「わ、あわ、わ」
ユキ子はしゃべれる状態ではなかった。
「あなたは?」
「したたかな女になる予定だったけど、あ、あなたみたいにだけはなりたくなかった」
亜紀の皮肉には、震えが混じっていた。それが楽しかったのか、笑いを堪えながら次を支持した。
「立派な屋敷に住んでおられる方は、すごい人だと期待していました。最初に来て、おもてなしされた時は、本当にすごいんだと思いました。で、でも、今になって、悪魔になりかけた人が住んでいたと思っています」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
「同じです。あなた達はこれから本当の悪魔になるんです」
菅野が便乗してきたので、上げっぱなしの両手が下がりそうになった。背の高い男が義高に狙いを定めた。それにより、完全に思考が停止していた。
「じゃあ、探偵さん、あなたが最後ね」
ケンジの方を向いた。汗が引き、いつものケンジに戻っているようだった。
「ご丁寧にどうも。俺は不死身だ」
あまりにも唐突すぎて、黒服さえも動揺していた。言葉の意味を理解できないでいる毛利静子は、目を見開いている。が、驚いたのはそれだけではなかった。