36.辻褄
28
サラ子、ケンジ、ベットが横一線で並んだ位置で、横側から義高達に見せつけるかのようにサラ子の手を取った。さらに顔を近付け、おでこがひっつきそうな距離まで迫る。左手の親指と人指し指の間が赤くなっていただけではなく、手のひらには切り傷があった。そこからの血は、固まりかけている状態だった。サラ子は目を逸らしたが、ケンジは両手で覆うように労った。
脱力した表情に変わり、脅されていることを告白し始めた。傷は小型銃を持っている時に拳銃で撃たれてできたものであり、腕時計に気を取られていた義高は、そこまで観察していなかった。
加えて監視カメラ、殺人に使ったネックレスや凶器についても白状した。凶器は刃が外側に反っているものであり、微量の赤黒い血液と白ずんだ脂肪が付着している。毛利剛を殺害したのは、部屋に常備してあるワインに毒を加えたものだった。ケンジが死亡しなかったのを知り、毒の量を増やしていた。味覚を失った彼は、気兼ねなくワインを飲んだという。
「私がやりました」
言い終わっても、誰かが襲ってくる気配はなかった。大雑把に解釈すると、盗聴されていないということも証明していた。
「あれ? こんなところに紙きれが」
わざとらしく言うと、ケンジは布団の間からはみ出していた紙きれを取った。
「毛利静子さんの持っていたやつなの?」
亜紀が言った。
「どうだろうね」
A4横サイズの用紙を、中央から手で破ったような跡がある。ケンジはあるたいして時間もかからずに目を離した。
「ふーん」
無関心を装い、亜紀に投げてよこした。両手で包み込むようにキャッチする。そこに、若者たちは集まった。
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これから、残った若者がくるので、次の項目を厳守すること。守らなければ、銃が貫通するまで。
・犯人を装い、外に出さないよう時間稼ぎをする。
・窓から見える角度から移動してはならない。
・以上を守れは、命は保証する。
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「これは怖いよな。爆発することを知っていてもなお、時間稼ぎしなくてはいけないんだから」
「でも、どこからか、私達を狙っているのよね?」
亜紀はさり気なく渡す。最終的には菅野が紙きれを持ち、持て余したのか元の場所に戻した。
ケンジは窓の外を眺め外に向かって叫んだ。
「そろそろ出てきたらどうですか? 毛利静子さん!」
まだ耳の機能は残っているのかもしれない。規則正しかった電子音が乱れた。
向かいにある傾いた老木に毛利静子はいた。スェットの上下に着替えていて、髪を後で束ねている。義高達に見えるよう、狩猟につかう拳銃を空地に置いてから屋敷内に入ってきた。
「このような姿で申し訳ありませんね」
「気にしませんので」
言ってから、膝の部分に付着していた枯れ葉の断片を掃った。
「元也さんの体が心配ですので、別の部屋でお話しませんか?」
「確かに、俺達の行動に反応しているようですね。老人は労るべきた」
あっさり許諾したケンジを怪訝そうに見た義高達は、毛利静子の無防備な状態を見て否定できなかった。
「客間にしましょう」
「問題ありません」
皆で部屋を出ようとしたが、サラ子だけはまったく動かなかった。
「どうしたの?」
ユキ子が声をかけた。
「毛利家を崩壊させてしまったのは私です。元也さんに謝ってから行きます」
「でも……」
ケンジは振り返り、真後に居た菅野を突き飛ばした。
「安全だと思って気を抜かないように」
サラ子を通り過ぎ、窓を閉め、雨戸まで閉める徹底ぶりだった。
「はい」
廊下に出た。ガチャという音がしたのをきっかけに、足を進めた。
初めて案内された場所は、全員にとって違った風景になっていた。毛利静子に案内され、ここで毛利家の人間を待つまでの間、寛いでいたのが嘘のように、義高には思えた。今までが予知夢であり、これから同じ事件が発生した場合、自分は救えたのだろうか? ならばアプローチの仕方は? 深く考える前に、ケンジが話を切り出した。
「意外でしたよ。静子さんが黒幕だったなんて思ってもみませんでした」
「私もよ。あなた達がこれほど優秀だったなんて知っていれば、他の探偵さんに頼んでいたでしょうね」
「そもそも、なぜ俺達に頼もうと思ったんですか?」
毛利静子が座るのを見計らって、全員で座った。尻を包み込む感触さえも違って思えた。
「誰でもよかったの。主人の暴走に対する緩和であれば」
「毛利剛さんが望んでいたんですね。俺達を呼ぶことを?」
「恐らく望んでいた。直接言われたわけではないの」
「なるほど」
ホームページの改装、微力ながらの宣伝が惨事を招いてしまったことを再確認した。義高はなぜだか後悔していない自分が不思議でたまらなかった。
「思っていたのですが、妙に殺人が上手くいき過ぎているなと思っていました。広い屋敷とはいえ、多数の良い大人が集まっているのだし、不審人物を誰かしらが目撃しても可笑しくない。皆の行動が見えていれば、話は別なんでしょうけどね。例えばどこかに監視カメラを設置されていませんか?」
「元也さんの部屋には設置しているわ。それ以外はプライバシーもあるから」
素早く安堵したのはユキ子だった。ケンジが寝ている間に邪な行動でも取っていたのかもしれない。
「なるほど、元也さんの容体が急変した時に備えているわけですね?」
「ええ。理解してもらえるのね」
そう言うと、アンティークの時計を見た。釣られて全員の視線が集中する。十二時を十五分程、過ぎていた。
「介護についてはあまり詳しくないんですけど、これからの話は素人視点だと思って聞いてください」
煙草に火をつけ、灰皿を引き寄せた。
「私も貰っていいかしら」
意外にも、毛利静子の仕草からして吸い慣れている様子だった。
「毛利元也さんの部屋は非常に綺麗でした。それは静子さんや、サラ子さんが日頃からケアをしていることだとは思います、が」
そこで切った。二人の吐く煙が空気中で交差する。毛利静子の煙草は殆ど吸わないで灰皿に消えた。物惜しそうに菅野が見ていた。
「続きを聞かせて」
「生活感がないんですよ。装置は立派なのに、着替えやタオルと言ったものがなく、さらに清潔でした。寝たきりであれば、頻繁にお風呂も入れませんしね。風呂嫌いな中年男性よりもはるかに清潔でした」
義高は父親を思い浮かべた。明確なビジョンが浮かんでこなかった。
「何が言いたいの?」
「ええ、実は、寝たきりではないのではありませんか?」
「ウソ!」
思わず大声を出したユキ子は、身を乗り出した。
フフフフフフ
笑い声で若者たちの体温が下がり、ユキ子は冷静になった。
「素人意見ですので」
「面白い探偵さんなのね」
フフフ
口元を手で覆い、笑いを堪えていた。
「もしそうだとしたら、どうだと言うのかしら?」
「そうだったら、この殺人計画の様々なところで辻妻が合うんです」
聞かされていない推理の真想、義高は唇を舐めた。
「興味深いわ。聞かせて」
「お望みならば。まず毛利元也さんの部屋にあった装置です。延命装置は見せかけであり、実は遠距離で爆発させる装置が含まれている。総堂院幸子さんが乗っていた車のタイヤ痕を見る限り、駐車スペースと反対方向から帰って来て、俺達の車に衝突している。一階の部屋をのぞき、各部屋は中央の廊下からドア、外側に窓が存在する。角部屋であっても例外はありませんでした。逆に言えば、屋敷を囲んでいる森、外壁がある限り、部屋から道路さえも見渡せなかったりする。そうなると、遠距離で爆発させる装置が使えるのは客間、プレールーム、二階の正面バルコニー、そして、毛利元也がいる部屋からの窓だけが候補になります。爆発を聞いて、調査することになった場合、客間、プレールーム、二階の正面バルコニーは見つかり易い。何故かと言うと、客人の誰かしらが足を運んでいた場所であるからです。しかも、客間、プレールームは、外壁で道路を見えなくさせている。二階の正面バルコニーは総堂院栄太郎さんが寛いでいた」
「なら、元也さんの部屋が打ってつけであると?」
「ええ。これについては、サラ子さんが少し話してくれました」
「でもさ、よく見たら毛利元也さんの部屋からだって、駐車スペースは見えないでしょ?」
記憶を手繰りながら、亜紀が言った。ケンジは立ち上がり、電話がある場所まで移動した。
「その通り。思い出してください。あの時はまだ、電話線が切られていることにも気が付かなかった。しかし、少なくとも切った本人だけは知っていた。配電盤を調べにいったサラ子さんか毛利静子さんか、あるいはどちらもが知っていた本人です。それを考えれば、客間で待ち、窓から見える外壁のわずかな隙間から駐車スペースにあるフロントライトを確認し、車の衝突音を聞く。電話で毛利元也さんの部屋に連絡を取り、遠距離装置のスイッチをONにする」
「それなら、毛利元也さんが寝たきりであっても、他の人がスイッチをONにできるでしょ? サラ子さんがやったみたいな話もしていたし」
「まあな。それは俺の推理だ」
それを聞いた亜紀は椅子から転げ落ちそうになった。ケンジはお構いなしに、義高が持っている書き置きを出すよう指示した。
「次に遺産相続です。遺書なり契約書という本人承諾の証明書がまずない。それに、毛利剛さんが持っていた書き置きの紙は、毛利静子さんが持っていたものに対し、実に新しいものでした」
書き置きをテーブルの上に広げた。
「見たところ、筆跡は同じ。関係者にも知られないよう、大切に保管されていても、静子さんの書き置きは古いものでした。二十年以上も前の書き置きであれば、当然です。つまり、この書き置きは、わりと最近に書かれていたものである。そうすれば、殺人計画を練った上で、家族を呼び出し、争いが行われるというストーリーが浮かんできます」
つまりを言った時から顔が曇り始めた。苦し紛れに毛利静子が言う。
「随分想像力豊かなのね」
「ありがとうございます。筆跡が同じであれば、元也さんが殺し合いを望んでいるのかもしれません。おおよそ生き残ったものが遺産を受け取る手立てにもなっているのでしょう。だが、誰でも良いというわけではなかった。受け取るのは、静子さんかサラ子さんのどちらかでなければならない。しかし、短い期間、ご一緒した感じからすると、毛利剛さんが簡単に納得するはずもない。静子さんが生かされていたのは、毛利元也さんとの秘密を知っているかもしれないと考えたからだと思います。争いの最中であれば、脅迫させ、その後に殺せばわかりませんからね」
「勝手な想像にしては説得力があるから関心するわ」
「想像じゃなかったら、関心できないですか?」
目を閉じて首を横に振る。
「他の若い子達も信じている風に見てとれるから言うわね。毛利元也さんは二十年間寝たきりなのよ。もし、立って話も出来るのであれば、誰かしら気が付くでしょう。毛利家の全員が寝たきりだと認識している。関係者だって同じだわ。疑うなら調べてみればいい。きっと皆同じ答えよ。その当時の診断書だって持っているし、担当医だって紹介できる」
大人しかった義高の体がピクッと動いた。
――嘘をついている。
読心能力が働いていた。脈打つ鼓動で体が揺れた。話の中で、どれかのピースが虚言だった。
「わかりました。話を変えましょう」
と切り出したものの、次の話題に触れるまでに時間がかかっていた。間に耐えきれなくなった菅野は、申し訳なさそうな声を出した。
「あの、サラ子さん遅くありませんか? 見てきましょうか?」
「そうね、着いていくよ」
ユキ子が言った。
「今もサラ子さんが無事ならいいのだが」
「まだ自殺を心配しているの? ならケンジも一緒に行こうよ」
ユキ子の仕草に嫉妬の色が濃くなっていた。
「駄目だ。お前たちだけで、見てきてくれ」
そう言うと、ケンジは菅野めがけて鍵を投げた。
「わかりました。じゃあ、義高もいこうぜ」
「えっ僕も?」
読心について、ケンジに伝えておくべきか迷っていた。しかし、ケンジはお前も行ってこいと言うばかりで、タイミングを失っていた。
三階の階段を昇りきった時、義高は足を止めた。後にいたユキ子がぶつかりそうになる。
「おい、どうした?」
「嫌、ちょっとケンジさんに言い忘れていたことがあったから、伝えてくる」
「重要なの? 後でいいじゃん」
ユキ子の声がドップラー効果になっていた。