33.時すでに遅し
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ケンジ達は、サラ子の部屋の鍵を開けた。外開きのドアを開け、一旦身を隠した。誰もいないのを確認し、中に入ると、客間と変わらずまったくの生活感がない部屋が広がった。菅野は興奮しているようだったが、殺風景を見て落胆していた。
「女性の部屋なんだから、少しは遠慮したら?」
引き出しから取り掛かったケンジを見て、義高も捜索に加わる。
「そうも言ってられないだろ」
菅野はハードボイルド風に言った。
「あんたはエロいだけ」
「違うっての」
間抜けな漫才師に変わった。
「これは」
クローゼットに格納されていたメイド服からケンジは見つけたのは、真空パックされていたであろう小型銃だった。
「亜紀が撃たれた銃はこれか?」
「うーん、もっと狩猟に使うような長い銃だったかも」
「総堂院栄太郎が撃たれたのはこれか?」
まじまじと見つめた菅野は、手に取ろうとしてから引っ込めた。
「うーん、ってわかりませんよ。わかるわけないじゃないですか」
「だろうな」
「だろうなって……確認するタイミングなかってんですよ」
「これでは殺せないからな」
ケンジはそう言うと、取り出そうとした。手持ちの手袋があれば、試し撃ちをしそうな勢いもあったのだが、指紋検査のために、手を触れず胸にしまい込んだ。
コンという音がした。ドアからだった。入口付近で見守っていた女性陣は、その音で身ぶるいして見合った。
「今、音がしたよね? この部屋だよね?」
亜紀が自分の体を抱きながら問う。
「それっぽい」
「ねえ、誰か来て」
壁の沁みがないかを捜索をしていた義高はちょうど目が合い、ドアを開けてみた。鍵がかかっていないても、開かなくなっていた。力の加減を調整し、三回試みたが、結果は同じだった。
「これぐらいか。じゃあ、毛利剛の部屋に行くぞ」
「それが、あの……」
ケンジはドアに突っかけるものを仕込まれたと推測した。
「全然動きませんよね? どうしますか?」
「義高と菅野は、どっちが運動神経あるか?」
聞いた菅野は、水を得た魚のように、ケンジのところへと歩み寄った。
「俺ですよ。大学でやった体力テストは、俺の方が高かったので」
「わかった」
そう言うと、ベットシーツを丸めるよう指示され、窓から垂らした。
「布団を乾すなら、もっといい場所がありませんか」
ボケ狙いではなく、義高は聞いた。
「これを伝って下に降りるんだ。ユキ子達の部屋に降りられる。後は外から突っかけを外してこい」
「マジっすか?」
「遊んでいる場合じゃないんだ」
脅えた菅野に、運動能力が高い方がやるべきたと威圧した。
「部屋の物さわんないでよ」
亜紀が不機嫌に言った。
「さわったら分かるんだからね。バックを探ったりしたら殺すよ」
ユキ子はそう言うと、顔を歪ませた。
ケンジは手伝わず、義高だけで支えることになった。ベットシーツが震え、ある程度の高さでジャンプしたら、くじいたらしい。
「うお。足に電流が走った!」
「早くするんだ」
いつまでもその場を動こうとしないので、ケンジはげきを飛ばした。
菅野はドアストッパーを持って現れた。けっこう頑丈に付けられていたので、取るのが大変でしたという苦労話を無視し、毛利剛の部屋を訪れた。その部屋だけ光を遮断するガラス戸だったので、ぼんやりとしか部屋の様子を伺えなかった。
「間に合わなかったか……」
ケンジの呟きが部屋中を満たす。ドア近くにあったスイッチをONにし、冷たい光が立ち込めると、一人の人間が現れた。
毛利剛はうつ伏せのままベットに倒れていた。上半身裸で、下半身は布団で隠されている。壁とは反対方向を向き、つまり義高達にも顔が見える角度だった。見開いた目は躍動感があり、断末魔を迎えたように見える。変色した舌をむき出しである。脈を取り、振り返らずに首を横に振った。女性陣は入口付近で待っているよう指示し、布団をのけた。下着も履いていなかった。そこまで見る限り、外傷と呼べるものは無い。遺体には触れずのままだった。
義高が犯人だと決めつけていた男がそこにいた。
毛利剛の口から吐かれたと思われる、シーツには赤い沁みがった。
「血ではありませんよね?」
色素は血よりも薄かった。ケンジは鼻を寄せる。
「赤ワインだ。にしても、倒れた時に吐いたものであれば、沁みの付き方がおかしい」
円形の沁みに、細やかな沁みが回りへと点在していた。ある程度の高さから、ゆっくり垂らして出来る沁みの形だった。毒殺であれば、優雅に吐くなんてありえない。ケンジは死んだ後に、わざとワインを掛けたと推理した。それを決定付けたのは、毛利剛の額にも、わずかながらワインの跡があった。
ケンジは立ちつくした。
「も、もっと調べないのですか?」
恐る恐る菅野がしゃべった。
「唇に残っているルージュ、これはサラ子さんのものだ。おおよそ、俺達が駆けつける前に、最後のセックスでもするつもりだったのだろう」
ユキ子は顔を赤らめた。
ティッシュケースの前にあるコンドームの包みが開封されている。毛利静子の話が本当であれば、最後の瞬間に夫婦の営みを行うのは不自然である。さらに、ケンジは残り香でサラ子であると悟った。微妙な匂い、義高と菅野にはわからなかった。
「だからモテないんだよ」
「関係ないような、あるような」
冗談を言っている素振りではなかった。その裏にある、調査への甘さを指摘されているようで、二人は言葉を失った。
義高は苦し紛れに、ティッシュケースの下にあった白い紙の書き置きを取った。食事の時、毛利剛が披露した内容と変わりはない。こっそりとポケットに忍ばせた。
発砲音、隣の部屋からだという推測は付いた。部屋の前で歩みを鈍らせたのは、相手が銃を持っているからだった。