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城の王  作者: 京理義高
25/39

25.殺し合い可決


19


 青白い顔をして出て行った妻に向けるまなざしではなかった。それは一瞬だったのに、義高の目に焼きついた。


 毛利静子が人数分のグラスに入った水を持ってくると、今度は湯上りの亜紀とユキ子が入室してきた。


「これは失礼、まだいたんだね」


 それを聞いた二人はなんのことだかわからない表情をし、直に怪訝そうに見てきた。


「嫌、こっちの話だから、気にしないでくれ」


「え、はい」


 義高の傍らに座った。毛利静子がグラスを追加で持ってこようとした時、


「いいから、座りなさい」


 夫の言いつけで、あっさりと納得していた。皆で向かい合う形になった。さっきまでの威勢がなくなったので、思わず咳ばらいをした。


「昨日、皆のご意見を聞きたいと言ったのだが、どうかね? 考えてくれたかな?」


 父親の遺産相続方法について、集まった人物達は、こんな時に議論するような話ではないのではないか、と言いたげだった。毛利剛がそれを圧迫してくる。


「今さら、遺産を拒否するなんて言わないだろう?」


 静寂に包まれた。もし、自分が毛利家の一員だったら、とうに拒否していただろうと考えた。諦めれば殺されなくて済むのかもしれない。


「私は妻も殺されているのだし、もう部外者だ。後は勝手にやってくれないか。遺産相続の話も、殺し合いも」


「物騒だね。犯人もわかっていないのに」


「どうかな……」


「それに、幸子の家族であるあなたにも権限は残されている。例え父が候補としていなくとも、私は認めるよ」


「くっ」


「あんたもこの不景気で重役を任されているんだ。資金は喉から手が出るほどほしいのだろう。体裁を飾らず、素直になりなさい」


 諭していた。結局、全員を巻き込んだゲームとしか考えていない。


「話だけは聞くとしよう。だが、私は帰っても会社のためにやる仕事は山ほどあるんだ。下手をすると、全体が旨く回らなくなる」


 毛利剛は噴き出す形で笑った。


「何が可笑しい?」


「すまん。気にせんでくれ」


 それは無理だろう、義高は突っ込みそうになった。


「待ってください」


 唐突に言った亜紀は、立ちあがった。


「遺産の話より、まずはこの状況をどうすべきかを考えた方がいいのではありませんか?」


 義高達も黙って頷いた。


「殺人犯を突き止めるということかな?」


「わかってらっしゃるのなら、尚更ですよ」


 わがままな子供に愛想尽かした感じだった。


「ケンジが死んでいるんです。絶対許せません……」


 涙声で言うと、ユキ子は両手で目を覆った。義高は迫真の演技だと思った。毛利剛は葉巻を取り出し、間もなくサラ子がライターを取り出した。無風だというのに、着火点を手で覆いながら火を付けた。その手慣れた仕草は、キャバクラを思わせた。


「少なくとも、ここに全員集まっていれば大丈夫だ。それに、我々素人が知恵を絞ったところで、解決になるのかね?」


「ですが」


 明確な証拠は何一としてなかった。亜紀だけではなく、義高も同じだった。あるとすれば、いつ自分がターゲットになっても反論できない状況下において、意気揚揚としている毛利剛が怪しいという疑いだけだった。


「名推理をしたところで、犯人が自供しない限りどうしようもないだろう」


 その後の発言で場は氷付いた。自ら犯人ですと発表している、或いは、犯人に加担していることを発表しているようなものだった。


「これは、父が与えた試練だと考えている。書き置きの意味している争いというものは、今まさに怒っているサバイバルで、生き残った者にのみ遺産を与えてやる。そのような意図であれば、自然だとは思わないかね?」


「狂っている……」

 

 言い出したのは義高だった。


「ん?」


 吸い込んだ煙を、天井に向けて吐き出した。


「常識的に考えてください。殺し合いが遺産相続の条件だというのですか?」


 乾ききった喉から絞り出すような声にしかならなかった。それとは裏腹に、


「部外者は口を慎んでもらいたいものだな」


 毛利剛の声は力強く、自信に満ち溢れていた。


「無理です」


 亜紀は便乗してきた。その間、義高は運ばれてきた水で喉を潤した。


「ヘタをすると、ここにいる全員が助からないかもしれない」


「じゃあなにか。他に犯人がいて、我々全員を惨殺する腹つもりでもあるというのか?」


「いえ、例えばです」


 分厚い掌を叩いた。


「気持ちはわかった。この話が済んだら君たちにも話に加わってもらおう。とにかく、少しの間は黙っていてくれ」


 それぞれの顔を見渡し、引き下がった。毛利家全員を敵に回しているのではないかと思わされるぐらだった。いつの間にやら、総堂院栄太郎も遺産の話に積極的になりつつあった。毛利静子は相変わらず顔色が悪いのだが、義高達には助けを求めているふうには見えなかった。


「よし、ではサラ子から聞こうか」


 義高は、まったくもって意味がわからないと思った。お手伝いさんに意見を求めてどうするのだろう? サラ子が毛利家の人間だとは聞いていない。

 

「はい。毛利元也様の指示だとすれば、従うのが当然だと思われます」


 ユキ子は思わずテーブルに手の甲をぶつけた。無言で痛みに耐えていた。


「よろしいですか?」


 サラ子は動揺している人を見やり、反応を待たずに続けた。


「私は遺産相続に関係ない人物です。そういう意味では部外者かもしれません。ですが、毛利家の屋敷にこうして使えていますと、こまかい家具であっても、毛利元也様の拘りがあることがわかります。妥協は許されない雰囲気さえ感じ取れます。そんな中、書き置きを無視した行為で決めてしまうのは、絶対にいけないのです」


 影に徹していたサラ子からは想像できないぐらいの強さがあった。義高は息をのんで聞いていた。


「毛利元也様は、残念ながら寝たきりの状態が長いです。素人の私でも、回復する可能性は低いことぐらいもわかります。ですが、意思を持たない人間にであっても、背く行為をやるべきではありません。以上の理由で争いをするべきです」


 そこまで言い切り、毛利剛の方へ向いた。頷いたのを確認した後、カーテンを閉めに行った。ガラス窓からの日が遮断され夜中と錯覚するぐらいになった。


「じゃあ、静子の意見を聞かせてくれ」


「……はい」


 背筋が伸び、一直線に伸ばした腕は、膝に着地していた。そのせいで、肩が内側に沿っていて、肩幅が異様に小さく見えた。


「争いごと、ではなく話し合って決めるべきかと思います。今後、遺産相続人が決定したところで、皆さんは必ずその人を疑うでしょう。連続殺人犯だと思われながら、手に入れた巨額なお金で満足できないと思うんです。もしその人がやっていないとしても、気持ちのいいものではないですし、自由に使おうなんて気持ちも起きなくなるのではないでしょうか」


 義高達三人は、事前打ち合わせをしていたかのように、揃って相槌を打った。亜紀の強張りが解けていき、涙を流した痕跡のないユキ子はすっかり元通りになっていた。


 毛利剛は目をつぶって聞いていた。


「では、総堂院栄太郎さんの番だな」


「前にも言ったのだが、コロシアムのような争いをしてまで遺産を相続する気はない。第一、私は不利だ。毛利家の直接関係ない人間が加わったところで嫉妬を生む。私を除いた全員が組んでいる可能性だってある」


「随分と弱気な発言だな」


「関係ないだろ。こっちは妻が殺されているんだぞ!」


 力強く言った。唇の端に粘着質の液体がこびりついていた。拭おうともせずに。


「そんな目で見られても、我々が犯人ではない」


 我々が指しているものは、サラ子か毛利静子が含まれていた。それを確認せず、結論を出そうとした。


「議論の末に決定するのであれば考える。この際、お金がいらないなんて綺麗事は言わん」


「終わりかな?」


「ああ」


「話し合いという意見の方が多いようですね」


 亜紀は微笑みながら言った。


「まあ、私の話も聞いてからにしてもらおうか」 


 机に手を置きながら立ち上がり、調理場に通じるドアの脇にあるところでとまった。正方形で区切られたラックに花瓶が置いてあり、棘のない薔薇を取り出して嗅いだ。そのしぐさに嫌味と呼べるものは無かった。花をこよなく愛し、大切に扱っている日常を想像するのにたやすい。


「薔薇は赤が好きなんだ」


 背中で語った毛利剛は、真っかな薔薇をかざし、基の場所に戻した。


「飾っているだけで、視覚を刺激してくれる。万国共通の花と言ってもいいだろう。誰もが美しいと思える。薔薇が醜いなんて思う人間は、人生が充実していない証拠だ」


 この人には誰かが取り付いているのではないか? 大半がそう感じていた。毛利静子やサラ子からも、アルコールによって、いつも聞かされている会話という様子はうかがえなかった。


 日本的な風貌をしているにも関わらず、違和感よりも彼の作り出している独特な空気に見とれていた。


「皆さんはどうかな? 今の生活に充足感はあるだろうか。リラックスして少しの間考えてみてほしい」


 そこで義高は目が覚めた。充足感もなにも、非日常的すぎる屋敷の中で、おいうちを掛けるかのように連続殺人がおきているのだ。これで満足するのだとしたら、そう


 殺人鬼だ。


 殺人鬼だ。


 殺人鬼だ。


 殺人鬼だ。


 殺人鬼だ。


 人数分の声が聞こえてくるような気がした。読心ではなく、感覚的に。


 あんたは……殺人鬼だ。


 自ら、殺人鬼である証明をしている。


 狂っている。


 直感したことは間違ってはいない。


 

 もし、ここにいる全員が毛利剛のペースに紛れ込んでしまったとしよう。万が一、現実離れした場所に足を踏み入れ、ふるい起すこともなかった興奮が芽生えたとしても自分だけは正気でいる覚悟はあった。


「どうも、私に共感できない人間もいるようだな。まあいい。微妙な違いで、まったくはまらなくなるパズルみたいなものだ。強制したとことで、過去は変えられない」


 わざとらしく咳込んだ。サラ子は急いで立ち上がり、毛利剛を通り過ぎて行った。咳ばらいをして、喉ぼとけを揉んでいた。少しの間で、サラ子はグラスに真っ赤な液体を入れて戻ってきた。真っ赤な液体の通った後には、透明なグラスに沁み込んだかのような跡が残っていた。トマトジュースとは異なる色素であり、ドロリとしたものだった。


「私でしか飲むに耐えないオーダーメードだ」


 それが乾杯の合図であり、息もせずに飲みほした。唇も周りにドロリとした液体が付着していた。


「すっかり年を食ってしまうと、体中が乾燥してくるんだよ。喉の乾燥は水ではなく、粘着性のある液体の方が、即効性があっていい」


 顔面の筋肉全体が上ずるぐらいの頬笑みを向けて来た。少なくとも、義高達には見せていない表情だった。


「なあ、静子よ」


 それを聞いた毛利静子は、口をあんぐり開けたまま固定した。彼の飲んでいる液体は……

 

 血、

 

 血液、

 

 生き血、

 

 食人種族、

 

 バンパイア、

 

 まだ義高が高校生の頃、ドキュメンタリー放送でやっていた残酷な映像を思い出した。

 

 そうだ。

 

 そうに違いない……


「運ばれてきた水に探偵を殺した毒薬が入っている」


 水を飲んでしまったのは義高と総堂院栄太郎だった。二人は真っ先に透明なグラスを見た。


「安心しなさい。今だに症状が現れていないのだから、飲んだ方にはまだ死神がついていないようだ」


 毛利静子は込み上げてくる震えを抑えていた。


「どうだね? 名推理だとは思わないかね。毒薬には、少なからず味が付いているものだ。探偵はそれに気付いていたが、なぜだか飲んでしまった。好奇心というものは、怖いもんだな」


 ケンジの不幸を笑わんばかりだった。笑ってしまう前に続けた。


「味覚を失っているのをいいことに、浅はかな殺人計画を思いついたようだが、無理だったな」


 それは本当なのか? と総堂院栄太郎は聞いた。


「……いえ、けっして先程の水は、出しておりません」


 力ない口調に説得力はなかった。毛利静子が殺人計画を目論んでいたのであれば、今までの疑いが一変する。毛利剛はさらに追い込んだ。


「私達は閉じ込められているのだ。その間、水の供給もない。水の残量は把握している。流石に水道水を使うわけにもいくまい。つまり探偵に飲ませた水と同じものを持ってくるのは自然ではないのかね?」


「推理に無理がありますよ」


 黙っていられず、亜紀は反論した。


「いくらなんでも、水を飲んで人が死んでいるんです。それって危ないって思いますよね。次は同じ過ちを繰り返さないのが普通です。そこまで奥さんを信じられないんですか?」


 毛利剛は鼻で笑った。


「では、君でも、ここにいる人物でもかまわんが、証明してみるかね。並んでいる水を全部飲みほし、無事であることが確認できれば、私の意見は撤回するぞ」


「うっ」


 誰も動こうとしなかった。亜紀もユキ子も総堂院栄太郎もサラ子も、そして、


 毛利静子も、

 

 生きているのかさえ不安にさせた。


「察しがついたかな。これ以上はしゃべらずにしておこう」


 満足気な表情の毛利剛は、


「……わかりました」


 という亜紀の言葉で目を疑っていた。


 まず、サラ子用の水を飲もうとした矢先だった。止めに入ったユキ子の手が、亜紀の手に持っていたグラスを弾き、床に落下した。落下したグラスはヒビが入った程度で済んだものの、水はあちこちに飛び散った。


「もう、危ないんだから!」


 息もつかずに、毛利剛用の水も床にこぼした。


 その後、サラ子が水をふき取るまで誰もしゃべろうとしなかった。しかし、居心地が悪かったわけではない。亜紀はユキ子と手を繋いでいた。普通の友達では理解しえないような結束がある。義高は再認識していた。


 それに引き替え、他人事の毛利剛はどうだろうか。


「さて、本題にはいろうか」


 この異常とも言える雰囲気で、誰として反論する人間はいない。ましてや同じ家族だというのにだ。どんなに威厳があろうと孤独、義高には生気に満ち溢れた初老の男がさびしくみえた。


「緊迫しているというのに、高揚しているんだ。さっき君は妻を信じていないのかと尋ねたね。私は妻を責めたわけではない。むしろ信頼している。これが父の望んだ争いだと考えているからだ。争いであれば、私でもここにいる誰かでも、殺そうと目論んでいても理にかなっている。ちなみに、水と毒薬の推理は勘だ。勘といっても当てずっぽうではない。態度を見ればなんとなくはわかる。長年連れ添ったから確率は高くなったのだ。静子の反応を見るまで定かではなかったがね」


 何か言い返してくれ、義高はそう思った。しかし、叶わぬ思いだった。


「本人の口から言わすのはあまりに酷だから、私が静子の深層心理を言おう。話し合いで決めようと発言していても、結局は争いに傾いている。そうだろ?」


 毛利静子は皆の視線を集中させた。それに耐えられなくなったのか、小さく頷いた。


「そうやって素直になれば責めないんだよ。よし、これで決まりだな。私も争う方に一票、可決だ」


 短い間に、総堂院栄太郎の心は変わっていた。争い、つまり殺し合いを受け入れいてた。


 どこかに危険な思想をもっている集団を改心させる手段はないのか。義高は考えれば考えるほど、泥沼にはまっていった。


「では、解散!」


 合図に、食堂を出て行こうとした人物の中で、総堂院栄太郎を引き留めた。


「待ってくださいよ」


 心は弱り切り、声に投影されていた。


「からんでくるな。私にはどうすることもできない」


「協力してくれるっておっしゃいましたよね?」


 サラ子を最後に、毛利家の人間は姿を消した。


「呑気に、お前たちの相手をしている暇はない。狙われているのなら、こっちだって準備が必要だからな」


 冷たく言い放ち、その場を後にした。


「待ってください」


 総堂院栄太郎の姿が階段を上り消えていった。


 亜紀とユキ子は小さい声で話しあっていた。話の腰を折らないよう、聞こえる位置にまで足を進めた。


「頼れるのは自分たちのみ、あきらめないよ」


「もちろん、絶対に犯人捕まえて、無事に悪趣味な屋敷きを出てやるんだから」


 そこまできて、普通のトーンに戻った。


「うん、金持ちの考えていることなんて、結局わかならいんだから」


「でもさ、好きなものを貰える約束は惜しいよね?」


「それもあきらめなてないから」


「あっ、解決すれば、こっそり持っていこうか?」


「だね」


 あまりの態度の急変ぶりに驚き、開いた口は盗難だからという突っ込みが出来ないでいた。


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毛利家全体図を更新しました。
又、登場人物を追加しましたので、下記サイトを参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2003
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