18.独りファシズム
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同じ部屋にじっとしているなんて退屈だと考え、自室に戻った男は、これほど上手くことが進んでしまうことに対して唸っていた。腕を組み、いつまでも止まないのではないかと思われる豪雨と、明るくなり始めた空を見ている。その表情には物足りなささえ伺えた。
派遣されてきた探偵は生き長らえているかもしれないが、下手な推理を展開するだけで、男にとって何の手ごたえもなかった。せめて、完璧な証拠を提示し、冷汗をかかせてくれるだけの男でなければ、ゲームにもならない。これでは楽しめないじゃないかと考えた。
改めて集まった人間の名簿を見た。用紙には女の直執で年齢、職業まできっちりと記載されていた。既に絶命した人物の名前は万年筆で横線を引いていった。男にとって、毛利家の人々はものと化していた。
「しょせん、遺産を相続するに値しないもの達ばかりだ」
そう呟き、次に消えゆく人物を、まるでルーレットで決めるかのように、考えていた。
順番から言って、次は男性陣だろうな。
顎に手をやり、首をかしげる。そして広い部屋を三周し、窓の前で落付いた。
このまま計画通りに進行してしまえば、思ったより早く、かつ面白みに欠ける結末になる。
恐らく、手の込んだことをやる必要があるのは、すべてを始末してからになる。世間からの隠ぺい、彼らがどれ程のコネクションを持っているかまでは知らないが、男には完全なる隠ぺい計画まで備えていた。
その計画実行には猶予期間があった。少なくとも、明日までは楽しまなくてはならない。もう少し、自分を陰ながら愚弄し、プライドの塊で生きてきた家族達の苦しみ、おそれおののく様を見てみたい。
否、ちょこまかと動こうとしている若者もいいかもしれない。赤子に毛が生えたようなスキルを駆使しているようだが、見ている方が恥ずかしい。無駄な正義感、探偵のマネをしたところで、死を早めるだけだという事実を教え込ませてやるのも悪くはない。
若い女性達は、じっくり楽しんでから、最後にしよう。
もちろん、楽しんでいる場面は女に見せないつもりだった。
男に高揚感が戻ってきた。
そのように、次のターゲットを考えている最中、男の視界に京理義高と亜紀の姿が写った。強風で今にも飛ばされそうな傘を持って、庭を迂回し、建物の裏側に向かっているところだった。
「調べても無駄だ」
すべてが分かっていた。彼らが一階にある女性用のお手洗いを調査しようとしていることも。神経が参ってきて、建物内にずっといられなくなったことも。
「しょうがない、奴らは後にしておこうか」
次の計画は決まっていた。少なくとも、外では実行しえない殺人計画だった。ある場所に立ち入れば、誰にだってターゲットとなる可能性がある。
ソファに身を埋め、男は時間が来るまで葉巻を吹かしていた。失った味覚の部分を補強するかのように、鼻孔を激しく刺激する香りを放っていた。
半分を吸い終えたあたりで部屋のドアがノックされた。男は入れと命令し、ドアが開かれた。そこに立っていたのは顔色を失った女の姿である。しばらくの躊躇があった。
「準備は整いましたので、御知らせに来ました」
風の音でさえも消えいってしまうような声に対し、男は張りのある声で、
「うむ」
と言い、勢い良く立ち上がった。
「では、次の殺人計画、実行するとしよう」
茫然自失で聞いていた女の反応は無かった。