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城の王  作者: 京理義高
15/39

15.美形探偵倒れる

12


 年齢的にもかなり難しい状況だった。注意力が散漫になり、今にも暴れ出すのではないかという毛利直哉の怒りも、それを宥める総堂院栄太郎の好意も、ありふれた仮説を立てて推理している毛利剛も、毛利静子とサラ子の客人に対する気遣いも、義高達の若さも、すべて無言の空間という形で集約していた。豪雨と強風の音は無音の食堂を支配していた。


 ケンジは二時間達っても戻らなかった。まさか犯人にやられたわけでもないよなと思い、心配になった義高は、状況を確認するために亜紀とユキ子を連れてケンジの部屋を訪れた。心配は思わぬ方向で的中してしまったのだ。ケンジはベットでうずくまっていた。


「どうしました?」


 顔は蒼白で、熱くもない部屋なのに多量の汗をかいていた。体が小刻みに震えていた。


「ど、毒を盛られたらしい」


 ケンジの弱った声を初めて聞いた。


「時間から言って食堂で飲んだ水に入っていたと思うな」


「水を配っていたのはサラ子さんですね。それにしてもなぜそのようなことを……」


 義高は口に出したものの、犯人がケンジの存在を懸念して殺そうとしたのだと判断していた。


「俺は違和感があって、直に戻したから生き残れた」


「ケンジだいじょうぶ?」


 ユキ子は涙目になって背中をさすっていた。そして嗚咽に変わり、ファンデーションが剥がれても涙を流していた。亜紀は信じられないと言い、呆然としていた。身の危険はもう、毛利家関係の人物に留まらない。ケンジが苦しんでいる姿は、それらで脳内を支配した。秘密を知ってしまった自分達もいつ殺されるのかわからない状況で気が遠くなりそうだった。


「休憩して耐えていれば、治るだろう。それより三人共聞いてくれ」


 ケンジの前に集まると、どんな言葉でも聞き逃さない姿勢を取った。


「被害を最小限に食い止める必要がある。何も事件をお前たちで解決しろとは言わない。わかっているとは思うが、俺達も標的とされている。もしかすると、犯人は俺が死んだと思っているかもしれない。そこで、まずは俺が死んだと言うんだ。皆はびっくりするだろうが、気を緩める奴も現れる」


 聞いただけで緊張した義高は、頭を振って気を確かに持ち返した。


「すべてはこの屋敷にくる前から計画されていたと思った方が自然だ。今までの犯行から屋敷の構造を良く知っているものが犯人だと考えるしかない。そうすると、総堂院栄太郎であることは考えにくい。消去法で行くと、犯人は毛利……」


 そこでまでで、気を失った。ベットにぐったりとするまで美形だった。

ユキ子はケンジの看病をすることになり、義高と亜紀は部屋を出た。そのまま食堂に戻らず、亜紀の部屋で話しあうことになった。


「出過ぎたマネはしない方が良いと思うの。プライドの高い連中が揃っているわけだし、ケンジの二の舞になったら大変だから」


 ソファに両手を着いてから言った。


「問題ないよ。元からそんなマネは出来ないと思っているからさ」 


「まずは静子さんとサラ子さんに聞いてみよう。犯人でなければ、ケンジがあんなことになっいるんだし、協力はしてくれると思うから」


 亜紀は毛利静子とサラ子を信用していた。無難な推理だと思っていた。


「わかった。悪いんだけど、しばらくは僕のやり方でやらさせてほしい」


 いつもの冗談もなく頷いた。


 食堂に戻り、生き残っている一同が義高達を向いた。


「あの探偵の捜査はどのような状況だった?」


「それについては後で報告します。毛利静子さんとサラ子にお願いがあります」


 なんでしょうか? と言って姿勢を正した。


「ちょっと聞きたいことがあるので、調理場で結構ですのでお話できませんか?」


 二人は構いませんと言った。義高の頼りなさ気な捜査に、男性陣は関心もなくしていた。


  *


 調理場は整然としていた。調理器具も食糧も存在しないのではと勘違いできた。食堂からのドアを閉め切ると、四人は輪型に立っていた。義高は全神経を集中した。


「先ほど言葉を濁しましたが、正直に言うと、ケンジさんは死にました」


「死んだ……」


 毛利静子、サラ子も状況が把握出来なかった。目を見開いて義高の説明を待っていた。


「死の直前まで立ちあっていました。死因は毒殺でしょう。本人の証言では毛利薫さんの死体について話し合っていた時に飲んだ水が原因と言っていました」


 そこまで話をすすめ、サラ子は顔を下に向けて、手で口を抑えた。


「わ、私が配った水ですね……」


「はい。夕食後から水分達っていたし、本人も水を飲んで吐き気はあったようです。間違いありません」


「私は何もしていません!」


 サラ子は叫んだ。鬼気迫る表情には秘書というクールで落付いた雰囲気はない。義高は動揺した。食堂へ聞こえたのではないかと懸念したが、誰も反応はなかった。


「わかっています。聞きたいのは誰かに命令されたかになります。心あたりはありませんか?」


 亜紀が聞き役となった。


「ありません。水を注ぐ前はちゃんと綺麗にしましたし、私は冷蔵庫にあるいつものミネラルウォータのペットボトルをグラスに注いだだけですから」


 グラスに予め毒を塗っていたとしても洗い流されてしまう可能性がある。


「ペットボトルはすべて同じ容器でしたか?」


「いえ、二杯分は残りを使って、後は新しいのからでした」


 それに対して毛利静子の反論はなかった。犯人に命令された場合、共犯か、最悪命を天秤に掛けられている可能性だってあるのだ。


「わかりました。例えばですが、毛利剛さんがいつも使用しているグラスとか、客人用のグラスというものもありませんか?」


「ありません。使いまわしになります。主人は元々味覚障害があって、衛生面でも無頓着なんです。家族にそのような潔癖な人もいませんから。それに、同じ型の余っているグラスもありますし、いつも同じものを使っているわけでもないんです」 


 食器棚に格納されているグラスを指さした。


 毒入りの水は本人にしか分からないのだ。それを自供しているということは、本当に毒殺に加担していないのかもしれない。確かに水は生き残っている全員が飲んでいた。サラ子の話を信用するとしたら、残りのペットボトルに犯人が毒を混入させていた可能性はある。しかしランダムに配られたグラスにケンジをターゲットにするのは確率論となる。しかもケンジ以外は体調に異変があった人物はいない。犯人が飲んでしまう可能性もなくはない。としたら、水を持ってきたサラ子がピンポイントで毒を入れたという推理が自然である。


 それ以上、素人探偵に暴ける術はなかった。しつこく聞き返しても、本当のことは言わないような気がしたからだ。義高はどうすればいいんだと思いながら天を仰いだ。


 亜紀も同じ考えであり、ありがとうございましたと言うと、聞き込みは終了した。


 食堂に戻ると、総堂院栄太郎だけ居なかった。


「疲労がピークになっているのだろう。奥さんが死んでしまっては当然の話だ。自室で休むと言っていた」


 毛利直哉は自信に満ち溢れていた。間違っていないだろという表情だった。


「一人でですか?」


「男が看病してもしようがないだろ」


 毛利剛は言うと腕を組んで呆れかえっているだけだった。


「こうやっている間にも、プライベートを阻害されている感覚は否めないんだ。それが本人にとっては疲労であり、仮の仲間として一緒に居たとしても落ち着かない。君も年を取ればそれがわかってくる」


毛利直哉は釣られたように言った。


「気持ちはわかりますが……」


 義高は戸惑うだけだった。毛利直哉はこれまで吸わなかった煙草に火を付けると、くだらない若者と会話してしまったという後悔がひしひしと伝わってきた。めんどくから適度な距離を保っている場面ではないのに。義高は身勝手さに閉口した。


 殺人犯が近くにいる状態でなぜ一人行動をするのか。信じ難かった。皆で協力して助け合う精神はないのか。社会的に高い地位を築いて来た人達にとって自分の考え方は甘いのだろうか。頑固なプライドがあってこそ勝ち組になれるのであれば、義高は負け組を選ぶと思った。死ななければきっと負け組でも生きていく道はある。殺人鬼から開放されなければどうしようもない。


 菅野が言っていた言葉を思い出した。

 

「殺人が起きたら絶対一人で行動をしない。これは誰であっても同じだ。犯人も、標的とされる人物も、事件に加わった関係者も単独行動は危険なんだ」


 協力し合うべき状態で仲間割れをしてしまえば犯人の思うつぼだと思った。もしかすると、けしかけた毛利剛か直哉が犯人なのかもしれない。共犯である可能性もある。こみ上げてくる憎悪があった。


 なぜ冷静でいられるのだ。

 

 大人のダンディズムを気取っているだけなのか。

 

 毛利家は異常なのではないか。


 人が死んでいるのにまだ遺産のことを考えているのか。


 自分の読心能力が働かない。頼むから働いてくれ。


 もしかすると、こいつら全員が犯人なのではないのか。


 決して考えられなくもない。


 犯人はここら辺一帯を所有しているのだ。敵地に足を踏み込んでいたのだ。ケンジという探偵が負傷し、女性陣にはケンジが死んだと虚言しているのだ。自分が目を話した隙に情報を展開し、次の策を練ってしまうかもしれない。相手は自分よりも人生経験があり、経済力を持っている。頭も働くだろう。若い連中が探偵のマネ事をしていると判断すると、舐めてかかってもお釣りが来ると考え、犯行は速度を増すだろう。完全に相手が有利になっていた。豪雨という天候が犯人の手助けをしているような気がした。時間と共に体力を削がれ、判断力を鈍らせ、逃げきる事も出来ない。


 もう、毛利家の面々とまともに対面出来なかった。悔しくて、でも誰にもぶつけることができなくて、義高は総堂院栄太郎の部屋に駆け込んでいた。それしかなかった。亜紀が後についてきたのも気が付かなかった。

202号室には誰もいなかった。少ない荷物が置いてあり、それを抜かせば人気がない。バスルームにもお手洗いにも総堂院栄太郎はいなかった。


「どういうことなんだ?」


「わからない」


「ここは確かに栄太郎さんの割り当てられた部屋だよね?」


「うん、間違い無いと思う」


 義高は走って一階の大浴場に行き、男用のお手洗いに行った。いくら探しても誰も存在しなかった。


「女用のお手洗いを見させてもらう。悪いんだけど、亜紀は入口で誰も入ってこないように見張っていてほしいんだ」


「言われなくても、誰もこないと思うんだけど」


「確かに」


 血の匂いがした。中に入っていくと、更に濃くなり、義高の鼻孔を打った。個室を順番に調べ、最後に残ったのは毛利薫の遺体がある場所だけだった。角部屋で、脇には換気窓がある。躊躇っている場合ではなかった。自分で疑いがあれば納得いくまで調べるのが探偵だ。

 

 個室のドアを開いた。首を失ってしまった胴体は便器に座ったまま固定されていた。衣服から露出している皮膚は色を失って蝋人形だと錯覚してしまう。流れ出た血液は凝固して黒ずんでいた。


「うっ……」


 言いながら、こみ上げてきた胃酸を堪えた。視覚的なものは我慢できたとしても、匂いはそうはいかなかった。換気扇だけではどうしようもない。気温はそれ程高くないのだが、湿度や近くにある森を考えると、虫がわくのは時間の問題だった。しかし、窓を閉め切っているのはつらかった義高は、手を掛けた。ガラガラという音を立てる。新鮮な空気が舞い込んできた。豪雨が室内にも侵入してくる。水浸しにならないよう、開き具合を加減した。


「あれ、これって」


 呟くと、擦りガラスに付着した跡があった。指でなぞってみた感触からすると、外から付けられたものだった。指紋というよりも、何かの汚れに見えた。豪雨が当たっても消えない跡だとすると、キズが付いているのかもしれない。


 束の間、亜紀を一人で待たせていたことに後悔したが、入口に佇んでいる姿を見て安堵した。


「ちょっと外に行かない?」


「かなりふっているけど」


 亜紀は雨音が聞こえてくる森の方向を見ながら言った。


「気分転換だと思えばさ」


 否定の色は無かった。殺人犯が平然としている屋敷内にいるよりも、悪天候の方がましだった。


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毛利家全体図を更新しました。
又、登場人物を追加しましたので、下記サイトを参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2003
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