13.城という密室
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総堂院栄太郎は、屋敷二階のバルコニーで妻の帰りを待ちながら夜空を見上げていると、急ブレーキの音、衝突の音をそれぞれ聞いた。目線を駐車スペースに移動させ、明らかに衝突している二台の車を目にした。次の瞬間、月にも勝る光源を目の当たりにした。爆音と共に炎上した景色を見て心臓が止まりそうになっていた。衝突前に一瞬みる事が出来たのは、爆発物の核となる物体が、明らかに自分のベンツであることだった。急いで非常階段から一階の庭園まで降り、入口から見た時は、見上げる程だった炎柱はもう外壁程度の高さから巨大な煙を放っていた。
門を開けると、停車していた三台分の車と、追突した車は爆発で大破していた。近くの外壁は黒こげになっていて、駐車スペースの外枠となっている壁が、かろうじで森に炎がうつならいようガードしていた。総堂院栄太郎は炎の暑さでそれ以上近付けず、呆然と立ち尽くした。次にケンジが現れ、最後にサラ子が現れると、消火活動をする暇もなく、火は大部分沈下していた。ひどくガソリン臭いと感じた総堂院栄太郎は、地面に付着し得ている液体で滑りそうになった。重い留まると、ケンジが鋭い視線で睨んだ。
「後で現場検証するから近寄るな」
爆発の衝撃で車のボディーを除くすべてが失われた。
「どういうことだ?」
毛利直哉は大声で言った。総堂院栄太郎が膝から地面に落ち、私の車が停車中の車にぶつかって爆発したことを話した。
「それでは私たちの車も大破したってことか……」
毛利直哉はジャガーに乗っていた。重厚な車体が見るも無残な姿になっていた。
「ここに居ない姉が乗っていたことになるのか?」
「ええ」
総堂院栄太郎は声が震えていた。
「なぜこの時間に外へ出て運転していたんですか? 買い物にでも?」
ケンジが震える肩を覆ってきた。
「わ、私が晩酌で焼酎が飲みたいから買いに行かせた。さ、幸子はアルコールを摂取していなかったから」
頭を垂れた金髪の探偵は、そっと手を離した。
「それにしても酷い……」
毛利剛は言った。ベンツの残骸を見ても、人が乗ったまま爆発したのかわからない。遺体がシートに同化しているか、飛び散っているのかもしれなかった。総堂院栄太郎は直視できなくなっていた。
「とりあえず警察を呼ぶんだ」
「わかりました」
毛利剛はサラ子に電話で知らせるよう指示した。サラ子はメーカに関係なく携帯は電波が届かないと承知しているのか、屋敷の中に入って行った。毛利静子は総堂院栄太郎の背中をさすりながら宥めた。他の女性陣はショックで手を口に当て声も出ないようだった。
「状態を見て頂ければご理解頂けると思いますが、総堂院幸子さんは助かりません。後ほど到着する警察が詳細な現場検証をすることになりますし、この場で立ちつくしていても気分は良くないでしょうから、一旦屋敷に戻りましょう」
ケンジが促すと、誰も否定しなかった。総堂院栄太郎は立っているのもやっとで、毛利直哉の肩に支えられてようやく移動した。皆には会話がなかった。客間のソファーに座ると、サラ子が来た。
*
「電話が使用できません!」
「なんだって?!」
毛利剛は裏返った声で叫んだ。
「私にもわからないんです。電話自体に電源も入っているようですし、ケーブルが遮断されている形跡もないんです。ただ、番号を押しても何も反応がなくて。今の屋敷には各階に一台しか電話が存在しません。すべて同じでした」
サラ子は使用人として毛利家の屋敷に勤めているため、電話の使い方を間違えるわけはなかった。
「私がもう一度試してみます。サラ子さんは皆さんにお飲物でも持ってきてください」
毛利静子が言うと、サラ子と同時に部屋を出て行った。
「電話が通じないって、どういう建物なんですの? 信じられませんわ。前にもこの様なことはあったんですの?」
ヒステリーに近い声で毛利薫が言った。
「あるわけないだろう。あったとしても、交通手段が断たれている今の状況じゃなければ、明日にでも近くの街に出れる」
毛利剛は怒っているようだった。
「おっしゃる通り交通手段が断たれています。車で一時間程度かかる山道を徒歩では到底行けませんからね」
「言われなくてもわかっている!」
激高した毛利剛はケンジに殴りかかりそうな勢いだった。ケンジは煙草に火を付けてお構いなしだった。亜紀とユキ子は携帯を持ってあちこち歩きまわっていたが無駄だった。毛利静子は落胆した表情で表れた。
「やはり電話は通じませんでした」
「なぜだ」
毛利直哉は頭を抱えた。誰もが予想していたことだけに、ここにいる半分の人しか毛利静子の方を見なかった。総堂院栄太郎は放心状態であった。コーヒーが一同に配られると、サラ子も席に着いた。
「先ほどの爆発音で近所の住民が警察に通報する確率は少ないでしょう。近くの街までは相当離れているのだし、この屋敷は高い森に囲まれている」
「あきらめるわけにはいきませんわ。誰か一人でも外に立って通り掛る車を待つべきよ」
「それはいい考えですが、少々皆さんの集まっている時間をください」
ケンジは探偵の顔になっていた。
「一端の探偵気取りか?」
「そう思っていらっしゃるのなら構いません」
「ふん」
毛利直哉も苛立っていた。あるいは話の中心になっているのが気に入らないだけかもしれない。一同の注目はケンジに集まった。
「俺は、総堂院幸子さんについては不慮の事故であると考えました。が、無理でした。皆さん現場を目撃されましたね?」
誰もが否定せずに続きを待った。
「それでは、山道から駐車スペースに掛けてのブレーキ痕は見ましたか?」
顔を見合わせるもの、腕を組む者様々なスタイルで記憶を呼び起こしていた。
「地面は何か湿っていたよケンジ。ブレーキ痕なんかあったの?」
亜紀が話に入ってきた。ユキ子も同意していた。
「私は直哉さんの言われる通り、探偵です。あの現場からすべてを導くことは専門ではありません」
毛利直哉は鼻で笑った。
「ですが、目を凝らせばブレーキ痕にタイヤのホイールが混じっていたことはわかります」
義高はそこまで詳細に見ていなかった。むしろ、焼け後にあったベンツのタイヤがすべてパンクしているのだけしか見ていなかったのだ。
「つまり何が言いたいのか教えてよ? ケンジ」
ユキ子は甘えた声で質問した。ケンジ他、場違いな言動に誰もかまってくれない態度を見ると、しょぼんとした。
「俺達の車に追突する直前、前輪の左タイヤが何かしらの原因でパンクして、ハンドル操作を誤り、地面に付着している液体で滑ったと考えられるでしょう?」
「地面に付着している液体とはガソリンだな」
毛利元也が言う。
「そうですね」
前輪の左タイヤがパンクしたと断定したのは、後輪のブレーキ痕がわずか後から始まっていたということだった。
「何かしらの原因って、もう一度現場に行ってみれば分かるのでは?」
毛利薫は当てもなく、あたりを見渡した。
「いや、それは後で警察に任せましょう。俺が言いたいのは、俺達が到着するまで、タイヤがパンクするようなものが山道になかったということです」
「私もすんなりと来たからな」
毛利剛が言うと、毛利直哉夫妻、総堂院栄太郎と続いて同意した。
「もうわかりますね?」
「誰かが意図的に仕掛けたと?」
「そういうことです」
「ちょっと待てくれ。幸子は、日ごろから運転はしているんだ。疲労して注意力が散漫であったと仮定しても、パンクの原因になりそうなものが山道にあれば」
言い切る前に言葉を失った総堂院栄太郎を慮った。
「気が付きますね。俺が話をしている限りでも、しっかりした様子の方でした。それに対しでは異論ありません。ですが、山道には明かりが少ない。屋敷からの光を便りにしても、山道への光は外壁が大部分を遮断しています。死角は作りだそうと思えば作れる」
死角を作り出すのが、意図的な行為あれば毛利家屋敷の住人が適任である、と思った。
「死角にパンクの要因となる物質を置いておけば良いということかな? なんだか馬鹿けている話だな。探偵と聞いたから少しは期待していたんだが、経験が浅いのではないかな」
毛利剛は余裕を取り戻していた。ソファに深く座り、シガーに火を付けた。
「話は終わっていませんよ」
ケンジは髪をかき上げた。
「俺たちの交通手段を事故と見せかけて遮断するという意図があれば、あまりにも杜撰な計画になります。しかし、そっちの線が濃いのです」
「当たり前だよ。調べればわかってしまう。偶然そういう結果になったとしか言いようがない」
「まだ決めつけるのは早いんですよ。こうも考えられます」
「例えば、遠隔操作で前輪のタイヤに爆発物を仕込んでおくとかですか?」
「やっとしゃべったようだな義高。そういうことだ」
又もや毛利剛は鼻で笑った。今度は毛利直哉も加わっていたので、義高はムッとした。
「推理より妄想みたいだな。それよりも証拠が先だろ探偵君」
「その通りです。ですが、考えてみてください。駐車スぺース前で猛スピードを出すとは思えません。それを抜きにしても、熱い鉄で覆われたベンツがスリップして衝突したとしても、三台分の車を吹き飛ばす程の爆発が起こると思いますか?」
ケンジの意見を否定する人間はいなかった。総堂院栄太郎は爆発前にバルコニーで寛いでいたらしいが、衝突後、直には爆発しなかったという。但し、ケンジは衝突と爆発の時間にディレイがあった事実についてはどうでも良いようだった。
「停車中の車に仕掛けがあったとしか考えられません。衝撃で引火する爆弾のようなものが。いや、訂正します。離れた場所から爆発物を引火させる装置がある」
確かに爆発物に特化した計画であれば、犯人が存在していて、その分野に知識があり使い慣れているかもしれない。
「そして電話回線の遮断です。これは交通手段を絶つ前からの計画と考えられる。つまりはこの中に犯人がいる可能性が極めて高い」
「本気で言っているのか?」
毛利直哉は油汗をかいていた。
空気が張り詰めた。電話回線が遮断されていることがわかってから、誰もが考えたことをケンジが口出したに過ぎなかった。夕食時のアルコールを引っ張っている人はいなかった。近くにいる誰かが犯人で、犠牲者も出てしまっていた。義高は手が震えていた。
「毛利元也さんの遺書の内容しかりです。しかし、こう言った形で争うような思いはではなかったと思います。皆で話し合って、時間を掛けて相応しい人を決めてくれと言いたかったのだと思います」
「わかっている!」
ケンジは毛利剛を無視した。
「これほど手の込んだ計画です。犯人がここで私でしたと自白してくれるとは思っていません。しかし、出来れば言って頂きたい」
毛利家の面々は遺産相続の関係者として疑いがあり、それに苛立っていた。遺産相続の可能性を持った総堂院幸子が殺害されたのだ。当然だった。
「妻を狙った犯行というのならば、私は白状してくれれば変な行動はしない。もちろん、恨むことになるが、正直になってくれ」
総堂院栄太郎は泣きそうだった。六十を迎えた男が泣いている場面を義高は実際見た経験がなかった。それ程異常な状況だった。誰も言葉を発しなかった。五分という無言の時間が三十分位に思えた。
「ここで自白を待っていても無理なんだよ。それよりも証拠を調査すべきだ」
毛利剛は拘っていた。ケンジは否定しなかった。爆発の起きた十時前後のアリバイを一人一人聞いて回った。一人部屋に居た毛利剛、毛利静子、サラ子、ケンジ、大浴場で義高と会話した後、バルコニーにいた総堂院栄太郎は自分で自分を証言するしかなかった。義高も含まれていた。ユキ子と亜紀、毛利直哉と薫は一緒にいてお互いのアリバイに食い違いなかった。どれも本当のことであり、虚言を吐いているだけのようにも聞こえた。
これ以上は発展せず、グループを組んでの証拠調査となった。お手洗い以外は絶対に一人で動かぬよう約束すると、毛利剛、静子、ユキ子と亜紀、は電話回線の調査を、ケンジ、総堂院栄太郎、義高、サラ子は屋敷の見回りを、最初に言い出した毛利薫と付添で毛利直哉は外で車が来るのを待った。
義高達は二階の客間をすべて調べ終えた。女性の部屋を探り出すのは気持のよいことではなかったし、サラ子が主で行った。総堂院栄太郎は妻の部屋の捜索だけは億していたが、ケンジの容赦ない調査を見てどうでも良くなっていた。万一の可能性として遺書があるかと思っていたが、バックの荷物の大半はベンツと一緒に持ちだされていたし、特に発見はなかった。時刻は十一時三十分、二階から探し始めて一時間が経過した。
「三階に行きましょう」
「毛利元也さんの部屋もあるが、私たちだけで調査して問題ないのかね?」
「心配している場合でもありませんよ。全体として虚言があれば、元也さんが本当は健在であり、犯人の可能性だって疑うべきです」
「まさか」
「五パーセントの可能性です。疑っても損しませんよ」
義高はふと自分の読心能力について思い出した。総堂院栄太郎は遺産相続の意志がないことに対し、虚言を吐いていた。が、毛利家の人々は毛利元也の寝たきり状態については特に嘘を言っているようには思えなかった。もちろん主観であり、ケンジの言う疑いも忘れないようにした。
酷く重たく感じた身体で階段を上って行くと、サラ子の部屋を探し、客室(302号室)を探し終えた。バルコニーへ続く窓がない分、かなり重苦しい部屋に思えた。
爆弾のようなものも、殺人に使うようなものも見つからなかった。書斎に入った。入口のドア側の壁を除き、すべて本棚とびっしりの本で埋め尽くされていた。古書店でしか手に入らないような中井英夫や江戸川乱歩、エラリークイーン等の推理小説があり、戦中記、不動産のノウハウ本、拷問全集等発売当時に発禁本になるようなものまで多岐に渡っていた。すべての本を出して棚の隅々まで調べ上げる必要があるとは思うが、それは後の作業として部屋を出た。毛利剛の部屋、毛利静子の部屋を探し終えた。時間は十二時二十分を指していた。
毛利元也の部屋のドアノブに手を掛けた。鍵がかかっていた。そして下方から女性の悲鳴が聞こえた。




