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城の王  作者: 京理義高
10/39

10.部屋区分


  *


 人数分の紅茶が配られた。様々な種類の洋菓子をガラスの容器に格納したものが追加された。


「失礼でなければ、今後の参考として社長になられた年齢を教えてもらえませんか?」


ケンジが言った。応じたのは毛利直哉だった。


「うむ、なったのは五年前になるな。前社長が早々に退任したから運が良かった。正直な話、古い社風を革新したいと考えていた。そしてそれも適った」


「必要な能力は何であると考えていますか?」


 顎に手を置き、頭を傾けた。


「斬新なアイデア提案、プレゼンテーション能力、判断力、そして有言実行があれば、努力と考えなくても大抵の人は重役になれる。元々仕事が好きだからね」


 亜紀とユキ子は目を輝かせながら聞いていた。おねだり事前計画のための演技ではないことを祈った。


「参考になりました」


 話足りない様子でもあった。クッキーに手を伸ばし、顎の筋肉が躍動する。


「社長という立場は大変なんだろ?」毛利剛が言った。


「大変だとは考えていない。私の考えているのは、置かれている立場を利用してスポイルしないよう心掛けているだけだ。君臨してしまえば、若い可能性を台無しにしてしまうからな。或る種、そんなこともお構いなしに勢いのある部下を期待しつつあるものの、今の社会制度であればとても難しい。そういった意味では、むしろ大変なのは部下の方になるな。現実的に見て私の会社か年末にかけ、大幅な人件費削減は否めないだろう」


 毛利直哉は言ってしまうと、明るい表情が曇った。義高は君臨という二文字が引っ掛かった。歴史上の書物でしか効かない言葉、読心能力とは違う、得体の知れないものだった。


「景気悪化は絶たないと見込んでいる。我が社は一千人規模の中小企業だが、三、四割の非正規社員を年末までに解雇する予定になっている。今の会社は過去の遺産で存続しているようなものだ」


「すいぶんとシビアなんですね。社内機密としては我々に教えても問題ありませんか?」


「秘密厳守できるパートナーだと信頼しているから大丈夫だ」


「光栄です」


 ケンジが言うと、総堂院栄太郎もそれだけ世の中不景気なんだと言った。


「その数に留まればいいようなものだよ。来年は景気が持ち返す見込みもないんだ。もちろん、明日のことなどわからないのが一般論ではあるものの、私の経験測からすれば今までにない状況になっている。物は売れなくなり、開発製品に投入する金額が減っていく。それは現状の製品を改善する技術も減退させて、会社のブランドまでも損ねてしまう可能性がある。だがしかしブランドは損ねられない。借金で賄うしかないんだ。例え景気が良くなっても、しばらくの間は借金返済に追われてしまう」


「解雇された社員の方はどうなるのでしょう?」


 亜紀は問うた。思わぬ質問を受けたのか、毛利直哉は両手を組み、考え込んでいた。


「残念ながら、社員に給料を与える力がなくなるから解雇するんだ。冷たい言い方になると思うが、解雇後の人々を援助する力なんてないんだよ。但し、立場上暗い話ばかりをするわけにもいかないんだ。正社員だって淘汰された非正規社員の状況を見て、今まで以上に労働するようになるだろうし、悪いことばかりでもない」


 未来の自分はどうなるのか見当も付かなかった。そろそろ進路について真剣に考えても早くない時期に差し掛かっていた。自分が正社員になれるスキルを持ち合わせている自信がなかった。


「立ち場で言えば、総堂院さんも苦労されているのではないかな?」


「そうですな。ヒロイックな判断を心掛けているつもりではいる。私自身が若い頃に感じていたように、頼りないと思われてはついてきてはくれませんからな。いつも明るい態度で接している。それにしても、今の若者は住みにくい社会になると思う。所得が減り、かつ今年で定年を迎えた私のような年寄に援助する制度にもなってきている。働き口があれば、将来定年制度もなくなるのではないかと見込んではいるね」


 総堂院栄太郎は言った。


「厳しいですね」


「飲食業も経営難になってきているんだよ。外で食事をとらない人は増える一方になっている。まあ、金が回らない状況はすべてに影響しているということですな。食品の安全性も強化されていくので、素材の仕入れ値においても下がりはしない」


「海外の通貨が安くなれば、楽になるのではありませんか?」


「わが社は国産が売りだからね。そう簡単にはいかない」


 義高は深刻な状況なのに、なぜ高価な宝石類を身に付いていられるのかが不思議だった。元々景気の良かった時期に買い込んで、そのままみ身に付いているのだと自分だけ納得した。あるいは見栄なのかもしれない。不景気でも本質は変わらないのであればしょうがない。


「それでしたら、なおさら皆さんは毛利元也さんの遺産は欲しがるというものですね」


 ケンジが言ってしまうと、毛利剛以外の顔色が変わった。義高は空気を読んでくれと節実に思っていた。毛利剛だけは薄ら笑いをしていた。こうなることは想定の範囲内であったのかもしれない。


「失礼ではないか。私達は現状を話しているだけなんだぞ。何も遺産を取るために集まったのではない」


 毛利直哉はこめかみに血管を浮かび上がらせた。


「すいません。そうではないかと思っただけだったのですが、口のきき方を間違えてしまいました」


 抑揚がなく、ケンジは本当に謝っている様子ではなかった。女性陣は落ち着いていた。


「確かに、皆を呼んだ趣旨は遺産の話であると言ってなかったな。でも、そこまで敏感に反応すると、素人でもあなた達が遺産を狙っていると疑うだろうが」


 毛利剛は笑いを堪えて言った。毛利静子の言うように、争いは起こる予感がした。大人な態度を示す両者は何も言い返さなかった。


「察しの通り、本日集まってもらったのは、遺産について話合うためになる。但しその話については夕食後にすべきだと思う。異論はないね?」


 毛利家の人々は頷いた。次の話題に入ると、怒りは何事もなく収まった。エリートはプライドも高いという認識から、相当な激論を展開すると予想していただけに、義高はあっけないとさえ思ってしまった。理由がビジネスマンとしてのマナーなのか、遺産への執着を露わにしないためなのかまではわからなかった。


 夕食の用意は六時に出来ると言い、一同は部屋に案内された。客間から廊下を経だてた向かいに元事務所があったプレールーム、ここではビリヤードやダーツ、卓球が出来る。奥に進むと食堂がある。入口から見て左手側(客間の奥)に脱衣所があり、大浴場がある。さらに奥の廊下を左手側に進むと、男女別のお手洗いがある。


 二階の客室は一部屋で五人家族が使用しても問題ないぐらいの広さだった。一階のものと比較すると大分小さいものの、トイレもバスルームも完備されている。現在は宿泊施設としていない為、二つのベッドが置かれていた。テーブルにソファにクローゼット、何故かテレビがなかった。誰も異論はないと言った感じだ。入口から見て一番奥にバルコニーへ通じる窓、各部屋のバルコニーには、非常時に備えて破ることが出来る仕切りがあった。部屋割は人数も限られているので贅沢だった。


201号室:亜紀、ユキ子


202号室:総堂院栄太郎


203号室:総堂院幸子


205号室:毛利直哉、薫


206号室:ケンジ


207号室:京理義高


203号室、208号室:空き部屋


 聞いた情報では、三階の館主である毛利元也、剛、静子それぞれの部屋は客室をさらに広くしたものだった。各部屋の構造は変わらないが、バルコニーだけはない。


 階段から見て最初の右手側の部屋が301号室でサラ子、次が書斎、角部屋が毛利静子、

 

 階段から見て最初の左手側の部屋が302号室で空き部屋、次が毛利剛、角部屋が毛利元也それぞれの部屋だった。


 二階はバルコニー、三階には奥の廊下にそれぞれ非常口があることを説明してもらい、義高は部屋でソファに座っていた。眉間に親指を当てがい、読心能力が開花した場面を思い出した。人生の岐路になっていたので、思いだすのは容易だった。疑惑が渦巻いている状況である。信用しているのであれば生じない。そこまで模索し、部屋の内装を見て回り、たばこに火を付けるとドアをノックする音が聞こえた。空いていますと言うとユキ子、亜紀が入ってきた。


「お邪魔します。やっぱうちらの部屋と同じなんだね?」


 ユキ子は亜紀に問うた。ドアが閉まると、亜紀はため息をついた。


「本当だ」


 二人はソファに座った。話を聞いている限り、ケンジから相手にされなかったからここに来たのだという。義高は話相手がほしかったので、さして気にしなかった。


「それにしても、ここの家族は仲悪そうだよね」ユキ子は言った。


「何かね〜遺産が誰かにわたってしまえば、余計悪くなりそう」


「分けてしまえばいいのにね」


 亜紀は天を仰いだ。遠くの方でかすかな物音が聞こえて来た。若しくは上の階からなのかもしれない。気にするような音ではなかった。


「うん、私なんか、ママとかおねえとも良く買い物行くし、チョー仲いいから分からないな」


「私もママさんとは仲いいよ。弟はかわいいって思うし」 


 義高は亜紀とユキ子の兄弟を始めて知った。とても新鮮であり、仲が良いというのは、自分としては好感が持てた。兄弟とはどういうものなのだろうかと考えた。一人っ子としては、他人の兄弟話を聞いても実感がわかないのだ。例えば兄ちゃんがいつも聞いていた音楽は良く思い出に残っているだとか、妹と男の好みが正反対といった類の話は漠然と羨ましいなとは思ったこともあった。それでも一人に慣れてしまうと、兄弟間で比較もされないし、要は楽だった。


「最近ね、弟が彼女を連れて来たんだ。何気にかわいかったんだけど、私を見ると警戒しちゃってさ」


「亜紀やばくない? なんとかコンプレックスだよ。取られたくないんでしょ?」


 亜紀はそんなことないよと腰を浮かした瞬間、スカートから下着が見えそうだった。義高は見たいけれども、視線を外した。雑念を取り払う方法があれば教えてほしかった。自分は邪なことを考えるのではなく、毛利家に依頼されてきているのだと、自分の気持ちに言い聞かせた。


「父親が寝たきりって、ぶっちゃけあまり気分良くないよね?」


 ユキ子は亜紀だけではなく、義高にも聞いていた。自分はいないような存在になっている気がしたので、一瞬別のことを考え、聞き逃すところだった。死を目前に控えた人が身近に存在することは確かに普通では考えられない状況だった。この屋敷事態がそれに対応している設備が整っているのかも疑問だった。いったいどうすれば延命に繋がるのか、義高は考えても答えは出なかった。


「なんて言えばいいのかな。とても僕が考える範疇ではあらわせられないところではあるんだけど、特殊な絆で結ばれている気はするんだよね」


「特殊な絆ってどういうこと?」


 ユキ子は不可解になっているようだった。


「なんて言えばいいのかな。一日でも長生きしてほしい気持ちというかさ」


 義高は納得していない二人に補足した。


「最後の親孝行をしようとしていると思う。そう思いたい」


「大切な父だものね。そう考えれば自然だよ」


 亜紀は言った。


「思いたいってことは、別の何かを考えているの?」


「ああ」


 どうしても聞かれるまで答えたくはなかった。場の空気を大切にしたかった。但しここでは答えを求められているのだ。亜紀とユキ子の視線は義高に釘付けだった。覚悟を決めた。


「最悪、毛利剛は父親を手元に置いて、自分の欲望で生かそうとしている。手段があるから僕たちに依頼して来たんだと思う。ケンジさんはとっくに気が付いていて、口に出さないだけかもしれない。遺産が手に入ってしまえば、要済みだと考えているのかもしれない」


「まさか」


 誰もが否定できなかった。義高の意見が自然のような気がしたからだった。口に出してしまえば信じたくない事実が本当のこととなるかもしれない。人生経験のない若者グループから見ても家族関係に愛はない。


「ごめん。何か縁起でもないことを言っちゃったみたいだね。でも介護を何十年て続けるのは愛がないとできないと思うよ」


「そうよね。恋愛でもお金では解決できないからね。私は親孝行を押すな」


 亜紀は辛うじて良い意見を押した。


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毛利家全体図を更新しました。
又、登場人物を追加しましたので、下記サイトを参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2003
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