1.承前
1
油ぎっていて、生気に満ちた中年の男が血税の使い道について演説していた。
不景気を強調し、連発する。
どうやって再生していくのかを、拳を交えて説明する。
一語一句が耳を不快にさせる。
横浜駅のロータリーでのことだった。高校生まで憧れだった駅周辺は人であふれ返っている。授業が終わると度々訪れるこの場所ではあるが、珍しく早起きした登校前だった。今では見飽きた風景となってしまっていた。変化としては、キャッチセールスが居なくなり、店のマイナーチェンジ位だった。ひしめき合う店舗に確たる思い出はなく、マイクからの血税演説を除き、鮮烈された街並は京理義高にとっては落ち着く場所なのだ。
エスカレーターを昇って行き、タワーレコードの視聴コーナーで新譜を聞いた。接している探偵事務所の影響によって、限定されたジャンルの音楽を良く聞くようになった。何度も聞いて、次を求めていくと、多くの種類に見えた音達も、義高の好みの音はそれ程多くない。それでも音楽に乗っていれば、社会の暗いニュースもさりげなく軽いものに置き換えられた。犯罪も政治家の不祥事も、食物の不衛生も、社会の不況も、他人ごとだった。
すべては自分だけ幸せであれば関係ない。と思える程、義高は楽観的かつ高慢ではなれなかったけれども、再復刻盤のCDが回転し、イヤホンの奥から聞こえてくる音楽で、かすかなリズムを足で刻んでいた。パワーのあるドラムのリズムと、胸にまで響くベースの重低音、空間を自在に操るギターのサウンド、メロディアスなボーカルの歌声。最少公倍数のピースが心を捉え、個々の世界を変える力があると信じ切れる。一曲の限りなく短い時間での集約を、珍しく大事にしていた。
*
大学は新学期を迎えた。
校庭は伸びていた芝生を刈りこむことで一新していて、イメージチェンジをモットーに髪型と服装を変えた男友達は、生まれ変わったように輝いていた。知りあいの女生徒は、まるで年上の男に恋をしたように大人になっていた。
長い夏休みは、過ぎてしまえばあまりにも短い。晴天の下で、炎天下も忘れている学生達は夏の経験でお互いを確認し、最もアバンギャルドな話と、面白い話にくぎ付けとなっていた。
会話のサークルを通り過ぎ、クーラーの効いた講堂に腰を下ろす。初老の電気工学教授は、出席も取らずにマイぺースで講義を開始する。開口一番でのとある公式の復習は、浮かれいる学生を心底落としめた。
すべての講習を受け終え、あてもなく行き着いたドトールコーヒーで道行く人々を眺めていた。
数か月前、大学の同級生、昇が自殺したと見せかけ、実際他殺であった事件を思い返していた。凶悪犯による連鎖事件まで発生した。
義高は人を死に追いやってしまう犯人は、加害者をどんな動機で殺人を行ったとしても死刑にしてしまえばいいと思っていた。罪と罰、目には目をのような原始的な規則で、自分がした過ちを一〇〇パーセント自分に返せばいい。何年何十年刑務所に入っていたところで殺人を犯す人物が完全に更生するわけがない。むしろ、殺人を行う人間なんて働いてお金を稼ぐよりも、刑務所で日々を過ごし、時間になればご飯が自動的に出てくる生活を快適とし、刑務所を出てからもまた過ちを犯し、刑務所に戻る。いつまでも被害者がたえない。
そのような人間はすぐにこの世から抹殺すべきだ。
それによってこれから犯罪をおかす人物も自然に心を改めるだろう。
なぜにそれが出来ないのか。そう考えていた。
自分から依頼した昇の調査は、事実解決不可能だと塞ぎ込んでいた矢先、凶悪犯二名を逮捕に追い込んだケンジは、尊敬に値する存在であり、人格に多少の問題があるものの、人間としてはとても大きな存在だ。
なのに、探偵事務所はあきらかに経営難だった。ケンジ自身、贅沢三昧のように見えて、真逆の生活をしていたりする。一日一食がスタンダードであり、お酒も飲まなければ、ギヤンブルもしない。新たに車やギター等を購入するわけでもない。事件解決の報酬額を見て、以前から亜紀は給料の心配をしている。