ああ無情、古城ろっくの最期。
台風によって壊れた風車の羽のように、危険な様相で魔王に迫るかなみ。その姿は、巨大なハンドスピナー。そして、かなみを迎え撃つために、千切れた触手を再生し始めるも間に合わない魔王……その8本の触手は、あっという間に根本から全て切り落とされ、デーモンマートの駐車場にごろごろと転がり、のたくっていた。銀色の体液が、ビュービューと音を立てながら辺りを汚す。その原油のような臭気に、かなみの回転が止まった。
「やだ臭い、お風呂入りたい……そうだ」
かなみは、マーメイドのオブジェが付いた香水瓶を胸元から取り出し、シュッと髪に吹きかけた。
「リフレッシュできるわー、ANNA SUIのFANTASIA MERMAID」
満足そうに微笑み、そして再び、回転し始める。……香水と原油の不協和音。かなみの回転は、再び止まった。
「ねえ、裕子さん。あなた、久々に昔の彼と会ったっていうのに、もうちょっと気を遣えないの? それとも、昔の男なんか、どうでもいいの?」
かなみの質問に対し
「木場さんとは、一線を越えた事は無いのよ、一度も。……信じないんでしょ。だけど、本当なの。あの日だって、そう。潰れたのを、回復する(なめる)だけ。いつだって……私、我慢出来なくて……あの日、木場さんとの約束、すっぽかしたの。そして……」
かなみは、耳を塞いで叫んだ。
「言わないで! 裕子さん、あの子供の父親が誰かなんて、聞きたくない!」
「いいえ言わせて。あの子は、坂田さんの子なのよ」
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「木場さん、ごめんなさい。だけど、あなたも悪いの。いくじなし……私の事、本当に好きだったの?」
「好きだった! 誰よりも! もしかしたら、自分よりも好きだった!」
「だったらどうして」
「好きすぎて!」
「……いくじなし」
魔王は、流れる血によってその力を失い、ぐにゃりと倒れ……その体を、抱きとめるかなみ。
「それにしても、何で私、女になっちゃったんだろう」
かなみは、静かに泣いた。そして、思い出したようにそっと呟いた。
「舐められたくて、潰したからかなあ」
魔王は、朦朧とした表情で
「しょうがない人ね」
そう言い終わるや、眠るように、目を閉じた。
「裕子……? ゆうき……? ねえ、起きて……ねえ」
魔王は答えない。そしてその体は、ただの配達員「古田ゆうき」だった。ゆうきになぜ、裕子の心が乗り移っていたのか、そして裕子の子供は今どうしているのか。あらゆる疑問がかなみの脳裏を巡り、そして……かなみは、ゆうきの亡骸を抱きながら、空へと昇って行った。その姿は、一角獣。いわゆる流行の「夢かわいい」キャラだ。そう、かなみさんは、可愛いものが大好きなのだ……
「何か、すげーどうでもいい最期だったな」
神谷ネコ丸が、きの子と孝子を両腕に抱きかかえながら、ショートホープの煙を吐き出した。
「ピンクドンペリって、ネコさんのお店で飲んだら、おいくら万円なのさ」
「きの子さん、5万円だよ」
「高いわね」
「きの子さん、そんなもんだよ」
「孝子さん、そんなもんかね」
「サービスしますよ、お二人さん」
「行くべ」
「行くべ」
こうして、神谷ネコ丸は新たな顧客を獲得し、街には再び平安が取り戻されたのであった。




