ステップ・ステップ・ステップ
潰れたタマを蘇生させる技の詳細に関しては、木場兇太郎氏作「新世紀ハンドスピナー伝説~シャイニングスピナー☆エイジ~」内のエピソード「失われたキン〇マを救え!!」をお読みください。
若干卑猥な表現がありますので、清純かつ純潔なる乙女ならびに乙男は、ご注意を。
「ねえ木場さん。いい加減にしてくれない?」
侮蔑の視線を木場に向け、きの子はレジカウンター前のおでん台にアルコールスプレーを吹きかけて、ペーパータオルで拭きあげた。木場は、きの子を横目で見ながらも、その行為をやめない。
ぱく、ほぐほぐほぐほぐ、もふっ、もふっ、ぐにゅぐにゅぐにゅ。木場は、デーモンマートに16時に出勤してから約20分の間、そうして大きな豆大福を二つ、食んでいた。いや、大福を一切傷つけずに、中の餡を回転させていたのだ。来客に対応しながら。
「木場さん、社長が今ここに来たら、あんた直ちにクビだよ。43でいきなり失業はしんどいよ。そうそう、木場さんが大好きな、熟女にもモテなくなるよ、女は年取ると超絶シビアになるから。そういえば私の2番目の旦那がヒモだったんだけどね。最悪だよ、暇な男は。私が仕事に出る時間帯になるとさ、決まって電話かけてくんの。食べてない、とかさ。他の人と会ってたらさ、電話かけてきて怒るのよ。「僕といても楽しくないの?」って。楽しいわけないじゃん、しんどいわ。もうさ、暇な男って、ろくでもないよね。ねえ木場さん、聞いてる?」
「……」
木場は、大福の片方を天井高くまで放り上げた。
「あ! 何てことを!」
きの子が、叫ぶ。そして――縦一閃の煌めき――空中の大福が、真ん中で少しズレる。木場の手のひらに着地した大福は、さっくり真っ二つに割れた。中のあんが、生地から離れ真ん丸に固まっていた。同じ行為を、もう一つの大福に試みる木場。果たしてあんは、楕円に固まっていた。
「やはりだめか。潰れたタマを蘇生させる技…… ゆうきはなぜ、どこで、どのようにあの技を……もしや、師匠の息子? いや、だとしたら……そんな馬鹿な! そんな事があってたまるか! そんな……」
ロダン「考える人」のような姿勢でぶつぶつ言う木場に、常連客の理容師「孝子」が声をかけた。
「木場ちゃん、いいのあるよ」
孝子は、腕に下げたFEILERのバッグから、注射器セットを取り出した。
「孝子さん、え、何してんですか、やめてください」
「きの子さん、あんた何か勘違いしてないかい? これはね、毛生え薬なのよ。頭皮に直接刺すのよ。痛いけど気持ちいわよあんた、うふふ」
「うふふじゃなくて。木場さん、確かにてっぺんがステップ気候っぽいけどさ。山火事ではないよ、まだ」
「あのね、きの子さん。あたしゃ、理容師歴55年だよ。お客さんの悩みに、寄り添ってきたんだよ。亡き夫が残した研究を引き継いで40年。ついに出来たんだよ、昨日やってた、歌声喫茶のカラオケ大会の後に。木場ちゃんは、いい被検体になりそうなんだよ、ほら、ご覧よ木場ちゃんの頭のてっぺんを」
「薄いです。禿げてます」
「薄いんだよ、でもね、禿げじゃないんだよ、細いんだよ。よく見たら、びっしり生えてんのよ、わかる?」
「薄いのは、禿げじゃないんですか」
「あたしは、禿げじゃないと思うね」
「私には、禿げにしか見えません」
「細いんだよ」
「そんなもんかなあ」
「そうよ」
孝子ときの子は、男のすすり泣く声に驚き、そっと木場を見た。木場は、勢いよく孝子の手から注射器セットをひったくると、店を飛び出した。
「あーあ、私らがあんまりにも禿げ禿げいうからさ、木場さん泣いちゃったよ。私、初めて彼の頭髪の事話したかも」
「いいんだよ、明日にはフサフサだよ」
「だといいんですけどねー」
孝子はお詫びにと、木場が脱ぎ捨てて行ったユニフォームを着て、きの子と一緒に店に立つのだった。するとどうだろう、他の常連客が、勘違いをし始めた。
「孝ちゃん、何だよ。再婚したのかよ、木場って奴と」
「そうよ~、朝倉さん。ごめんなさいね」
「おたかさん、どうしたのさ。木場さんにハマったのかい」
「うんうん、姥桜の狂い咲きだわね」
「おおいやだ、何てことだい」
(木場さん、明日何言われるんだろう、怖いなあ)
きの子が、大きなため息をついた。
その頃……ゆうきは、戦いに備えていた。ハンドスピナーの継承者を決める、決戦のために。




