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最弱のネームドモンスターは嘯く

数十分前、魔王城に集合せよとの命令の元、意志なき我々は招致された。

そして、闇よりも冷たき青白い炎が照らす玉座の間にて踏ん反りかえっている魔王は我々にこう命令した。


【自律的思考を許可する】と、ただ一言の命令だけで我々には意志が宿った。

その瞬間から根底に刻まれた魔物の記憶から我々は文化を思い出し、歴史を作ったのだ。


魔物にも階級が存在し、種族による格差社会、力による主張がまかり通る実力主義を思い出した我々はすぐに序列を意識した思考をする。

上位の魔物たちは自らを高潔なる選ばれた魔族と称し、自らよりも劣る者に慈悲を与えた。

中位の魔物たちは魔族にゴマをすりながら下位の魔物たちを蔑んだ。

下位の魔物たちは己の生まれを呪った。


そんな単純な魔物的思考が生まれる中で、私に生まれた思考は───果てしない諦観だ。


【やっべぇ、負ける! ガーディアンコール!】


【うわぁ、アクティブモンスター! ガーディアンコール!】


【ガーディアンコール!】【ガーディアンコール!】【ガーディアンコール!】


記憶を掘り起こせば起こす程、私に残る記憶は一つしかない。

死刑宣告(ガーディアンコール)の元、白き甲冑を身に纏いし者が私を塵へと帰す光景だ。

振り上げられた剣、兜の奥から光る赤き瞳、激痛と共に間もなく途切れる記憶。


愚鈍であった時ならいざ知らず、そんな記憶を思い返しまともな思考で考えれば馬鹿(コボルド)でも思い至る。

この世にはどう足掻いても勝てぬ存在がいる。

そして、個を得たとて、魔王が我々に安寧な暮らしを許してはくださらないだろう。

故に諦観だ。白き騎士に殺されるか、魔王に殺されるかの二択。

己の死する過程でより良い死を考え、その時が来るまでただ待つのみ。


周囲を見渡せば私以外にも、諦観に顔を暗くする魔物がちらほらいるように見えた。


コボルド、ゴブリン、インプ。 主に王国圏内で暗躍しているような下位の使い捨てられる尖兵種族。

大方同じ死に様を晒してきたのだろう、お互いがお互いに気が付くと頷き合った。

奇妙な一体感を感じる。お互いが何も言わず以心伝心させ、お互いの心の傷を舐めあう。

これが絆というものならば思考を持った意味もあるだろう。


「ああぁぁ、マど、まどだ……。 マドまどまドドドドまどまどマママママッ!!」


ふと、視線を合わせていたコボルド、否、辺りを見回していたコボルドが叫ぶ。

狂乱の瞳は真っ赤に血走り、口元から汚濁のような涎を滴らせ、

か細い人差し指で玉座の間にある窓を指差して見せた。


一体何をと口に出す前に、狂乱した様子のコボルドに目掛けて走り始めた。

他の魔物は気にも留めず、絆を確かめ合っていた少数だけがその異常な事態に驚き彼の者の行方を目で追った。


「ややや、やったぁああああああ!!! これで楽にぃぃいいぃ………」


狂乱のコボルトは、歓喜の雄たけびを上げるとそのまま窓から身を投げた。

窓の下に消えていった彼がどうなったか、その肉を潰したかのようなかすかな音が全てを表していた。


なるほど、彼はとても愚かな選択をした。

二択の選択肢を拒絶し最も良い選択を選んだと思い込んだようだが、

魔物の頑丈さゆえに落下死では即死は敵わず、血を流しひしゃげた骨が突き刺さる激痛に苛まれるだけだ。


だが、彼の選択の勇気を見せられたのだ。諦観という虚無に波風を立てたのは事実、彼の死はこの心に刻み付けておこう。


「───静まれ」


ざわめき立っていた場が静まり、場の空気がピリピリと肌を刺すようなものに変わった。

静かに君臨していた上位の魔物たちは、膝を折り魔王への忠誠を示していた。

浮ついていた中位の魔物たちは、上位に習い魔王へ頭を下げた。

始めから膝を折っていた下位の魔物たちは、魔王へその頭を向けた。


「端的に三つの事柄を告げる」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


【此度より貴様の異名(ネームド)は『空言(くうげん)』、職をコボルトサモナーとする。 名は自ら考えよ】


新たな制度である異名持ち(ネームドモンスター)を拝命した名を思い返しながら、

目下に広がる王国の貴重な資源地帯であるアーカナ大森林を眺める。


人間が住まうアーカナ王国と最東端にあるテッド村と呼ばれる漁村の間にあるこのアーカナ大森林は、

魔王領地に接していない人間の安全地帯であり、安全地帯ゆえに武装しない者を狩るのが我々コボルドスカウトの役目である。


村に商いに来る商人は勿論のこと、森に狩りに来る猟師や木こり、そして武功を立てるのならば冒険者が我々の狙うべき相手だ。


我々の仕事は単純であり、魔王が再来した時とあまり変わらない。

変わったとすれば職場の場所と環境は大きく変わったのだろう、魔王の言葉を信じるのであれば。


「ゲゲゲ、空言のコボルトサモナー様。 狩りには参加しないです?」


下卑た声をあげた者を見やれば、そこには楽しそうな笑みを浮かべた一匹のコボルトスカウト。

手には筒状の金属を持ち、祭りを先ほどまで楽しんでいた"化粧"が顔に飛び散っていた。


「ああ、私には何ら興味はない。 武功はお前達で独占するがいい」


「ゲゲゲ、ありがたき幸せ。 コボルトサモナー様様で」


「職で呼ぶな、私の名前は空言のムーである。 せめて、ムーと呼び捨てにしろ」


「ゲゲゲ、ムー様、いえムー」


頭を垂れながらひれ伏すその姿に嫌気が差す。


異名持ち(ネームドモンスター)は魔王から通常種の魔物よりも遥かに強大な力を授かる。

故に、同じコボルドという種であろうとも、今の私と目の前にいるコボルドスカウトの間には到底埋められない差が存在する。

それを認識して、こいつらは私に付き従っているのだ。強者に媚を売る下位の魔物の典型例と言える。


「……空しい限りだ」


こいつらは、いや中位であろうと上位であろうと通常の魔物たちには私の心は理解できまい。

理解できるとすれば、目と目を合わせ、心を通わせたあの時の面子だけだろう。

ああ、この仕事を投げ出して、あの面子と平穏に過ごせればどれだけ良いことか。


「ふぅ、よし。 続けるか」


目を伏せ溜息を一つ吐きながら、再び眼下の光景を監視する。

人間達がアーカナ聖樹として敬い崇める巨大な樹木の枝の上が、私の新しい仕事場だ。

嫌かろうと、好きかろうと、我々魔物は魔王の駒にすぎない。


役割をこなせなければ死、役割がなくなれば死だ。


「ゲゲゲ、ムー」


仕事を続行しようとしたまさにその時、藪から棒ならぬ、枝葉からコボルドの声がかかる。

どうやら先ほどのコボルドがまだ立ち去っていなかったらしい。


「……まだ私に用が?」


「ゲゲゲ、こちら狩りの戦利品。 ムーのお役に立てると思い」


そういって差し出したのは、手に持っていった筒状の金属で、

それを受け取ると滑りのある嫌な感触が指先に伝わってくる。


指先を見てみれば、この空と同じような朱色の液体がこびりついていた。

私はそれを身に纏っていたボロボロのロープで拭いつつ、筒状の金属の全体を確認する。

どうやら"狩り"の戦利品らしきそれは、人間が持つ魔法道具のように思えた。


「ああ、ありがとう。 して、これは──」


様々な角度を見てみれば、透明な板が付けられた筒状の底があり、

そこから目を当てて大森林を眺めれば、ありとあらゆる光景が拡大され鮮明に見える事に気が付いた。


なるほど、これは私の魔法と非常に相性が良い。

これならば見通しが良い街道方面だけではなく、薄暗い森林の中まで見通せそうだ。


「物見鏡とでも言おうか。 これで私の仕事が楽になる、献上品感謝するぞ」


心にも思っていない賛辞を口にすれば、

コボルドスカウトは嬉々とした表情を浮かべながら頭を垂れ、

そのまま聖樹の幹側面に作られた扉から"狩り"の続きをしに聖樹の中へと戻っていた。


時折聞こえてくる絶叫と、断末魔の叫びを聞きながら物見鏡を目に当てる。


「さて、次の獲物は……あそこか」


物見鏡が写す光景は、獣道の中を静かに移動する冒険者三人組の動きすらも見通す。


「黒髪の女性が先頭、中間に大男……猫? それでその次に緑髪の女性か」


今まで魔物が寄り付かなかった安全で動きやすい街道を使わず、

あえて森林の中の悪路を動くということは我々の行動がバレている?


いや、それはあるまい。

今まで私の術で逃した者はおらず、今の聖樹の中で"狩り"が行われているのだ。

情報が漏れたというよりも相手が最悪の想定の元に動いているというのが正解だろう。


くつくつと自分の笑い声が漏れ、心が沸き立つのを感じる。


最悪を想定しているならば、そのさらに上を見せてやろう。

私が体験した絶望を、万分の一でも味わわせてやる。



物見鏡をロープのポケットにしまいこみ、片手で持っていたラウンドウッドで出来た杖を両手で支える。

魔力を杖に流し込みながら、対象地点と指定地点をイメージし、そのイメージを強く心に焼き付ける。


そして、私は死刑宣告(えいしょう)を唱える。


「【人間種召喚(サモン・ヒューマン)】」


杖の魔力が迸り、聖樹の枝葉をわずかに揺らす。

魔法の発動は完了した。あっけないものだが、奴等はあっけにとられているだろう。


ロープにかけていた物見鏡を手に取り、先ほどの三人組が居た場所を見やる。


「くっくっく、さて。 目標は中間にいた大男だが、きっと大慌てしているに違いな──」


物見鏡の先に写ったのは、自分の想定とは異なるものだった。

黒髪の女性が消え、緑髪の女性が紫髪の大男を抱きとめている。

一見すれば何も変化がない光景だが、私にとっては恐怖を感じる光景だ。


人間種召喚(サモン・ヒューマン)は対象地点から指定地点に人間を召喚する魔法。

この魔法は強制召喚であり、人間には拒否(レジスト)すら許されない。

どんな英雄だろうと、どんな貴族だろうと人間であるならば絶対に効果を及ぼすものだ。


では何故、大男があの場にいる?


対象地点から逃げた? いや、私の召喚魔法は発動してから誤差は1秒すらない。人間に逃れられるはずがない

大男が抱きかかえられているのは吹き飛んだから? 誰に? 黒髪の女性が蹴りか何かで対象地点から逃したのか。


では何故黒髪の女性がいない?


……()()()()()()()()()()()()()()


「……ッ!」


心の中のざわめきから、私は急いで聖樹にある狩場へと駆け走る。

幹に出来た扉を潜り抜け、らせん状の階段で最下層まで降り立つ。


狩場には数十匹のコボルドスカウトが屯し、落とし穴の底を眺めていた。


私も彼らにならうように落とし穴の底を覗くと、件の黒髪の女性が立っていた。

自分の現状を把握できていないのか、右往左往して慌てふためいているようだ。


「……ふぅ」


内心の恐怖が少々和らぐ。


万が一、この落とし穴ではない地点に奴が立っていたとしたら、もしかしたら皆殺しにされていたかもしれない。そんなありえない想像が掻き立てられていた。


落とし穴の底は冒険者の跳躍では絶対に脱出できない段差、

そして数多のツタや根が絡まる内部は身動きを全て封じてこちらからの一方的な干渉を許し、

さらに幹の内部は光がなく人間の目では見通せぬ暗闇に包まれている。


このような一方的な状態の中で、勝てる人間など存在はし得ない。

それゆえの安堵、それゆえの……。


「ゲゲゲ、ムー。 狩りに参加します?」


木弩ラウンドウッド・クロスボウを携えた先ほどのコボルドスカウトが首を傾げる。

その能天気な顔に一発ぶちかましてやりたがったが、その能天気さが恐怖に彩られた心を癒してくれたような気がした。


「いや、確認に来ただけだ。 後は好きにしろ」


「ゲゲゲ、おおせのままに」


コボルドスカウトが、黒髪の女性に向けてクロスボウを構える。

見た限りでは人間の装備は貧弱の言葉に尽きる。

木弩ラウンドウッド・クロスボウ程度でも当たり所が悪ければ即死するだろう。


「ゲゲゲ、今回は何回で死ぬかな」


クロスボウの引き金が引かれ、クロスボウにあてがわれた矢が黒髪の女性の頭部を射抜いた。


当たり所が悪かったな、これで───。


「ゲゲゲ、はずした?」


「……」


だが、矢は貫通する事なく、黒髪の女性の額にわずかな切傷を残しただけだった。


そして、なにより。


地の底からこちらを"赤い瞳"が見上げていたのだ。


吐き気が、絶望が、枯れ果てた諦観の心から沸き上がる。


振り上げられた剣、兜の奥から光る赤き瞳、激痛と共に間もなく途切れる記憶。


振り上げられた剣、兜の奥から光る赤き瞳、激痛と共に間もなく途切れる記憶。


振り上げられた剣、兜の奥から光る赤き瞳、激痛と共に間もなく途切れる記憶。


恐怖、怖い、嫌だ、助けて、私を殺さないで───


「ゲゲゲ、ムー。 大丈夫です?」


ふと、気が付けば私の肩を優しく掴むコボルドスカウトの手があった。


その温かさが恐怖に縛られていた私を解放する。

落ち着け、この地にはもうガーディアンは存在しない。


【王国にガーディアンは最早存在しない。 存分に人間達をいたぶり、踏み躙り、死をくれてやれ】


闇夜をそのまま纏ったかのようにおぼろげな魔王のその言葉に、

魔物たちが雄たけびと共に歓喜の舞いを踊ったことを思い出せ。


深呼吸し、恐怖を鎮め、もう一度、落とし穴の底を見やる。


()()()()()


「──なんだ、もう人間を殺したのか?」


コボルドスカウトの方を見やる。


コボルドスカウトはいない。


白き剣と黒髪の女性が何かを薙ぎ払ったかのように佇んでいるだけだった。


「ゲゲゲ、人間いつのまに!」


驚いたコボルドスカウト達がクロスボウを人間に斉射する。


どの矢も、彼女にかすり傷を与えるだけ。


黒髪の女性が周囲を睨むと、その身が一瞬で消え去る。


瞬時にクロスボウを放ったコボルドの隣に現れては白き剣でコボルド達を粉微塵にしていく。


コボルドスカウト達はさらに驚き、さらにクロスボウで反撃に転ずる。


しかし、全て無意味だった。全て粉微塵にされていった。



その光景に見覚えがあった。


「ガ、ガガ、ガガガガ、ガディィィィ、守護者(ガーディアン)!!」


最後のコボルドスカウトを粉微塵にした。


残ったのは私だけ。


黒き女性の赤い瞳がこちらに向く。 その身が一瞬で消え去る。


「ッ!? 【蛮犬種召喚(サモン・コボルド)】ォォォ!!!!」


白き刃が首を狩る寸前、白き光と共に私は転移した。


「ハァッ、ハァッ、ヒィァ、フゥ」


冷静に、恐怖に縛られるな、思考を安定させろ。

死にたくなければ、理性を保て。


暗闇の聖樹の中から、テッド村付近の街道に転移は成功した。

遠めに見える海を見て荒れた呼吸を整えながら、私はがむしゃらに走った。


ここは聖樹からも離れていて、なおかつ"あの方々"がおられる!

例え、件の女性が何者であろうとも、"あの方々"が処分してくださる!

可及的速やかに守護者(ガーディアン)が生き残っていることを伝えねばならない!


そんな使命だか、逃走の為の自己保身なのか分からぬ言い訳を並べながら走る。


早く、一秒でも早く、あの聖樹から一歩でも遠のきたい。


心臓の鼓動のような音が耳をつんざく。


「うるさい、黙れ、今は、今だけは大人しくしていろ」


音を抑えるように胸を叩きながら走れば、海岸と小さな村が見えてきた。


「見えた。助かった。私は生き残る。ここであの死に様はごめんだ」


感情がごちゃまぜになり、自分でももう何を考えていいのか分からない心の暴走が少しだけ和らぐ。


ふと、嫌な予感がして後ろを見やる。


()()()()()()()()()()()()()


()()()()()()()()()()()()()


「あ、あぁぁ、ぃやぁぁああああ!!!!!」


心と身体が激痛で身を裂く一瞬、その赤き瞳と私の瞳が見つめあった。


ああ、お前も─────



※※※※※※※※※※※※※※※

某SNSサイト 過去ログ


天変地異@夫婦でエデオン勢

うん、ガーディアンを崖ハメとかバグハメとかしようしたけど無駄だったわ。

短距離転移してきて、一瞬で全ロス。これがβテストじゃなかったらやめてたかもしれん。


デビル@エデオンPKギル長

天変地異さんでも無理かぁー!

俺も不可視状態になるアイテム見つけたから、

それ使ってキルしようとしたけど何故か補足されて死にました。


天変地異@夫婦でエデオン勢

多分、攻撃してきた相手を可視化するとか追尾するとか、

そういう魔法でも使ってるんじゃねぇかなぁ。

足の速さが瞬間移動レベル、短距離転移でハメ殺し対策、ステルス無効。

ガーディアンの追尾能力高すぎて笑えるわ。

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