最強騎士、パーティを組む
「冒険者登録お疲れ様です! ではこちらの冒険者の証を身に付けください」
茶髪の受付嬢は冒険者ギルドの印が刻まれたみみかざりを差し出す。
言われるがまま耳飾りを手に取り、
耳たぶへと近づけると石のようにピタリと吸着した。
頭を軽く左右に振り、落ちないこと確認すれば、
滑らかな銀細工の感触を確かめるように耳飾りに指を触れる。
「これが冒険者の証明の耳飾りか」
「でだ、後は」
真っ赤な顔をしたストーラが、私の肩に腕を回してしなだれかかる。
「インターフェイスオープン」
彼女が言葉を紡げば、目の前に青く透明な板のようなものが出現する。
ユーザーデータ、オプション等と様々な文字が描かれている項目や、方位磁石を組み合わせたかのような地図、それにHPやMPという黒に染まっている棒状のものもある。
まるで何かの絵画のようだと思った。
「これは……?」
「ん? ユーザーインタフェース、UIだぞ? ユーアイ。 大体こんなもんだろう?
……あー、もしかして、お前こういうの初めてだったりするのかぁ?」
「ああ、すまない。 こういうのは初めてでな」
「そっかぁそっかぁ、手前さん初心者なのに大変な事情に巻き込まれたんだなぁ……」
涙ぐみ鼻を啜りながらストーラは、肩を叩いて私を哀れむ。
酒臭く乱暴な口調で勘違いしたが、ストーラという人物は感情豊かであり情に厚く面倒見の良い人間なのだろう。
酒臭くて人の迷惑を顧みない酒乱の状態では近づきたくはないのだが。
ストーラは青い透明の板、UIとやらに触れる。
触れる度に青く透明の板が新しく出現して、記号数字文字の羅列が目に飛び込んでくる。
「簡単に言えば、情報の可視化だな。 自分の状態、ステータスや技能錬度なんかが一目で閲覧できて、所持アイテムの確認や使用もできる。自分を中心とした地理情報も見られるから、とにかくこれを見る癖を付けておけば大抵なんとかなる!」
「情報の可視化か、なるほど」
恐らくは物事の道理を数式で導き出す数学者や魔法の原理を解き明かす魔法学者のように、
冒険者として必要な道理や原理を数値や図形として表記しているのだろう。
「って感じだ、あとは修練所で戦い方とか技能錬度を───」
「いや、それならば私はある程度の心得がある。 冒険者として説明は以上ならば私は行くところがあってな」
「ああ、そうだが、手前さん急ぎの用かい?」
「テッド村に向かわねばならん。 ち──知人がそこに滞在しているそうで無事か確かめなければ」
父上様の事はあえてぼかす。
彼の"赤の鍛冶師"の娘とは名乗れば、略歴を辿って私がガーディアンであることが露見しかねないと判断したからだ。
ストーラは信用できるが、噂に戸口が立てられないのは世の常。細心を払って損はない。
「───ほぅ、テッド村に知人がね」
酩酊していたストーラの顔が精悍な顔付きとなった。
ジョッキをテーブルに置き、凛々しく背筋を伸ばすとそのぎらついた眼光で私の全身を値踏みする。
いやらしいというよりも、これは部隊長が新米の錬度を確かめるような荒々しさを感じる。
「普通の人間なら立っているだけでも体幹がブレるが、まるで一本の筋を通したように揺るがねぇ。
常に片手剣を握れるように立ち位置を心がけつつも、あくまで構えは自然に……」
「……値踏みするのなら、訳を言え」
腕を組んでストーラを威圧する。
不快ではなかったが素顔で誰かに注視される経験がなかったため、
ほんのり気恥ずかしくなった。
「おっと、すまんすまん。 現状を知った上でテッド村に行きたいのか、無謀者か武勇の持ち主か確認したくてね」
「魔王軍が進行している現状だからこそ行かねばならない」
「そうみたいだな。 ってわけでだ」
ストーラが手を差し伸べて、にこりとウィンクをしながら微笑んだ。
「"俺達"もそのテッド村に同伴に預かりたい」
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「なるほど、ストーラもテッド村に友人が」
「そうそう、でも道中どうなってるかわからねぇ。俺は剣士、もう一人の相方は聖職者。
アタッカーとヒーラーは揃ってるから、前線を張ってくれる人間があと一人欲しかったところだったってわけよ」
冒険者のために設けられた酒場のテーブルに座り、テッド村に向かう経緯を伺っていた。
どうやら私と同じ理由で知人の安否を確認する為に向かいたいらしく、
私に同伴する理由も人数的な不安もあってからか一緒に同行してくれる人材を探していたとのことだった。
「……それでもう一人の相方はまだか? 宿で休んでいるとのことだったが」
「パーティチャットで伝えたから、そろそろだとは思うんだけどよぉ」
「お待たせして、すみま─あっ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
どたどたと床板が軋む音と共に野太い男性の声が聞こえる。
振り返ってみればロープを身に付けた大男が勢いよく走るのが見えた。
2メートルは越えているであろうその巨体で、テーブルに腕をぶつけたり避けて通ろうとして人を弾き飛ばしていた。
テーブルに謝ったり、吹き飛んだ人に謝りながら小さく身を縮こまらせる姿には見た目のギャップも相まって奇妙である。
「冒険者というのはおかしな奴がいるものだな」
「……すまん、ありゃぁうちの相方だ」
ストーラが面目なさそうな顔をする。
「……そうか」
なんと言っていいか分からない私は声色を落としながらそう言った。
奇妙な間が一瞬出来たかと思えば、酒場を安寧を崩した大男がすでに目の前に立っていた。
「ごめんなさい、ストーラ! メイクをしていたら遅れてしまいまして」
「ス、……シデン、慣れてねぇのに無理に走るなって。 別にそんなに待ってねぇからさ」
シデンと呼ばれた大男は、ストーラに恭しく頭を下げながら顔をこちらに向けてくる。
長さが不均一な黒みがかった紫色の短髪、ロープの上からでも主張してくる筋骨隆々の肉体、そして獰猛な竜のような瞳と右頬から顎にかけて走った3本の大きな傷痕。
一見すれば歴戦の勇士か大盗賊のような貫禄がある容姿である。
だが……。
「ただなぁ、なんでそのメイクしてきたの?」
「えっ、初心者さんがいらっしゃるそうなので、少しでも雰囲気を変えようと思いましたけど駄目でしたか?」
彼の左頬には可愛らしい猫の顔を表した模様が描かれ、さらには肉球らしき模様まで入れ込んである。
耳にはマタタビをモチーフにした翡翠の耳飾り、首には鈴付きのスカーフが巻かれ、彼から発せられる貫禄がただの猫好きの青年にしか見えなくなっている。
「駄目というかだって、その顔の傷が猫にやられた傷っぽくなるじゃんか! 威厳も何もあったもんじゃねぇ!」
「あっ、気が付きました? モチーフは"愛しの猫に体と心を傷つけられた男の1日"なの」
「なの、じゃねぇ! せっかく俺が端正込めて作ったものを……」
「むぅ、それだったら酒飲みくらかして顔を真っ赤にするのも同じ穴の猫です」
「狢な。 ……酒飲みすぎたのは悪かったよ、つい暇で」
「では今回の件はお相子ということで仲直りの握手」
めまぐるしい会話から一転して、シデンから差し出された手をストーラが握りしめ握手をする。
「それで、こちらのお方がサテンさんでしょうか? 私はシデン、よろしくお願いしますね」
「あ、ああ、よろしく頼む」
シデンから差し出された手を取り握手する。それを見てシデンは満足げに笑みを浮かべる。
トゥエルブよりも巨大な手は私の手を覆い尽くさんとばかりにぎゅっと包み込む。
「それではテッド村に行きましょうか」
「おいおい、アイテムの準備とか出来てるのか?」
「勿論。 回復薬、解毒薬、麻痺解し薬、石化治し薬、万能薬諸々は休憩中に用意いたしました」
「はっはっは、聞くまでもなかったな! それじゃあ、嬢ちゃん早速だが行けるかい?」
「ああ、私は常在戦場の心構えだ。 準備は万端だ」
「はっはっは、武士みたいなことを言ってくれるなぁ! よぉし、それじゃあ行くぞ!」
シデンから手渡された薬のようなものを飲み干し、ストーラは真っ赤な顔から白磁のような綺麗な顔へと戻る。
なんとなくだが彼らの付き合いはとても長いであろうことが想像できる。
お互いが相手の意見を汲みつつも、自分自身がやりたいことを自由にでき、非を認めすぐに仲良くなれる関係。
そこまでの関係に至れるのは付き合いを重ね修羅場や死地を体験した者同士くらいなものだろう。
しかし、それ故に彼らに違和感を覚えている。
「戦士、聖職者。 女性、男性。 小さい、大きい」
冒険者集会所から出ようとしているストーラとシデンの背中をそれぞれ見る。
ラビットアーマーに、アーカナ葉の糸で編まれたロープはそれぞれ駆け出しの冒険者が装備するような代物だ。
駆け出しが何故そのような関係に至っているのか、疑念は尽きない。
「まるで、あべこべだ」
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仮想現実意識転写装置(Virtual Reality Awareness Transfer Device 略称:VRATD)
注意事項 第15項 他者間のアバターの交換について
VRATDは仮想現実に意識を転写する装置であり、個々に設定していただいたアバターの個体データ保存されています。
仮に友人や家族内でVRATDを間違えて利用された場合、意図しないアバターを使用することになります。
その場合はただちにログアウトを行い、現実でストレッチを行う等をして身体感覚の調整を行ってください。