最強騎士は冒険者になる
「トゥエルブめ、覚えていろ」
水滴が顔を流れて滴り落ちる。手で顔を拭いながら足を進める。
確かに脱出経路というものは正しく、こうして城下町へやってくる事が出来た。
そのことには感謝しよう。だがしかしだ。
水路が壊れて水流が正しく循環されず水が氾濫していたり、
そもそも瓦礫の山となって道がなかったり、
真っ暗闇で視界が利かなかったり、
魔物の住処をなっていて戦いながら進む必要があったりと散々な目に合わされた。
城下町へと続く出口から漏れる光を見た時は、
トゥエルブをどうやって水路に叩き落としてやろうかという思考が頭の中で巡っていた。
「しかし、状況はだいぶ悪い」
赤い空を見上げ、異形の者が飛び去った方角を見やる。
話の内容はまるで意味も分からないものだったが、
恐らく空中に浮かんでいた者こそが魔王であり、アーカム王国国王の隠していた姿なのだろう。
この真実をガーディアン達に告げれば、ガーディアン達は命令を破棄できる──わけはない。
ガーディアンは己を捨て滅私奉公を誓った忠義の騎士団。
王の正体が魔王だろうと何であろうと、アーカム王国の王であることに代わりなく、
その命令の効力は王が解除するまで続くだろう。
トゥエルブのように解釈を変えるか、はたまた私のように……私のように?
「やめよう、考えてはいけない気がする」
頭を振って、思考を切り替える。
ひとまず王の真意の糸口は掴んだ、あとはここからどう行動するかだが。
「……父上様や村の皆が心配だな」
赤い空を見る。
王国最東に存在するテッド村は魔王領地から最も離れているが、最弱の尖兵であるコボルトスカウトが活発化すれば被害は免れないだろう。
父上様は異変に気が付かずに鍛冶に専念しておられるだろうし、
あの村にいるのは森の猟師や海の漁師を除けば老人ばかりだ。
コボルトスカウトが若者がいない隙を付いて行動する可能性もある。
剣帯に履いたアダマンタイト製の片手剣に触れる。
これはガーディアンとなった私が王から直々にいただいたものであり、これを見ていると当時の叙任式を思い出す。
そう、王の誓いの言葉の時だ。
【えー、健やかなる時も辞める時も、守護者であることを誓いますか。 ……あれ、辞任の辞めるだっけ? タンマタンマ、今思い出すわ。カッコつけてるのに、ど忘れとかマジ受けるぅー】
健やかなる時も辞める時も、私は守護者であると誓った。
職業が無職でも、この私の心は守護者であるのだ。
「私は弱き者の剣にして盾、その在り方は決して変わらない!」
私は無軌道に進めていた足を翻すと、王都東門へと駆け足で向かう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「冒険者集会所へようこそ! こちらでは冒険者登録や依頼の受付を行っています」
簡素な円形テーブルの中心にいる茶髪の受付嬢が快活な笑顔で私を出迎える。
集会所の中は、簡素な酒場と宿を兼ね備えている。
中にいる人を見回すと集団で固まり何やら真剣な雰囲気で話を行っている者たちもいれば、
酒を飲み自堕落に過ごす者、壁に頭を打ちつける者、床にしゃがみ込みぶつぶつと独り言を言う者など、
混乱と動揺が広がっているのが伺える。
あの後、東門へ向かったのだが、衛兵に呼び止められ通行する事を妨げられた。
今までそのようなことがなかったため、驚いた私は衛兵に様々な問答を行い分かった事が3つある。
1つ、王都から出るには市民権が必要である。
2つ、冒険者になれば市民権を確保できる。
私の心は守護者だが、私の身は無職であることは変わりはしないという現実に打ちのめされたのであった。
だが、無職であったとはいえテッド村に在住しているのだから市民権は有しているはずだと反論したかったが深くは話す事ができなかった。
できなかったというよりも衛兵が1つ目、2つ目の話を繰り返し私の話を全く聞かなかったのである。
とにかく、市民権がない以上は私は王都から出ることが叶わない。
故にそれを獲得せねばならないため、こうして冒険者登録を行おうとしている。
「冒険者登録を行いたいのだが……」
「依頼受付に関しては、該当依頼書を提示してください」
「いや、私は冒険者になりたくて」
「宿のご利用なら2階階段側にいる係りの者にお話しください」
「あの、だから」
「酒場のご利用なら空いているテーブルに着席いただければご注文を承ります」
「……」
「冒険者集会所へようこそ! こちらでは冒険者登録や依頼の受付を行っています」
なんだ、最近の王国民の間では人の話を聞かないことが美徳とされているのか!?
内心の焦りからかそんな皮肉が喉元まで出かかる。だが、心を静めて冷静に受付嬢を見やる。
王都が魔王の支配下に置かれている現状の中、他人をからかう者が王国民にいるはずもない。
彼女もきっと不安に押し潰されそうな中で必死に仕事をこなそうとしているのだ。
それをからかっている等と判断するのは、ひとえにテッド村に迫るかもしれない危機を憂うためだろう。
しかし、彼女がこのままでは話も満足にできない。困った。
「ふむ……」
「おぅ、お嬢ちゃん。 何か困ってる事でもあんのかぁ?」
腕を組んで悩んでいると、肩叩きをされながら声をかけられる。
振り向けば、そこには木製のジョッキを片手に酒に酔っている緑髪の女性がいた。
背丈は私よりも少し高め、布の服の上に兎の皮をなめしたラビットアーマーと呼ばれるものを身に付けている。
その顔立ちは女性である私でも見惚れる程で、翠色花の美貌と賞される頑固者の聖女ツーを柔らかくしてあどけなさを付け加えた麗人と称せばいいだろうか。
だが、その顔立ちを台無しにするのが目の前の醜態である。
顔は紅潮しており、焦点が定まらない瞳、そして挙句には口から漏れ出る酒臭さ。
つまり、酔っ払いの駄目女である。
「えーと、ああ冒険者登録をしたくて」
「ゲッフゥ、おうおう、そうかそうか! これで23人目くらいかぁ?
この俺が初心者のために懇切丁寧に教えてやらぁ!」
小鳥のように透き通る声色を持ちながら、まるで山賊のような粗野な口調で迫ってくる。
まるであべこべだ。どこかの国のお姫様の中身を盗賊と入れ替えたと証言すれば信じてしまうほどの違和感が付きまとう。
「俺の名前はシデ……じゃねぇじゃねぇ、ストーラってんだ。 よろしく」
「あ、ああ、よろしく頼む」
握手を求められたので握手で返す。乱雑に上下に振られながら、背中を叩かれる。
このストーラという人物は親切心はあるが非常に面倒くさいおっさんもといお嬢さんであると直感で分かる。
「ベータテストの段階で魔王領地まで踏み込んだ最先端冒険者ギルド《テンペスト》って知ってるか?」
「いえ、全く」
「知らねぇか! はっはっは! そんでぇよ、冒険者登録についてだがな」
話の脈略もなく切り替わるのは酔っ払い特有か。話がまともに通じるだけマシという奴だろう。
「冒険者登録する時は、秘密の言葉を言わなくちゃならねぇ。
AI搭載のNPCがそこら中で動いてるからな。 そいつらが絶対言わないような設定にしてあるんだそうだ。
そん代わりにお前みたいに冒険者登録が行えない奴がいるのが難点だな」
ガハハハと豪快に笑いながら、ストーラはビールが入ったジョッキに口をつける。
秘密の言葉は分かるとして、AIやNPCといった冒険者流行の言葉が出てきた。
ひとまずはふむふむと相槌を入れながら聞き流す。
冒険者登録はあくまで市民権確保のためであり、冒険者として活動するのが目的ではないのだ。
「とりあえず、《エデンオンラインのプレイヤー登録》って言ってみ。それで登録が開始するからよ」
「えでんおんらいんのぷれいやー登録?」
「はい! エデンオンラインへようこそ!」
「!?」
受付嬢の張り上げるような声に驚き、身を震わせる。
私の様子を意にも返さず、受付孃はテーブルの上に羊皮紙とインクペンを置いた。
「プレイヤー登録を行うので、初めにプレイヤー名をお決めください」
ぷれいやー、プレイヤ。興じる者?
つまり、何をすればいいのか。助けを求めるようにストーラへ視線を移す。
酒を飲みながらにこやかに笑いながら、羊皮紙の上にあるネームと書かれているの箇所を指差す。
「最初に名前を登録するだけだよ。 それが以後お前の冒険者としての名前になるわけだ」
「……なるほど、コロセウムの選手名のようなものか」
コロセウムに興じる者は本名でも、偽名でも分かりやすく人々に印象が残る名を自らにつける。
ガーディアンの中でも兜を脱ぎ偽名を使ってこっそり参加している輩もいると噂で聞いたこともあった。
ひとまず、私の本名であるサーティンは避けるとする。
ガーディアンは副業を禁じられてはいないが、何かに残る形で私の本名を記すのは規律違反だろう。
「……サテンにする」
インクペンを手に取りネームと書かれている横にサテンと記入すると続いてその下に、
何やらごちゃごちゃとした数字やら文字の塊が現れる。
「名前を書いたなら、次はクラスとステータスだな。
クラスは所謂役割決めだ。仲間を守りたいのなら騎士、仲間を治癒したいのなら聖職者、敵を攻撃したいなら戦士って感じでな」
「では、騎士にしよう」
守る者、騎士という響きはガーディアンに通じるものがある。
親近感を覚えた私は様々な役割がある中で迷わず騎士の欄に丸印を付ける。
「それでステータスだ。STRが筋力、DEXが敏捷性、VITが耐久・頑強性、INTが知性、MNDが精神力、そしてLUCが幸運を表している」
事細かに指を差しながら、6つのステータスの意味を説明する。
STRが上がれば敵に与えるダメージが増えたり重い荷物を運べたり、DEXが上がれば急所を狙える確率が上がったり移動速度が上がったり等々。
丁寧な解説に相槌しながら、基本的に分からない部分は思考から飛ばす。
「それでステータスはレベルアップした際に入手できるステータスポイントを割り振る形になるんだが、正直装備品を装備するとステータスが上がるようになっていくから誤差だ」
「誤差か。 確かに9が並んでいるところにどれだけ割り振ろうと誤差か……」
「他人のステータスは今は見れなくなってるからあれだが、9が並んでるのは割りと優秀な方だな。誤差だがな」
酒臭い吐息を吐きながらおどけてみせつつ、適当にステータスポイントを割り振るように指示する。
9が並ぶ自分のステータスを見ながら、6個のステータスポイントをそれぞれに割り振る。
ステータス部分をペンで触れると、ステータスの値が変動して上昇してキリが良くなった。
しかし、冒険者登録に魔法の羊皮紙を使うとは中々に豪奢な事だ。
「最後に技能錬度割り振りだ。 これが最も重要で、剣術や弓術なんかの戦闘技能はステータスよりもダメージを底上げなんかをしてくれて、さらにスキル取得の恩恵がある。 料理や鍛冶の合成技能だとか、釣りや採掘の特殊技能だとかもあるが───」
「──ストーラ」
静かにだが力強い声で、ストーラの解説を遮る。
彼の解説にあわせて見ていた技能欄と呼ばれる一箇所に信じがたい記載が乗っていたからだ。
「この技能錬度とやらが【0】なのはどういう意味だ」
「へっ? いや、そりゃまぁ技能的に素人って意味だが」
「私の料理が素人……」
私が注視していた部分、合成技能と表示される料理項目が【0】の値を見つめる。
【……今日のスープは美味いな】
【……また料理の腕をあげたか?】
言葉数が少ないながらも娘の料理を美味しそうに召し上がってくれた父上様の姿を思い出す。
家事下手な父上様に代わり、私が幼少時から台所の長として務めてきた。
初めは父上様と同じくらい下手で料理を真っ黒焦げにしてきたが、
数をこなしていくと徐々に料理と呼べる形となり、そのことを父上様から褒められる度に私の心は嬉しくなった。
父上様が喜ぶ料理をたくさん作って作って、気が付けば料理作りを自分でも楽しむようになっていた。
その結果が、これか。
拳を強く握り、インクペンを軋ませる。
「……」
「おーい? 大丈夫か? なんか悲しそうな顔しているんだが?」
「いや、何でもない。 取る技能は決まったというだけだ」
「おぅ、そっかそっか。まぁ、登録時の錬度振り分けの30ポイントは最初は本当に貴重だから、それには気をつけてくれよ。
騎士なら剣術か盾術に振り分けておいた方がいいっていうのはアドバイスしておくぜ」
「ああ、分かった。 助言ありがとう」
強く握ったインクペンを修得したい錬度に合わせ振り分ける。
そして、私の冒険者登録が完了したのだった。
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冒険者登録記録書
ネーム:サテン
STR:1000000 DEX:1000000 VIT:1000000 INT:1000000 MND:1000000 LUC:1000000
技能錬度 230/600(累計600まで上昇可能。それ以後は錬度が上昇した後にランダムで錬度が減少する)
戦闘技能
剣術:100
合成技能
料理:30
特殊技能
ガーディアン:100
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