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最強騎士、赤き空を仰ぎ見る

あれから、どれだけの時間が過ぎたか。


ゼロ騎士団長の黙ってという命令。

王の待機しろという命令。


私は二つの命令を頑なに尊守する。

例え、その命令した者が動かなくなっても、この場から忽然と姿を消そうとも我々ガーディアンは命令を遂行───


─蝶がやって来る─


『ぐっ、いった!?』


頭を鈍器で殴られたかのような感覚に、私は態勢を崩してよろめく。

ズキズキと痛む頭を手で抑え、停止させていた思考を再開する。


『っ、一体何が……いや、それよりもゼロ騎士団長!』


私は倒れているゼロ騎士団長の元へ駆け寄り、彼を抱き起こす。

必死に揺すって意識を覚醒させようと試みるも、彼は怒りの満ちた表現のまま身動き1つ取ることはない。


『……ゼロ騎士団長』


会話の内容はあまり覚えていないが、状況は見ていた。

ゼロ騎士団長が王に逆らい、その責任としてゼロ騎士団長は何かの魔法により拘束されガーディアンは解体された。


何故と問うべき相手は固まり、減刑を願う相手はもうここにいない。

列を組んだ76名のガーディアンは沈黙し微動だにせず丁の字の態勢を維持する。


分からない。何一つ分からない。

だが、この場にいても意味はない。

分からないまま、終わらせることだけはしてはいけない。


そのためならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


私はゼロ騎士団長をそっと床に寝かし、ガーディアンの脇を通り抜け玉座の間の出入口へと走る。

ひとまずはここから脱出しなければ何も始まらない。


『……?』


荘厳なる扉に力を込め、扉を開こうとする。

だがいくら押そうが引こうが扉は軋みすらしない。


扉を叩く、効果はない。

扉を蹴る、効果はない。

扉に体当たりする、効果はない。

扉の開閉機構を探す、そもそも手動だ。


『……致し方あるまい』


アダマンタイト製の片手剣を抜いて、扉に向かって構える。

この世で最も硬い鉱物【アダマンタイト】を精練して出来たこの剣、父上様と肩を並べる白の鍛治師の業物だ。

例え同じアダマンタイト製の扉だろうとバターのように滑らかに切り裂くことが出来る。


『修理費用は退職金で賄わせてもらう!』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


詰ん(チェックメイト)だ』


私は大の字に寝転がりながら、今しがた落下してきた天井を眺める。

天井は城の天辺まで吹き抜けており、その側面には数ヶ所の窓と極彩色で彩られたステンドグラスが見える。


ステンドグラスは遥かな昔から語られる建国史を表現したもので、

悪い竜を初代王たる勇者が淡い朱色をした伝説の剣で調伏したとかなんとかという話だったはず。

私もその剣が欲しい。手元にあったら扉と窓を三枚に下ろすことができる。


『ここで待機しかない、か』


アダマンタイト製の片手剣を幾度も切りつけた扉は無傷。


早々に気持ちを切り替えて天井の窓から脱出を図るもガラス製の窓すら破壊できない。


開いている窓を見つけ通り抜けようとするも何もないはずの空間に阻まれ通り抜ける事ができない。


そして、私は失意のままに天井から落下した。少し腰が痛い。

騎士団長を除いた76名の前での失態だが、彼らは大の字で倒れる私を見向きもしない。

黙って、待機するのみだ。だからこうして、天井から落下しているところを見られても……。


12番目の列にいるガーディアンと目が合った。

目が合ってしまったそいつは、慌てて前を見る。


身体を起こすとゆっくりと12番目の列にいるガーディアンの元へと歩く。


『おい、トゥエルブ』


『あーあー、バレちまったか。 いや、お前の行動面白かったぁああぁぁ!?』


トゥエルブの甲冑の縁を掴んで持ち上げ、扉に全力で投擲する。

小気味いい金属音が玉座の間に響くが、それでもアダマンタイト製の甲冑をぶつけても扉は開かない。

まぁ、分かっていたが。


『いってぇ……おい、サーティン俺たち親友じゃねぇか!』


『困っている同僚を助けずに眺めるガーディアンがどこにいる。 あと親友になった覚えはない』


両手を払いながら倒れているトゥエルブの元まで歩み寄る。

トゥエルブは腰を強打したのか、腰をかばいながら立ち上がる。


『だが、何故お前は喋って動ける。 騎士団長の命令と王の勅命にて黙って待機と命じられたはずだが?』


『あー、別に単純だぜ? 確かに待機ってのは【動くな】って意味にも捉えられる。

 だけど、俺は【この部屋にいる】って解釈しただけ。 言葉遊びみたいなもんよ』


腰を摩りながらトゥエルブは豪快に笑う。

己の都合の良い解釈で勅命の隙を突く、なんともガーディアンらしからぬ奴だ。


『騎士団長命令に関しては、そもそも俺は元死刑囚で王から頼まれてガーディアンをやってる側だ。ゼロ騎士団長が気に入らない事をし始めたらそれを叩き潰してもいいと言われていてな』


『ゼロ騎士団長のお目付け役か。 そんな大役をお前が担っていたとは……』


トゥエルブは伝説の盗賊団ハングドマンの元頭領であった男だ。

盗まないのは人の命だけであると畏れられた盗賊団で王国内の被害は数千にも及び、

最終的には王直々にガーディアンを指揮し、根城でグースカ寝て居るところを捕縛されあえなく死刑囚となった。


だが、死刑執行の当日、教誨室にて聖職者と死刑執行人が神へ祈りを捧げるその隙を突いて逃げ出すと、

事前に体内へ隠していた手錠と足枷の鍵を使って体の自由を得ると、

ガーディアンが数名警備していたアーカナ地下監獄を巧妙な隠形術で誰からも悟られる事なく抜け出し、

そのまま地上へ出たトゥエルブは王庫から金銀宝石の類や王家に伝わる家宝を盗み出して王都から脱出。

まんまと王とガーディアン、そして聖職者と死刑執行人の手から逃れたのである。


伝説の盗賊団ハングドマンの頭領と言う肩書きも連れ歩いていた子分も王庫から盗みを働く下準備に過ぎなかったのだ。


「お宝恵んでくれてありがとう! 聖職者さん、死刑執行人さん!」 


警邏所に残されたトゥエルブの置手紙に名指しで呼ばれた聖職者と死刑執行人は、

その責任の負い目とトゥエルブへの怒りからトゥエルブを猛追することになるのは別の話。


……ひとまず、こいつのおかげで私の人生は狂わされている。

そんな輩がゼロ騎士団長のお目付け役(ストッパー)という大役に選ばれるのは腹立たしい。


『ハッハッハ! まぁ、俺が優秀で気品ある性格だあぁだだだだぁ!』


アダマンタイト製の甲冑の上からトゥエルブの腹を何度も殴りつける。


『オーケー、分かった! さっさと本題に入ろうか、サーティン』


『私は閑話を続けても一向に構わんぞ』


私は拳を握り、トゥエルブに構えてみせる。

勘弁してくれとお手上げのトゥエルブは、首で付いてくるように指示しながら団員達をすり抜け玉座へと向かう。

鼻歌混じりに赤絨毯を歩く姿はさながらこれから種明かしをする手品師のようである。


『サーティン、盗みを行う時に大事な事って何か知ってるか?』


『知らん。 知らんが、盗む方法が大事ではないのか?』


『それも大切だが、そりゃ二番目だ。 一番大切なのは逃走経路さ』


トゥエルブが玉座にもたれかかると、ゆっくりと身体全体に力を込める。

石畳と玉座がこすれ埃が舞うと、玉座があった場所からそれは現れた。


『通路……?』


それは、人一人が通れそうな大きな通路だった。

近づいて中を覗いて見れば、正方形に切られた入り口から大きな風のうねりが顔を撫でる。

底は見えず目を凝らしても暗闇ばかり、耳を傾けても聞こえるのは風と水のようなものがせせらぐ音。

底へと続く石積みの壁に立てかけられた梯子は、ところどころ錆付き手足をかければ壊れてしまうのではと懸念する。


『抜け穴って奴だ。 王城の構造図を全部頭の中に記憶しててな。 王城なら我が家も同然だ』


自分の頭を指差しながら、にこやかに笑うトゥエルブ。

伝説の盗賊が隠し通路や隠し部屋を駆使すれば。一騎当千のガーディアンと言えど捕まえる事はおろか姿を見ることすら叶うまい。

だが、現ガーディアンとして──いや元ガーディアンか?──ともかく、かつての失態に至った原因をまざまざと見せつけてくれる伝説の盗賊様に対して複雑な感情を抱く。


『知らないものは知らないままでいいのではなかったのか?』


『それはそうだが、知っていることなら有効活用すりゃいいって話だ』


『……お前の思考が時折分からなくなる』


トゥエルブの思考は私と違う。

知識とは知っていた事が全てであり、さも自己学習を行ったことがない物言いだ。

違和感を覚えるが、今ここで考えることでもないだろうと頭を振り考えを霧散させる。


『しかし、どうしてわざわざ己の手口を晒してまで私を助ける?』


『なんだよ、サーティン。 知りたがりさんか?』


この場から私を脱出させることは、今の王に謀反を起こすことと同義だ。

それによって再び死刑囚となり、その首が胴体と別れてさようならという事態にもなりかねない。


トゥエルブは私の質問に対して、照れくさそうに頬を掻く。


『おいおい……友達を助ける以上の理由はないだろう?』


『友達になった覚えはない』


『せっかく助けようとしてるのに酷いな!』


項垂れるトゥエルブを見ても何ら罪悪感は沸かない。

脱出経路を確保できたことには感謝してるがそれはそれ、これはこれである。


『ひとまずは助かった、ありがとう。 それでここから降りていけばいいのだな?』


『ん、ああ。 そこから降りれば王都の地下水路だ。 水流に沿って歩けば、城下町にたどり着く』


『よし、それならば』


『と、待った待った』


トゥエルブが私の腕を掴み、足を止めさせる。


『なんだ、まだ何かあるのか?』


『そのガーディアン御用達のアダマンタイト製の甲冑を着て街中へ行くつもりか?』


『……そうか』


自らの姿を見る。アダマンタイトの白く眩い美しいは街の中であろうと己がガーディアンであることを示してしまう。

今のところの目的は、王の真意の調査だ。そのためにも王に見つからないようにしなければならない。


『……脱ぐしかないのか』


『おう、別に裸になるわけじゃねぇんだ。 脱げ脱げ』


甲冑をしばらく眺め、腹から溜息をつくと甲冑の留め具をはずしていく。


甲冑を構成する篭手や肩当てを外す度に、ガーディアンとしての立場がなくなる事を無理やりにでも実感させられる。

ガーディアンとして働く自分の誇りがそぎ落とされていくようだ。


「ふぅ、これでいいか」


最後に残った鉄靴を脱ぎ去り、素足で石畳を踏み締める。

甲冑の下に着ていた亜麻布の服とは見るからに貧相で、街中を歩けばただの小間使い程度にしか思われまい。


『目元が鋭いって予想は当たっていたが、もっと可愛げのある顔だと思ったんだがなぁ』


トゥエルブがこちらの顔を覗き込む。兜越しではあるが、どのような顔をしているのか分かる。

大方可愛かったら頭を撫でてやろうという魂胆があり、それが外れてがっかりしているだろう。


私の風体は父上様から受け継いだ鉄仮面のような顔と目元の鋭さが合わさり、

素顔を見たことのある村人から人を何人も殺していそうと評された事もあった程だ。

トゥエルブの期待を裏切る事ができて非常に気分が良い。


「それでは、私は行く。 ゼロ騎士団長たちを頼む」


取り外した剣帯を服の上に付け、アダマンタイト製の片手剣が入った鞘を腰に差す。

アダマンタイト製の片手剣は白く美しい輝くが、鞘に入れてしまえば誤魔化すことは出来るだろう。


『おう、いってこい。 皆に何があっても俺が守ってやるからよ』


その言葉を聞いて心を残りを清算した私は通路へと飛び込んだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※


「これよりイベント:リアルワールドを開始する」


大広場でGM(ゲームマスター)からイベント告知があると聞いて集まってみれば、なんとも奇妙な単語が出てきました。

そして、GM(ゲームマスター)が王様の姿から、おどろおどろしい髑髏の仮面を被った異形へと変貌する様を眺めます。


「このイベント期間中はユーザーインターフェイスや戦闘ログ閲覧、チャット機能の制限、ガーディアン機能の廃止」


指を折って、淡々と説明する異形のGM(ゲームマスター)

ひー君含めて、ユーザーと思わしき人間がそれを固唾と見守っていた。


「そして、仮想空間からのログアウトの禁止、デスペナルティの強化だ」


空が、赤く染まっていきます。

夕日とかそういうレベルではなく、もうなんか血みたいなどす黒い赤色が空を覆っていく。


「これより君達キャラクターの死は現実世界の死へ変換され、命の価値は等価となる。

 イベントクリア条件、その他詳細に関してはユーザーインターフェイスからのお知らせ欄に掲載する。

 それでは、エデンオンラインを引き続きお楽しみを」


GM(ゲームマスター)が恭しくお辞儀すると、西の方角へ高速飛行して消えていった。

それと同時に数千人集まっていたプレイヤー達が困惑して、罵詈雑言を叫び始めます。


ログアウトできないと叫ぶ者。事態を把握できずに戸惑う者。冷静にユーザーインターフェイスを眺める者。


そんな中でひときわ私の目を引いた存在。


全身びしょ濡れで水が滴る黒髪を垂らしながら、赤い瞳で、赤い空を見やる一人の女剣士の姿だった。

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