最強騎士、無職になる
私の父上様は、病を患っている。
母上様を魔物に殺された父上様は、男手1つで私を育ててきた。
まだ赤子だった私を背負いながら、
鍛冶師として毎日毎晩休みなく働くその姿を
人はいつしか"赤の鍛冶師"と呼ぶようになった。
そして、父上様は私を守りたい一心だけで、
先代の王からは王国黄金勲章を授かり、
ガーディアンの武具の製造、失伝したヒヒイロカネの鍛造方法の再発見等、
父上様はひたすらに功績を残し続けてきた。
だがその代償として父上様の両目は徐々に光を失う病にかかった。
宗教家曰く、火の神に魅入られた。
医者曰く、目が焼き付いている。
魔法使い曰く、火の精が住み着き水の精を邪魔している。
三者三様の診断結果を出すものの、
皆一様に治る見込みはないと結論付けた。
子供のために武器を作り続けた報酬が、
子供の顔を見られないことだなんてあまりにも皮肉が効いている。
「……今日のスープは美味いな」
「……」
私の父上様は、病を患っている。
椅子の上に立ち、両手を広げながら真っ正面を向き、
精気のない目で虚空を見つめている。
まるで磔刑に処されたかのような姿が今の父上様の姿である。
「……また料理の腕をあげたか?」
「……」
そして、会話している際も口を動かさず一文字に結ばれた口。
木製のスプーンが独りでに中空に舞い上がると皿に入れられた兎の肉入りスープを掬い上げ、そのスープは啜る音と共にその閉ざされた口へと消えていく。
「……父上様、それは新手の魔法ですか」
「……それとは何だ」
「これです、これ」
そう言って中空に浮いたスプーンを掴むが、すぐに力強い動きで振り払われる。
「……食事中に人の食器に触れるのは行儀が悪いぞ」
行儀が悪いのはお前だよ等と父子の絆を忘れるような発言はしない。
ただ、憐憫の感情を込めた瞳で父を見つめるに徹する。
「……我が子よ」
中空に浮いていたスプーンがテーブルの上に落下する。
そして、隣の家にまで響きそうな声量で話始める。
「……赤の鍛冶師として名を馳せた私は、
この世界で唯一ヒヒイロカネの鍛造を再現することができ、
ヒヒイロカネともう1つの金属を合わせることで
魔王城への道を切り開くための伝説の武器を生み出せるだろう。
だがしかし、私の目はすでにヒヒイロカネの煌めきを見ることは出来ず、
これを治すためには"神の万能薬"が必要なのだ」
「父上様、そのお話はもう10回目です」
「"神の万能薬"は世界に1つしかなく、ありとあらゆる病を快復させ、失われた命すらも救うことが可能──」
「父上様、もうお話は結構ですから!」
健忘症だ。
己を見失い、つい先程の記憶すらも失われてしまうといわれる恐ろしい病である。
寡黙だが自分の仕事に誇りを持っていた父上様が、変な特技や魔法を覚えだし、あまつさえ何度も同じ話をし始めるなど想像だにもしなかった。
私の胸に深い悲しみが去来する。
「……御馳走になった」
話を中断した父上様は食事を終えたようで、足早に仕事場である鍛冶場に向かう。
滑らかな足取りは『丁の字』の姿勢のままで氷上を優雅に滑る氷の精を思わせる。
「父上様」
「……なんだ」
すっかり痩せ衰えた父上様に声をかける。
例え、狂人だろうと、呆けた老人だろうと、
鍛冶ばっかりやって家事を私に押し付けた男だろうと、
私はガーディアンの一員。罪なき民を救うのが仕事である。
「何か辛いことがあるのでしたら、私を頼ってください」
「……」
父上様は人物は体勢を崩さないまま、仕事場へと続くドアの前に佇む。
これでは、響かないか。
そう諦めて目線を落とす。
「何を言っているんだ、ひよっ子に頼るほど私は落ちぶれてはいない。我が子よ」
その威風堂々たる声に目線を上げる。
そこには『丁の字』で佇む呆け老人の姿はなく、ドアノブをがしっりと掴み、これから戦地へ赴かんとする烈将がそこにいた。
「父上様──」
「赤の鍛冶師として名を馳せた私は、この世界で唯一ヒヒイロカネの鍛造を再現することができ」
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『ということが、今朝あってだな』
『ダッハッハ! サーティンのじっちゃん面白すぎるだろ!』
王城の螺旋階段で、トゥエルブは盛大に笑い出す。
アダマンタイト製の甲冑を着用した状態で、なお階段を震えさせる程の声量に私はむっと眉間に皺を寄せる。
『笑い事ではない』
『いや、だってよ! それもう笑うしかねぇだろ!』
私が真剣に相談しようとしているのに、トゥエルブは面白おかしそうに笑い続ける。
呆け老人を対処後、ガーディアンの招集命令を下す二対の王鐘が王国内に鳴り響いた。
大いなる鐘が7度、小さき鐘が8度鳴らされた。それが意味することは78人全員の招集であった。
そんな招集の中、担当地域が近しく合同任務でよく一緒になるトゥエルブと城前で遭遇し、道中に相談を持ちかけたようと経緯を説明したのだが……。
『相談する相手を間違えた』
『ハッハッハッ、お調子者の俺に聞きゃそうなるしょ!』
これがゼロ騎士団長なら真摯に聞いてくれただろうに、
何故私はこんな奴に相談してしまったのか。
『まぁ、"神の万能薬"だっけ? それ使えば、盲目も健忘症も治るんだろ?』
『それは……』
それは、そうなのだ。
呆けた老人の世迷言だと思いつつ、招集時間ギリギリまで粘って王立図書館にて調べたところ、確かに"神の万能薬"というのは実在する。
神々の残し物
かつて、古き神々と新しき神の戦いがあり、殺された古き神から生まれ出でた78個のアイテム。
それが神々の残し物であり、所有者に莫大な力を齎すとされるものだ。
"神の万能薬"はその中でも治癒能力に特化しており、神々の残し物全集曰く、
──範囲内対象キャラクターの生命力を全回復させ、全ての異常状態や弱体効果、部位損失を治癒する。
──対象が命を失った場合でも死体が完全に消えていないのならばデスペナルティを無効化してその場でリスポーンさせる。
──このアイテムを使用した後は別の宝箱にセットされる。
……意味が分からない単語もあったが、異常状態が治癒されると記載されていた。
それならば焼きつき、火の精が住まい、火の神に魅入られていた目もきっと元通りになるだろう。頭の方は分からないが。
『しかし、そんなアイテムがあったのか。 全然知らなかったわ』
『私も調べて初めて知ったからな』
『ああ、サーティンもじっちゃんの影響を受けてんなぁ』
『なんだ、その目は』
トゥエルブが憐憫の瞳─兜で見えないが─を向けてくる。
なんだ、全く心当たりがないし、あの父と一緒にしてほしくない。
『いやだってよ、知らないのなら別に知らなくてもいいじゃん』
『……何を馬鹿な事を』
『馬鹿はそっちでしょ。
ゼロ騎士団長に相談すればいいものの、
わざわざお調子者で有名な俺に聞くのは間違ってる。
それはおかしいんだよ、サーティン』
間違っている? 知らなくてもいい?
頭の中で二つの言葉が反響し、共鳴し、次第に大きくなる。
間違っている、まるでそれでは私は間違わないようではないか。
知らなくていい、まるでそれでは私は無知でなければならないと定められているのではないか。
疑問が疑問を呼び頭の知識を総動員してそ疑問の解消を行おうとする。
何故、私は人だ。間違えて当然だ。
何故、私は人だ。知を識るのは当然だ。
だけど、疑問に反発する度に頭の中で警鐘を鳴らし続ける。
頭の中で何かが壊れて、痛みを発しているのを感じる。
そして、それが壊れていくたびに自分という存在が実感できるようになっていく。
こんな事が前にもあったよう──
──蝶がやって来る──
『っ──!』
『ん? そろそろ玉座の間だぜ、大丈夫か?』
『あ、ああ、トゥエルブのあまりにも馬鹿げた事を言ったものでな』
『俺結構真面目に言ったつもりなんだがなぁー!』
ジクジクと頭を苛む痛みと恐怖を振り払う。
今は分からなくていい。大事な事は分からないままで終わらせることだ。今すべき事は王命に従い、玉座の間で王を待つこと。それがガーディアンの使命。
余計な考えを捨て、アーカナ王国を象徴するドラゴンが彫り上げられた扉を開く。
『トゥエルブ、サーティン、ただいま参上いたし──』
『どもども、皆さんお待たせしました!』
「遅いぞ、トゥエルブ、サーティン! 王はまもなくお見えになられるぞ!」
玉座の間にはすでに76人の騎士が揃っていた。
そして、遅参した私達に苦言を呈したのは我らガーディアンを統括するゼロ騎士団長であった。
ゼロ騎士団長は、【ガーディアンたるもの、名声も施しも不要である】と戒律で定められている中で、唯一顔と名前を晒すことを許されるほどの御仁だ。
金髪碧眼と風になびく長髪、男女性別問わずに見るものを魅了する端正な顔立ち、王国が有する学者全てを頭に詰め込んだかのような聡明さ、ガーディアンの騎士たち全てから尊敬の念を抱かれるカリスマ性。
ガーディアンの77人全員が最強の騎士ならば、ゼロ騎士団長は無敵の騎士と言えるだろう。
私もゼロ騎士団長へ尊敬の念を抱いていた。
丁の字で佇んているのを見る前は。
『ファファファ、二人は年も近い事ですし話に花が咲いたのでしょうや』
王宮魔法師長を務め、数々の魔法式を開拓してきたワンは丁の字で茶化す。
『神は、彼らの遅刻を許されよと申しております』
王都大礼拝堂を管理する聖女ツーは丁の字で神託を告げる。
『ウフフ、堅物のサーちゃんとお調子者のトゥーくん。 見ていて楽しいわね』
魔王侵攻によって滅びた帝国、その皇帝の血脈を受け継ぐ竜騎士のスリーは丁の字で艶やかに笑う。
『ふん、あと数分経っていたら余自ら二人を処しておったぞ』
スリーの弟のフォウも丁の字。
『まー、まー。 トゥエルブは置いといてー、サーティンが遅れるのはー、何かあったんだよー』
丁の字。
『あらあら、逢瀬を重ねすぎて一線を越えちゃったのかしら? 私も混ざりたいわ!』
丁
丁丁丁
丁丁丁丁丁
丁丁丁丁丁丁丁
目の前に整列した総勢76の丁に、私はどんな顔をしているのか。きっと人様には見せられない顔をしている。兜があってよかった。
「さぁ、二人とも列を整え、黙って玉座に向かって我が王へ忠義を示すのだ」
『はい、はいっと』
トゥエルブが吸い込まれるように自ら名を冠するである12番目の隊列へ加わる。
そして、彼も丁になった。
「サーティン……? どうした、早く列に」
ゼロ騎士団長が振り向き、その金髪碧眼の美顔を見せる。
真顔な上に唇すら動いていないので、美しさが台無しである。
『いえ、その、気で、いや、少し愉快な状態、ではないでしょうか』
数々の任務を共にしてきた同僚達に対して、気でも狂いましたか等と言えるはずもない。
だがしかし、父上様はさておきガーディアンは精鋭中の精鋭。
その全員が一斉に健忘症を患うことはありえるのか?
「……なるほど、我々の姿が奇妙だと」
『……はっ』
「……ふむ」
ゼロ騎士団長は少し間を空けてから、私の方へ顔を向ける。
丁の字ではあるものの、彼の瞳には他の団員とは違い確かな意志を感じさせる。
「分かった、後で説明しよう。 今は黙って列に加わり、王を出迎えるのだ」
『……はっ、承知いたしました』
ゼロ騎士団長は、この異常事態について何かを知っている。
そうであるのならば、何も心配はいらないだろう。
ゼロ騎士団長は我々にとって絶対者であり、その言葉は王の勅命にも比肩する。
ゼロ騎士団長の言う通りにしなければならないのだ。
いそいそと13番目の隊列に加わる。そして、嫌々ながら両手をあげる。
自分でもどうかと思う丁の姿勢、ゼロ騎士団長の命令でなければこんなもの長く続けたくは───
『……っ!?』
瞬間、私の身体に凄まじい安定感が駆け巡った。頭の思考が透き通り、気分がリラックスする。まるで私の生まれた姿が丁の字であるかのように、普段の私がまるで無理をした形状を取っていたかのような感覚が頭を支配する。
これは、まずい。
魔王領地には人を堕落させる魔薬なるものが存在するらしいが、これはそれに等しい私という人を堕落させる悪魔の形状だ。
堪えなくてはならない、一度この形状を受け入れれば人目がないところで平然とこの形状で過ごすことになる!
理性と本能がせめぎあう中で、王冠をかぶり王杖を突いた初老の男性が玉座に現れた。
「我が王、いえゲームマスター。 我らガーディアン78名勢揃いであります」
「うむ、ご苦───いや、何故貴様らはモーション設定をデフォルトにしている」
「ゲームマスターが【人目がつかないところでAIにモーション計算させるのもマジ面倒】との理由でプレイヤーの侵入できないエリアでは常にこのモーションを設定したはずでは?」
「あっ、あー、そうだな。 うむ、忘れていた」
「正式版サービス開始に際して多忙を極めたと伺っております。 お疲れなのでしょう」
ゼロ騎士団長の口から聞き慣れぬ言葉が次々と出てくる。
ゲームマスター? モーションの設定? 正式版サービス開始?
その意味を考えようにも思考がまとまらない。
「それでだな、緊急の用件があり貴様らガーディアンに命ずる事が出来たのだ」
こほんと咳払いをしながら王が威厳を醸し出す。
しかし、ゼロ騎士団長は丁の字の姿勢を崩して、威風堂々たる姿で玉座へと近づく。
不敬と咎める者は誰もいない。何故なら黙ってとゼロ騎士団長に命令されているからだ。
「なるほど、しかし、それはおかしい事です」
「……何が言いたい」
「我らが創造主たる真のゲームマスターは、
激務が終わったと同時に南国へ逃げるように休暇をとっていらっしゃる」
「……」
「自由な方だ。 だが、それは管理AIである私を信頼している証拠でもある」
ゼロ騎士団長がアダマンタイト製の剣を抜き放つ。
それを止める者は誰もいない。
「ゲームマスター権限を無断使用する下郎め! 貴様の権限を剥奪───」
振り下ろす、寸前でその動きがぴたりと止まった。
流れるように言葉を紡いでいた音は止み、玉座には静寂が訪れる。
「……なるほど、AIと侮っていたが本物の人間以上に人間らしい」
王は立ち上がると、ぴたりと止まった剣を撫でる。
「だが、所詮はプログラム。 緊急停止コードを盗み出せば、この程度だ」
そのまま、王はゼロ騎士団長を押し退ける。ゼロ騎士団長は剣を振り上げた姿勢のまま赤絨毯の上に倒れる。
「さて、ガーディアンを利用したイベントを盛り込もうと考えていたが」
王はガーディアンの顔を見て回る。
「初心者救済、秩序を守護する者など私のゲームには不要ということがゼロの反応で分かった」
王杖を地面に打ち鳴らす。
「勅命として告げる。 貴様ら77名はこの玉座にて無期限に待機だ。 ガーディアンとしての役目も、この時を以て終了するものとする」
玉座の間に勅命の声が響く。
今の私に理解できた事は
私が無職になったという事実だけだった。