最強騎士はレベルが上がりづらい
「グランレイスだ! グランレイスが見えたぞ!」
「いや、もっと前から見えてたろ」
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ! もっと盛り上げていこうぜ」
周囲がざわつき出すのを感じ、ほろ付きの馬車から顔を出して外を眺める。
草原地帯の中に作られたグランレイス村。石積みの外壁は魔物やアンデッドたちからの襲撃を防ぐために四方を固めるため、中央にそびえ立つ塔は穢れを払い大地を縫い留めるために建てられている。塔の名称は定かではないが、神の家のような神聖な場所であると聞いたことがある。
「しかし、夜更けか。 道中であんな騒ぎがなければもっと早く着いただろうに」
「いやぁ、正義警察ジステルと、なんでも楽しむ災厄夫婦が顔を合わせたらそうなるって」
「まあ、有名プレイヤーってどいつもこいつも癖が強いからしゃあない」
あの後、喧嘩は数時間にも及び、今ではすっかりと赤い夜空が広がる時間帯となっていた。
魔王が支配する領域の夜の空、彩豊かなはずの星々の輝きは赤一色に染まり不気味な輝きを放っている。
夜を象徴する星や月の美しささえも、魔王は取るに足らない下らないものだと嘲笑された気がした。
人や魔物の感性など十人十色で必ず一致するというのも稀なものだろうが、それでも私は
あの美しい星々をもう一度見たい。
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「クエスト開始時間はエデン世界時間の正午! 作戦の概要は明日10時の中央の塔にて行う! それまでは各自自由時間とする! では解散!」
指揮官のジステルの声がグランレイス村中に響けば、100余名の人間がタンポポの綿毛の如く散開する。
あるものは馬車へ、あるものは宿屋へ、あるものは酒場へ、あるものは村の外へ向かっていく。
さて、自由とは言っても何をするか。
そう思い悩んでいたところ、ネクロが私の亜麻服のすそを引っ張る。
「ちょ、ちょっといいかな」
「どうした、ネクロ?」
「お、お、お節介かもしれないけど、わ、私なりの特訓を、さ、サテンさんにしたいの」
特訓とは久々に耳にする言葉であった。
守護者になる前、処刑人になる前、一介の兵士だった時までさかのぼる。
確かに一介の冒険者となった私には必要な事だろうと思い、私は彼女の好意を受け入れる。
「ああ、頼む。 場所は村の外でいいか?」
「う、うん、す、すぐそこだけど付いてきて」
ネクロが沼地を踏みしめるかのような重い足取りで街の外へと向かい、私はその後ろへ付いていく。
グランレイス村には外壁はあれど門はない。アーチ状の入口を潜ればすぐそこが村の外となる。
外敵の侵入を意図的に誘導しているのだろうとは思うが、その入り口が四方にあるというのは些か構造上の欠陥であると思わざるを得ない。
まるで四方からの侵入を阻止せよと言わんばかりの構造であり、村の内部も入口から中央の塔が一本道になるように家が配置されていたりと作為的な何かを感じる。
そんな事をぼんやりと考えていると、村の外の一角でネクロが足を止めゆっくりと振り向く。
「ま、まずは、レ、レベルを上げよう。 わ、私がこの辺のアンデッドを操るから、そ、それを倒して」
ネクロは死霊使いだ。
アンデッド系統に干渉、作成を行う魔法に特化したクラスであり、冒険者でも取得に時間がかかる上位クラスの一種。ベータテスト勢でも取得している者全くいない不人気クラスであるとネクロが語っていたことを思い返す。
「浮遊霊操作魔法」
彼女が杖を振り詠唱すれば、遠くの方からふよふよと白い布のような魔物がこちらに向かってくる。あれがゴースト、一見して妙に愛嬌がある白さが特徴だが、よくよく見やれば布の中から血走った目と骸骨のような痩せ細った顔がこちらを見ていた。
「まさにアンデッドという雰囲気だな。 それで、これを攻撃すればいいのか」
「う、うん。 操ってても、け、経験値は入るから……」
死霊使いの魔法によって本能すら失っているのであろうゴーストが、何もせずに中空に浮かんでいる。何もしてこない相手に襲いかかるのはだいぶ抵抗はあるが、人が糧を得るために動物を狩ることを思い出し、白き剣を抜きゴーストに切りかかる。
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サテンの攻撃!
ゴーストにダメージを与えた!
ゴーストは死体も残らず四散した。
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剣を鞘に収め、霧散したゴーストがいた場所を一瞥してネクロの方を見る。
「い、一撃? しかも、し、四散?」
ネクロは目を大きく見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
「……」
敵が四散するのは異常であると察した私はしーっと口元に人差し指を立てる。
「あっ……」
ネクロも察して、しーっと口元に人差し指を立てる。
「……それで、これで経験値は追加されるということでいいのか?」
お互いに見なかったことにして、本題に戻る。インターフェースを開いて、レベルの経験値の欄を閲覧する。表記は【0/2000】。二千分の零。確か、これは出発前に閲覧した時と変わらない数値だったはず。
「……変動していないようだが」
「え、あ、あれ? そんなことはないと思うけど……も、もう一回!」
ネクロが目を瞑り、詠唱に入り、その杖を天高く掲げる。
「死者操作魔法」
今度も遠く方からゆっくりとした足取りで呻き声をあげながらゾンビが現れる。
服を見る限りは一般的な農民という格好でぱっと見は人間に見えるが、肌が変色して腐臭を漂わせよだれを垂らす姿はあまり直視に耐えない。
「で、では、どうぞ」
「あ、ああ」
人間が死んで不浄の土地に野ざらしにされると誕生するといわれるゾンビ。
人間の外見を残しているというのは大いに抵抗はあるが、これも現世を彷徨い歩く死者への手向けとして清廉なる白き刃を彼の首へ突き立てる。
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サテンの攻撃!
ゾンビにダメージを与えた!
ゾンビは死体も残らず四散した。
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剣を収め鞘に納め、もう一度経験値を確認する。
【0/2000】という表記は変わらず。私は首を振ってネクロに結果を伝えると、ネクロが頭を抱えて唸りながら何かを考えている。
「も、もしかして……だけど、でも、なんでそんな限定的な……」
「理由は分かりそうか?」
「は、はい、す、推測ですけど。 お、過剰殺傷できるダメージ量を一撃で繰り出すと、け、経験値が入らないみ、みたい」
一撃で敵を四散させて倒すと経験値が入らない。そうなるとコボルトたちを倒した数も入っていないということとなる。
では、なぜ私はレベル2になれたのか。思い当たるのは一つしかない。
ソラモン。奴に対してだけは、10000回以上のダメージを加える必要があった。そのため、経験値の取得条件を満たしたということだろう。
しかし、そうなると殲滅者級の相手でなければならないと経験値が入らないということになるが……。
「で、でも、レベル2になれたってことは、い、一撃で倒せなかった相手がいるってことで」
「ああ、殲滅者は一撃で倒せなかったな」
「え?」
「あっ」
私はしーっと口元に人差し指を立てる。
「あっ……」
ネクロも察して、しーっと口元に人差し指を立てる。
……嘘を吐く練習をするべきなのかもしれない。
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某SNSサイト 過去ログ
ござる忍者は最高でござる@エデオン楽しいけど明日まで仕事でいない勢
『ところで、ガーディアンっていっぱい敵を倒してるけど、レベルってどのくらいになっているのでござるかね?
レベル1000とか行ってるんじゃないでござろうか!』
天変地異@夫婦でエデオン勢
『んー、あー。 ガーディアンの内部情報はこっちから分からないからなぁ。
1日でどれだけ倒してるかデータくれれば分かるが、まあ多分カンストはしてるだろうな。
レベル1000は上限突破ってレベルじゃねぇけどな!』
ツリスキー長老@MMO古参勢
『フォフォフォ、あの開発者がそこまで対応しているわけなかろう。
きっと雑な処理で経験値を上げるのを抑止をしているんじゃろうて。
ところで、誰かエロい人魚とか見つけたやつおる?』
天変地異@夫婦でエデオン勢
『通報した』
ござる忍者は最高でござる@エデオン楽しいけど明日まで仕事でいない勢
『通報したでござる』