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最強騎士と優しい死霊使い

最東端のテッド村と比較して、グランレイス村は王都から近い場所にある。


見晴らしの良い草原地帯、比較的安定した気候、舗装され他の村へと分岐した街道。

動物たちは穏やかな者たちばかり、魔物も悪戯をする小悪魔(インプ)程度。


道中は空が赤い以外は問題はない。むしろ、問題が起こらないのが問題というべきか。


「……平穏すぎるのも心が落ち着かないな」


ほろ付きの馬車に揺られながら外の景色を眺める。風が頬を撫で、目を閉じれば馬車の揺れる音と冒険者たちの楽しそうな声が耳を打つ。空は真っ赤だが、太陽はきらきらと煌めいて気持ちの良い温度を保たせてくれる。


混迷を極める世の中にあって、この平穏さは異常である。

アーカナ大森林での出来事がまるで悪夢だったかのような気分になる。

しかし、戦士でも騎士でも休息は大事だ。今のうちにこの平穏を堪能しておこう。


「……あ、あのあの、サテン、さん。 本当に、だだ大丈夫?」


そんな平穏にうつつを抜かそうとした時に、馬車に同乗しているネクロが話しかけてくる。

まるで睨みつけているかのように見えるその表情だが、よくよく見れば眉が下がりこちらの目を真剣に見つめていることから心配の表情を浮かべている事が分かる。


「大丈夫とは"あの件"のことだろうか」


「は、はい。 あ、"あの件"、ですね」


あの件。 私のレベルが《2》であることだ。

他人のパラメーターとやらが見られない現状、自己申告でそのレベルを伝える必要がある。


つまりだ、私はクエストに参加するためにレベルを詐称した。

詐称してしまった罪悪感から、1時間ほど心苦しさが付きまとったのは別の話だが。


「大丈夫だ、それと内密で頼む」


「な、内密……いえ、はい、し、しかし……」


「お願いする」


「うっ……は、はい」


ネクロはフードを深くかぶり了承する。良識ある彼女に嘘の共犯者に仕立て上げてしまったのは申し訳なく思う。その罪悪感で押しつぶされそうになるので話を変えよう。


「そういえば、ネクロはなぜ私とパーティを組もうと思ったのか聞いてもいいか?」


「は、はいぃ。 えーと、えーと。 じ、実は」


「実は?」


「わ、私、ソロ専門で……そ、ソロっていうのはパーティを組まないとかギルド入らないとかそういう意味で。 こ、こうして人と話すだけでもあがっちゃって、う、上手く喋れないから一人でた、楽しんでたんだけど」


「……ふむ」


「い、今大変な状況だし、れ、レベルだけは一人前だからわ、私もみ、みんなのた、ため、ため、ために」


話す度に顔を赤くしていたネクロの顔色が真っ赤な果物ように変化する。

目をぐるぐると視線を這わせ、口をぱくぱくと開いて閉じてを繰り返しながら、言葉にならない声を吐きだす。


「落ち着け、一旦深呼吸しよう」


彼女の緊張をほぐすために背中を軽く叩くと、ネクロは身体をびくりと震わせる。

私の指示に従ってゆっくりと深い呼吸を数度行えば、顔色もやや赤いが正常な顔色に戻る。


「ご、ごめんなさい。 い、い、いつもこんな感じで」


「気にしてはいない。 それに謝らなくてもいい」


「ご、ごめんなさい!」


私も人と話すのは苦手だが、このネクロという子は輪をかけて苦手のようだ。

視線が右往左往と落ち着かず身体を震わせる彼女はまるで怯える子犬のように見える。

そんな彼女を落ち着かせるために、赤子をあやす様に一定の間隔で背中をやさしく叩く。


「本当に気にしないでくれ。 喋るのが苦しいのなら、私も無理には聞かない」


「……だ、大丈夫。 ちゃ、ちゃんと喋る」


そう言うと彼女はとても長く息を吸い、全ての苦しみを体中から追い出すように重い息を吐き出した。


「……私、あの魔王の宣言の後、ずっと王都から出なかった。死ぬの怖いし、コミュニケーションもうまくできないし、私なんか役に立たないって思ってた。し、しかも、ホームポイントに転送されるひ、人を見たらますます出られなくなって」


思い出すのは惨状。生きているとも死んでいるとも曖昧な状態の冒険者の山だ。

あれを見て何の感情も沸かない者はいないだろう。


「でも、その人たちを並べる二人組の子たちを見た。 彼らは私よりもレベルの低い装備をしながらアーカナ大森林攻略作戦にも参加して、さらにはぎ、犠牲者を弔っていて。 わ、私、なにやってるんだろうって思ったの。 後続組も怖いはずなのに、ベータテスト勢の私が引きこもるなんて恥ずかしいと思った」


そのように語るネクロの目に強い意志を宿るのを感じた。とても暖かくて、とても優しさに溢れているように思えた。


「だ、だから、後続組の人を死なせないように、クエストに参加しそうな弱そうな人を選んで……」


「……それが私だったと」


「ご、ごめんなさいぃ! 初期装備だったからついぃ!!」


慌てて否定するように手を振るネクロの姿を見て、私はくすりと笑ってしまう。


「そうだな、確かに私は弱そうな冒険者だ」


「お、怒らないんです?」


「怒るものか。 むしろ、ネクロの優しさに感動した」


「や、優。 か、感動だなんて……」


「守ろうという意志の強さでは、私よりも自分で奮起したネクロの方が強いという話だ」


「あ、あ、ありがとうございます?」


痛みを王命(きょうせい)的に乗り越え奮起した私と違い、このネクロという少女は死の恐怖を自分で乗り越えた。

それだけで彼女の心の強さは私よりも上だ。


だが私が痛みによる恐怖が拭いきれていないのと同じで、きっと彼女も死の恐怖を拭いきれてはいないだろう。集会所の時よりも怯えた表情で常に周囲を研ぎ澄まして音を聞く姿を見れば明らかである。


そんな彼女を死なせてはならない。いや、このクエストに参加した冒険者全員を死なせてはならない。

彼らはこの混迷極まる世の中にあって希望という道を切り開き人々を守らんと決意した優しい人たちなのだ。

守護者(ガーディアン)として、サテン個人として、彼らのような人が幸せになって欲しいのだ。


だから、私は彼らを守る。強い決心を胸に抱き、拳を強く握る。


「……ん、そ、外が騒がしい?」


「外か!」


「あ、ちょ、ちょっとま、待って」


強い決心は身を素早く馬車の中から外へと移動させる。

相手は誰だ。 魔物か、狂乱した動物か、殲滅者(デストラクター)か!

今ならどんな相手だろうと怯みはしない。さぁ、誰が相手だ!


「おい、シデン! なぜ、貴様は聖職者(プリースト)などをやっている! 貴様の本職は前衛だろう!」


「あー、いや、これはですねぇ……コホン、いや、これはだな。 ちょっとした事情があってだな」


「おい、ジステル……ううん、ジステルちゃん。 ちょっとした気分転換で、シデンが後衛やりたいってことで」


「ふざけているのか!! しかもなんだ! その猫のような衣装と化粧は! これは生死をかけた戦いなんだぞ!」


「い、いたひ! つ、つねらないで……じゃなかった、つねるなよぉ!」


「ジステルちゃん、おやめなすってございますわよ!」


「うるさい、この災厄夫婦が!!! 漫才するなら王都に帰れ!!」


私が意気揚々と駆け付けた先では、クエストの指揮官であるジステル、そして知り合いのシデンとストーラを交えた頓珍漢な争い。争いというよりも親交が深い者同士でのこじゃれた喧嘩という雰囲気で、周囲の冒険者は苦笑いでその場を眺めている。


強い決心で赴いた私は、その温度差で顔に血が巡るのを感じ、その場に居られなくなり足早に馬車に戻る。馬車に戻ると、私の顔を見たネクロは何かを察して私の背中を優しくさする。


……平穏すぎるのは心が落ち着かない。

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