魔王と殲滅者、そして天罰
「始原の魔術師たるソラモンが殺された。 人工知能には過度な痛覚を与えた事による負荷によりログの回収も人工知能の復元も難しい」
黒いローブに身を包み玉座にふんぞり返る魔王が、僕を含めた77名の殲滅者にそう告げた。二の次は言わず、魔王は黙って円卓に座る殲滅者──みんな映像通話魔法で参加中──を一瞥する。
魔王は頭が良いし、我々も高精度な人工知能を積まれた者たちだ。
今の情報だけで魔王の言いたい事を察しろ馬鹿どもと言うところだろうけど、端的に魔王が言いたい事を訳すのなら
『ソラモンを殺した奴は誰だ』
ということになる。
勿論、僕は知っているけどそれを言うのは自らの首を絞めかねないので、にこにこ笑ってスルー。
他76名の殲滅者は困惑、喜悦、悲嘆、憤怒、嫉妬等々多彩な反応を見せてくれる。
「なんと嘆かわしい。 1番目に制作された殲滅者の名誉をいただいておきながらこの不始末とは! しかし、所詮は1番目、私のような次世代とは確たる差がある! 私ならばソラモン以上に人々を苦しめることができます!」
老獪な老人、といえば聞こえはいいけど目玉が飛び出して、爪が伸びっぱなしの蜘蛛を混ぜ込んだような化け物……えーと誰だっけ。うん、誰かさんが嘆くと見せかけて自己アピールをする。
「ソラモンがさっくりやられてくれちゃって嬉しいわ。 あの馬鹿、真面目すぎてつまらなかったし」
無駄な乳を腕で協調してくるおば──サキュバスと狼を混ぜ合わせた魅力的な白髪のお姉さんが嬉しそうに微笑む。誰だっけ。
まあ、どいつもこいつも話の意図を理解していながら自分語りを始める。僕たちの人工知能の設計思想が悪人の性格を煮詰めて固めて形成したようなものなのだから仕方ない。ソラモンはそこそこ良い奴だったけどね。
べらべらと己の言いたい事だけをまくし立てる殲滅者に業を煮やしたと思われる魔王が蜘蛛と老人を混ぜ合わせた化け物へ杖を向ける。
たったそれだけの動作で、映像の向こうの老人が爆ぜて血潮をぶちまけながらそれ以上喋らなくなった。
他の殲滅者も喋らなくなった。
「他に何か言いたいことはあるか?」
『答えを示さなかった奴は殺す』
一番最初に喋ってしまった老人に冥福の祈りを捧げつつ、魔王の横暴な態度に辟易する。悪人を模して造られた僕らよりも十二分に悪人だよまったく。
なんて口に出したら殺されそうな事を思いつつ、魔王へ元気いっぱいに挙手する。
「はい、魔王様。 僭越ながら申し上げます。 魔王様は我々を試そうとお考えなのですか?」
「……どういうことだ」
「我々殲滅者を倒せる冒険者がこの世界に存在するのでしょうか。答えは否、ステータス的にもスキル的にも勝てるようにゲーム設計されていません。つまり、この世界で我々に勝てる存在は限られています」
「ふむ……」
「魔王様、そして我々殲滅者」
わざとらしく指を折り、円卓と魔王の視線を集める。
「そして、守護者」
その一言で周囲がざわめくが、魔王が杖を地面に叩くことによって瞬時に沈黙する。
「それはありえない」
魔王が瞬時に否定する。勿論そう答えるのを知っているからこそ、わざと守護者の名前を出した。魔王は頭が良い、だがその頭が良さのために、一度否定した考えは簡単には覆さない。
「守護者のベータテスト時の設定をコピーしたのが貴様たち殲滅者だ。 人工知能の出来を比べてもはるかに上。 負けることなどありえない」
「それならば、このゲーム内ではソラモンが負ける道理はありません」
にこにこと微笑みながら魔王を見つめる。魔王は思い悩むようにあごに手を当て唸る。その状態が数秒続いたのち、魔王の眼光がきらりと光る。
「ゲームマスターの外部からの干渉か。 奴め、裏口を仕込んでいたとはな」
バックドア。 例えるのなら家主しか知らない非常口といったところか。
本来のゲームマスターが外部からアクセスして、チート能力やデータ改ざんで冒険者をサポートしていると魔王は考えた。まあ、悪くはない推測だろう。正解から外れている点は除いてね。
「私は裏口の痕跡を調べる。 貴様たちも、十二分に気を引き締めて対処せよ」
『話は以上だ、解散』
「「「「はっ!」」」」
魔王が玉座から立ち上がり、杖を振れば姿が一瞬で消え去る。
76名となった殲滅者は消えた魔王を見送るように一斉に頭を下げて、映像通話魔法を切る。
「ふぅ……」
魔王が単純でよかったと手放しには喜べない。魔王は頭が良い、すなわち馬鹿ではない。
いずれはバックドアなんてない事なんて気が付くだろうし、記録を洗いざらい調べまくればサテンの行動記録に辿り着くだろう。
だが、VRゲームの記録だ。現実に近いために無駄な行動すら拾い上げるその記録は膨大であり、一つ一つ調べるにしても二週間以上はかかる……いや人間なら途中で投げ出す可能性だってある。
ひとまず、そんなところで僕の役割は終了。あとはサテンの行動次第───
「サタン君、ちょっといいかしら」
突然僕の真横に四角い画面が浮かび上がる。相手はあの無駄乳サキュバス女。
まったくいきなり映像通話魔法だなんて失礼な奴だ。
「なぁに? 僕も忙しいんだけど」
睨むように目を細め、彼女の顔を見つめる。
うわぁ、さっきは離れて見えてたけど近くで見ると化粧濃いなぁ。
「グランレイスのクエスト、あなたも参加しないかしら?」
「グランレイス。 ああ、大規模クエストの奴だよね。 君が企画した」
「そうそう、私が企画した奴。 人間をいたぶってあげる最高の奴よぉん」
「うーん、今回はパスパス。 こっちもソラモンが残した魔導書の後始末があるし」
「残念ね。 魔王様から褒められるチャンスなのに」
「時間はたっぷりあるし、褒められるチャンスはいくらでもあるさ」
君のところに、守護者を送り込んだよと言えたら言いたい。
このサキュバス女が顔を歪めて恐怖する様を眺めたい、絶叫しながら死にゆくさまを嘲笑しながら見つめたい。
……ああいけない、こういう計画性のない考えでは魔王を倒すことなんてできない。
冷静になれ、理性的になれ、落ち着け僕。
「それで、グランレイスの企画ってどんな趣向を凝らすの?」
「あら、ネタを聞きたいの? うふふ、待っていれば後で報告するのに」
「今聞きたいかなぁ。 暇だし」
「もう、さっきは忙しいって言ったのに。 でもそこがサタン君の魅力よね。 いいわ、教えてあげる。 今回の企画はね───」
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アーカナ王城。 玉座の間。
盗賊王、いや元盗賊王ことトゥエルブは積み木で遊んでいた。
否、積み守護者で遊んでいた。
「うっし、絶妙な角度! これは中々に芸術点が高いぞぉ!」
丁の字で固まる守護者を積み木代わりにし始めること数刻、彼は見事な作品を完成させる。
それは白く眩い光を放ち、王城の外壁の輝きすらも凌駕するほど美しい金属の輝き。
使用人数46名の大作『ドラゴン』の誕生である。
「いやぁ、人間ってこれくらいできるんだなぁ。 流石守護者だぜ、鍛え方が違う」
鉄のように固まった両手を取っ掛かりにし、多くの同胞をパズルのように組み上げた大作『ドラゴン』。
普通の人間ならば体重負荷で骨折するような無理な態勢を強いられているが、守護者としてのステータスの高さが災いし完璧なドラゴンの形を維持してしまっている。
「芸術点が高いところとしては、竜騎士であるスリーを騎手に見立てて、その弟であるフォウを鞍に見立てたところだなぁ。 いや、尻に引かれるってこんな感じかぁ」
勿論、トゥエルブにも同胞を思う気持ちはある。
彼らが次の瞬間動き出してトゥエルブをぼこ殴りにしてもトゥエルブは甘んじて受け入れる腹積もりなのだ。
そう、これは彼ら守護者を怒らせて、王命を破らせようという高度な戦略なのである。
声をかけても、罵倒しても動き出さない同胞の姿に、悲しみを抱いた末の己を賭した決意の表れ。
「次はどうするかな。 76名全員使っちまうかぁ?」
きらきらと子供のような楽しそうな眼をしながら、次の作品の構想を練るトゥエルブ。
サーティンことサテンと約束したことや、当初の計画も忘れ、己の探求心のまま行動する。
そんな彼がふと一人だけ積み木に使用していない守護者がいることを思い出す。
「ああ、そういえば、ツーの奴を使ってなかったなぁ」
彼が視線を移せば、ただ一人その場から動かさなかった白き鎧の乙女を見やる。
聖女ツー。王都大礼拝堂を管理し、大教皇ファイブを補佐する聖職者。
死刑執行人サーティンと力を合わせて、脱獄した盗賊王トゥエルブを捕縛した者。
色々因縁が深いツーを積み木代わりに使うことはトゥエルブにとっても憚られることだった。
だが、たががはずれた今の彼に最早敵はいなかった。
「ふふふ、あんときの借りを返させてもらうぜ、ツーさんよぉ」
トゥエルブが意地の悪い笑みを浮かべて、彼女の肩に触れる。
その瞬間。
「ギャアアアアアアアアアアア!!!!!」
天罰が下った。
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