最強騎士、再びパーティを組む
グランレイス村。
そこは王都の南に広がるアーカナ大草原の中にある村であり、王国中の死者たちを眠らせるための大墓地を管理する霊園だ。
そんな場所であるために穢れた土地とされ、周辺には蠢く死者や浮遊する死霊などのアンデッドの類が常に村の周囲に残留している。アーカナ大森林と比べればはるかに危険な場所ではあるが、冒険者の間ではアーカナ大森林で経験を積んだらこのグランレイス村付近でクエストをこなすのが主流とされているようだ。
冒険者たちとしてはただの踏み台に過ぎない場所かもしれないが、アーカナ王国から見ればこの土地ほど重要領地は他にはない。何故ならば、この土地が穢れ続ければ無限とも思えるアンデッドを呼び寄せ、生み出し、王都に攻め入ってくる可能性があるのだ。
アンデッドに知恵はないが、それが魔物たちに使役されれば守護者でも殲滅に手こずり、無辜の市民を傷つけてしまう可能性がある厄介な相手である。
そうならないようにするため、王国はグランレイスに高位の聖職者を派遣し、彼らの祈りで穢れた土地を定期的の浄化するという事を続けていたのだが、赤い空が天を覆うこの混迷の世の中で浄化を行えるものは存在しない。
その結果、溜まりに溜まった土地の穢れはアンデッドを多数呼び寄せ、グランレイス村の存亡の危機に至るというわけだ。
「そういった理由で冒険者様には是非ともお力をお借りしたいのです。 クエストは集会所の掲示板に情報が乗りますので詳しい詳細はそちらでご確認ください」
冒険者集会所で多数の冒険者に囲まれながら、王都大礼拝堂管理者のリリが粗方の事情を説明する。
説明を聞いた冒険者の一部は渋い顔をして、一部は真面目な顔で、一部は緊張した面持ちで話し合う。
「グランレイス、あったなぁ。 そういうクエスト……」
「ベータテストん時に派遣される王国の聖職者をキルして、意図的に引き起こすのとかやったよな」
「出現するのは初心者でも倒せるゾンビとかゴーストだけど、物量がやばいんだよな」
「引継ぎベータテスターチームだけじゃ絶対足らん。 参加できる初心者には参加してもらおう」
「いや、デスゲームだぞ。 どんな不測の事態に陥るか分からない上に内容が変わっているかもしれない。 今はアーカナ大森林でレベル上げをしてもらう方がいい」
「ど、どうしよう、ファイ君。 グランレイスって私でも参加できるのかな!?」
「参加できるだろうけど、うーん……」
冒険者集会所は苛烈な議論の場となる。一人一人の声の波が周囲をざわつかせる。
私はそんな様子を遠巻きに眺めながら、運び込まれたステーキを食べつつ、グラスに入れられた山羊のミルクを口に含む。
行くか行かないか、という議論ならば私はグランレイスに行かなければならない事情があるのだ。参加する意思はすでにあるため、議論よりもこうして休憩をかねて食事を行った方が効率が良い。
「……あ……、……ぉ……」
自らの食事が作れないのは難点だが、この集会所のマトンステーキは中々に美味だ。
アーカナ大高原で育てられた柔らかいマトンの肉を噛みしめるたびに旨味が口の中に広がっていき、霜のような脂肪はフルーツを思い起こさせるように甘く、その旨味と甘みに交わる香辛料を効かせたソースが三位一体の三連攻撃を仕掛けてくる。そして、いつの間にか霧のように消える。
まるで、浮遊する死霊だ。 ───私は戦ったことはないのだが。
この浮遊する死霊ならばいつまでも戦っていたいと思わせる至福の時間だ。
食べては消え、食べては消え、土地を浄化する聖女のように無心にステーキを口に運んでいく。
「あのぉ……ごめんなさい……」
ふと、気が付けば目の前にフードを被った灰色の髪の少女が暗い表情を浮かべて座っていた。
存在感の薄さと消え入りそうな声、そして禍々しい形をした杖があの世の住人のように見えてしまう。
まるで、浮遊する死霊だ。 ───私は戦ったことはないのだが。
ステーキを食べる手を止めて、彼女の目を見る。
「えーと、その……君も、グランレイスのクエストに参加するのかなって……でも、優雅にステーキ食べてるから違うのかなぁって……」
もじもじと手を握りしめながら、私の視線に気が付けば目を合わさないように視線は横に逸らす。実に怪しい挙動である。
「いや、私も参加する予定だ」
「そ、そうなんだぁ……じゃ、じゃあ一緒にパーティく、組まない?」
「パーティか……」
パーティを組むメリットはある。小隊通信魔法は距離に関係なく連絡が可能であり、パーティメンバーにだけ付与できる魔法もあるらしいというのはストーラ達から教えてもらったことがある。
だがしかし、ガーディアンであることを悟られる可能性が増えるのは憂慮すべきだろう。サタンにも釘を刺されたのもあるが、ここは慎重に答えを
「……ごめん。 やっぱり、私みたいなコミュ障じゃいやだよね。 ごめんね、ごめんね……」
「いやいや、待て待て。 何故に立ち去るのか」
答えを出す前に立ち去ろうとするフードの少女の肩を掴んで止める。
少女はびくりと身体を震わせて、こちらに振り向く。
「だ、だって……なんか悩んでたみたいだし、わ、私みたいなソロ専門の冒険者なんかとは組みたくなさそうだったし……」
「確かに悩む要因はあったが、人柄がどうとか経験がどうとかが絡む問題ではない」
「そ、そうなの?」
「そうだ。 だから、あなたの提案を受けよう。 ただし、クエスト中の出来事に関しては全て内密にしていただきたい」
パーティを組もうと言ってくれた相手に対して条件を提示するのは少々心苦しいものを感じる。しかし、ここでパーティを組まないという選択をした場合、目の前の泣きそうな少女を見捨てることとなり、それはもっと心苦しい。故に妥協した、彼女の口が硬い事を祈ろう。
「う、うん、わかった。 それじゃあ、よ、よろしく。 私はネクロ……」
「私はサテンだ。 よろしく頼む」
「え、えへへ、やった。 こ、これでみんなの役に立てる」
ネクロと名乗る少女の顔がそこはかとなく嬉しそうに見える。
不思議な雰囲気を醸し出すネクロ、騎士の直感だが彼女は信頼してもよいだろう。
「刮目せよ!!!」
議論をしていた方向から、ドラゴンの咆哮を思わせる一声が響き渡る。
白い兜と白い鎧に、白い剣を携えたまるで守護者を思わせる姿の冒険者に皆の注目が集まる。
「グランレイスクエストは自由参加! ただし、初心者の参加目安はレベル5以上、かつパーティは組むこと! できれば後方支援の合成職人も参加して欲しい! 以上!」
どうやら、あちらの議論もまとまったようだ。議論で白熱していたある意味で秩序だった喧騒が、一気に無秩序の喧騒となり集会所を声で埋め尽くす。
「レ、レベル5以上。 ま、まあ、適切、かな。 ……サテンさんはレベルいくつ?」
「私か? 『インターフェイスオープン』」
ユーザーインターフェースを開き、自分のレベルを確認する。
冒険者のレベルは敵を討伐するたびに経験値とやらが手に入り、それが一定以上溜まればレベルが上がるらしい。奇妙な概念だが成長を数値で示していると考えれば分かりやすい。
私がこれまで倒してきたコボルト、そして殲滅者のソラモン。コボルトは有象無象の奴らだったが、ソラモンはこれまで戦った中で最強の存在とも言える。体感的にはレベル5くらいは軽く越しているはず……はず……はず……。
「……レベル2だ」
「Oh」