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そうだ、魔王になろう。

作者: 暁さんち

 吾輩は普通の人間である。

 名前は…忘れた。たぶん女であった。


 記憶が曖昧ではあるが、どんな思想を持っていたかは覚えている。

 極々普通な人間であったのは先に述べた通りだが、やや危険な思想を抱えていた。


 天災が好きだった。


 台風から始まり、爆弾低気圧なんて聞くと胸を躍らせた。

 学校が休校になった日にはわざわざ外に出て全身で風雨を受けて悦んだ。

 いっそ地球が滅亡したらいいのに、と思っては何をくだらない事をと笑った。


 そんな厨二臭い気持ちを引きずって、気がつけばイイ年になり白髪染めをするようになっていた。

 眉を上げれば額に皺が見える。少しほうれい線も気になる。


 そんな日々は今日でおさらばなのだ!




 とある異世界、魔方陣からそれは現れる。



「魔王様、ようこそ御出でくださいました。新たな魔王様の御誕生を心より喜び申し上げます。」


 目の前には悪魔です。って感じの蝙蝠っぽい羽を生やした黒髪のイケメンがいる。

 ふと自分の手を見れば白く細い指があり、徐々に自分の体を見れば豊かな胸に銀色の髪が見える。


 おぉぅ、裸か。


 見た感じは肌理細やかで美しいスタイルをしている。

 さて、顔はどうか。


「鏡はあるか?」


 初めての言葉がそれとかちょっと無いよね。ナルかよ。


「これは気がまわらず失礼致しました。私の物で僭越ですがこちらに。」


 手鏡を受け取り確認すれば、銀髪で紫色の瞳、形の良い唇、スーッと通った鼻。

 これはなかなか。

 睫毛で風を起こせるかもしれない。


「魔王様、何千年ぶりの女型でして、その…ご用意しておりました御衣装は…」

「良い。自分で纏う。」


 ああ、夢にまで思い描いた魔法!


 何をどうすればいいのか体が覚えている。

 魚がエラで呼吸するように、鳥が空を飛べることを知っているように。

 魔法を自在に操り、黒いロングワンピースを身に付ける。


 私は魔王だ!


「おぉ!御生誕すぐに魔素を自在に!流石は我らの魔王様にございます!」

「ふむ、そう煽てるでない。」

「いいえ!決して媚び諂いではございません!」


 古文書を紐解いても始めからどうのこうのと喋る彼を観察する。

 ふむ、少し彫りが深くてハーフモデルのようだ。


「名を何と言う?」

「は、私に名はありません。便宜上、宰相とだけ呼ばれております。」

「そうか…黒いからゴア…いや、マガラと名付けよう。お前は今日からマガラだ。」


 そう言い切ると急に立ちくらみのような感じがして、目の前にいたマガラが淡く光っている。

 これが名付けってやつか。


 マガラを注視していると驚いた顔から、感動した表情へとなり終いには泣き出した。

 え、泣いてる男ってどうすりゃいいの?


 涙を止めたくてマガラの目の下を親指で拭う。

 よく見れば瞳は黒ではなく紺碧であった。

 マガラはまた驚いた顔をして、泣きながら笑った。

 顔の忙しい奴だな。


 マガラが落ち着いてから私室や世界を見渡せる監視塔などを案内してもらい、準備が整ったという玉座の間へと導かれた。

 誕生した魔王を目に焼き付けようと魔族の重鎮達がフロアいっぱいにひしめき合っている。

 ゲームから出て来たような異形やら、人を魅了させる様な美人達が見える。

 所々からオォと聞こえるのは私が女型で珍しいからだろう。

 玉座に座ると皆は一斉に片膝を付いて私を迎える。


「皆、よく集まってくれた。私はこの世界を魔族溢れる混沌の世界にしようと思う。」


 そんな言葉に歓声が上がり、そして次の言葉を待つように静かになる。

 よく訓練されているなと妙に感心した。


「あー、実の所、まだ色々と把握していない。」


 何せさっき生まれたばかりだからな。と言えば笑いが起こる。

 本当にここどこのスタジオ?


「だが皆が居ればこの世界を掌握する事も不可能ではない。」


 私について来てくれるか?と問えば、フロアさえ揺らす程の咆哮が響いた。

 掴みは上々。


「さて、私が生まれたと言うことは…勇者も生まれた事であろう。(勝手な推測)皆にはまず偵察を兼ねて勇者を探して貰いたい。そして、殺さずに私の下へと連れて来るように。」


 一度勇者ってのを見てみたかったんだよなー。

 きっと棍棒と鍋の蓋あたりから始まるんだよ。楽しみだな。


 魔王と言えば勇者、勇者と言えば魔王。


 オラ、わくわくすっぞ!




 *****




 それから数日経ち、魔王って王様みたいなものだと痛感していた。

 執務室で魔族の嘆願書への回答、古いダンジョンの整備、魔族間の争いを諌めたりと…

 もっとこう…泰然と悠々自適に暮らしているもんじゃないの?


 書類と睨めっこしていると、部下の一人がある報告を持って来た。

 人間国側と魔族との間にあった小さな集落が、いつの間にやら大きくなり領主も得て魔族側に領土を広げて来ているという。

 焼き尽くしますか?と部下が目をキラキラさせて見てくる。


 事件は執務室で起きてるんじゃない、現場で起きてるらしいので行ってみることにする。

 書類の整理に飽きたとかそんなんじゃない。決して。ええ、決して。


 監視塔からその村を確認し、旅装束に着替えてからイメージを膨らませ魔素を巡らす。


「転移」


 ぐにゃりと視界が揺れて、地に足がつくのを確認して目を開けると先程見ていた村はずれに着いたようだ。

 痩せてガリガリの犬が尻尾を丸めてよろよろと遠ざかって行く。

 その後ろを着いていくと、あばら家が建ち並んでいる通りに出た。

 人は多いが皆の覇気は無く、下を向いて歩く者ばかりだ。

 食事処らしき所に入って行くと、人を値踏みしてくるマスターに料理を注文する。

 前払いらしく、ポケットに手を入れて空間魔法を使う。人間国のお金がある蔵に手を突っ込み銅銭を取り出す。


 干し肉のポトフとワインを頼んだはずが、薄いスープに水増しワインが出て来た。

 こんなものかと納得しつつ、残したい料理にどうしようかと頭を悩ませる。

 そこへ料理を運んで来た少年が目配せをしてくる。


「君、ここの息子さんかい?」

「あっ…いえ、小間使いです。」

「そう、あのさ、お腹いっぱいになったんだけど食べてくれる?」

「えっ?」

「嫌かい?」

「いいえ!食べます!」

「ありがとう。食べ終わってからでいいんだけど、この村について教えてくれないかな?」


 二人でマスターに目を向けると、マスターは静かに頷いた。


 少年の名はショーン、村の名はキラグ。最果てのキラグと呼ばれているらしい。

 元々は田畑を継げない次男三男の寄り合いだったのがいつの間にか人が増えて、税を徴収する為に領主も宛てがわれて村になったらしい。

 しかし、ここ最近は雨が少なく野菜も病気がちで収穫量が減っているのにも関わらず税収は変わらない。

 皆、腹を空かせる毎日なのだとか。

 そして領主は悪行三昧というテンプレまでどうもありがとう。


 ショーンにチップを渡し、領主の屋敷に忍び込む。

 忍び込むと言ったが魔法で不可視にしただけで、勝手にドアが開いたり帳簿が浮かんでるのは見えるのでポルターガイストって感じだ。

 二重帳簿を見つけた時に遠くで悲鳴が聞こえた。

 声を頼りに近づいて行くと、謝罪を繰り返す女性に太った男が鞭を振り上げている。

 鞭が振り下ろされる瞬間、風魔法でその男を突き飛ばす。


「だ、誰だ!」

「いやはや、魔物より魔物らしい。見習いたいものだ。」

「何を言う!こいつを捕まえろ!」


 その言葉に私兵がわらわらと集まり、剣の鋒を向けられる。

 全てはイメージだ。

 彼らの剣が熱くなり、どろりと溶けて床に落ちる。

 赤い絨毯が焼け焦げて嫌な匂いが部屋に広がる。


 イメージだけで何でも出来るこの世界は素晴らしい!

 悦に浸っていると、周りの者達が腰を抜かして床を這い蹲っていた。


「領主、言いたい事は一つだけだ。我ら魔族側に領土が広がっている。今すぐに戻すか、我らに取り込まれるか…どちらか選べ。」

「ひぃぃ…ま、魔族…」

「そうだ。私は魔王である。」


 そう言えば領主は失神してしまった。今すぐに答えを得られないようだ。

 そうだ、選挙をしよう。


 領主の屋敷の屋根に上に立ち、声を風に乗せて村人を集める。


『あーあー、テステス、私は魔王だ。これから村の未来について決めようと思う。領主屋敷前に集まれ。』


 その声に恐る恐る集まった村人達が屋根から門の上に飛び移った魔王に腰を抜かす。

 強制的に逃げられないようにしてしまったようだ。


「先程言った通り、この村の未来について決めたいと思う。この村の領土が我ら魔族側に及んでいる。今すぐ元に戻すか、この村ごと我ら魔族の支配下になるか。お前らに決定を委ねよう。」


 これで早々に侵犯は改められるだろうと考えていると、這い蹲っていた男が奮い立って声をあげた。


「魔族の支配下になったらこの村はどうなる!?」


 可哀想な程に震えている男に目を向け、んー?と考える。


「そうだなぁ、税は要らん。あー、でも、たまに料理したいから一割は取るな。領主はこちら側の者になる。後は…特にない。」


 その言葉に村人達がどよめく。

 本当か?信じてもいいのか?何か裏があるのだろうと小さな声が聞こえてくる。


「では、採決を行う。東側が領土を戻す。西側が魔族の支配下になる。さあ、この門より分れろ。」


 満場一致で西側となった。解せぬ。


 面倒を抱えてしまったと苦い気持ちを抱えて、元領主に会おうと屋敷に入れば金銀宝石を袋に詰めている所であった。


「おい、この村は我が領土となった。お前は…どうする?」


 またも領主は失神したので、首根っこを掴んで帳簿と共に王都へと転移した。

 きっと報告が必要だろうから親切心だ。


 王都の城の前に元領主を置いて、我が城へと転移する。

 すぐにマガラを呼んで、事情を説明すると見た目が人に近い?サキュバスを村の領主にする事に決まった。


 また書類との睨めっこの日々か…

 数日が経ち、とーっても退屈だったので私室の本棚をあさってみる。


『初めての魔王』

『誰でも出来る魔法-初級編』

『簡単楽ちん今すぐ出来る錬金術』

『楽しい魔族図鑑』


 何このラインナップ。

 とりあえず錬金術の本を手に取ってみる。

 開けばエリクサーとか、オリハルコンだの何だのと書いてある。


 用意する材料が書かれているが、膨大な魔素から生み出すことも出来ると書いてある。


 魔素ねー。原子みたいなものなのかね。


 とりあえずエリクサーを作ってみよう。

 手のひらに魔素を集め、エリクサーをイメージして…出来た。


 簡単過ぎる。でも効果が分からないから慢心しないでおこう。

 エリクサーもどきを異次元ポケットにしまって、これをどうしようかと考える為に窓に目を向ける。

 今日も天気がいい。


 そう、今日も。


 何だか強い日差しにイラッとしたので、竜巻を起こす。

 アメリカに現れるあの大きな竜巻をイメージする。

 空が急に曇り、天と地を繋ぐ太い竜巻。

 竜巻は自分の意思を持つかのように踊り東の方へと移動して行く。


 私は酷く興奮していた。

 あの天災を自分が起こしたのだと。


 興奮のあまり、私は竜巻の横を飛んでついて行った。

 どの様に木々を倒し、どの様に消えて行くのか。


 竜巻のあるがままを眺めていると湖に差し掛かり、湖さえ吸い上げて踊り出す。


 何て素晴らしい!


 だが、そんな素敵な時間もそろそろ終わる。

 竜巻は徐々に力を無くし、吸い上げた水も重力に逆らえずに落ちて行く。

 一緒に吸い上げられた魚も水棲の魔物も地面へと叩きつけられた。


 あ〜ぁ〜、もっと見たかったな。


 ふと騒ぐ声が聞こえて下にピントを合わせると、キラグの人達が喚いていた。

 そう言えばキラグ村まで来ていたのか。

 迷惑を掛けたかと下に降りれば、何故か酷く感謝をされた。


 乾いた土に水が与えられ、魚や魔物まで支援物資をありがとう、だってさ。

 魚は食べるとして、魔物は素材や魔石も取れるし食べられる部位もあるとか。


 なんだか居心地悪いが、このまま執務に戻るのも嫌で村を見て回る。

 領主のサキュバスが慌てて現れたが、無視して以前に行った食事処へ向かう。


 前と同じポトフもどきとワインを頼む。

 お、今日は前のより塩が効いていて良くなってる。ワインも雑味が少ない。


 ふと視線を感じて顔を上げれば、ショーンと目が合った。


「魔王…だったんだね。ねぇ、魔王って何でも出来るんでしょ?」

「魔王ではあるが、何でもって所は試験中だ。」

「母さんの病気も治せる?」

「分からない。」

「ダメでもいい、少し母さんを診てくれない?」


 二人でマスターに目を向けると、マスターは静かに頷いた。



 店から少し離れて空が少し見えるあばら家に案内される。


「母さん、魔王様だよ。母さんの病気を診てくれるって!」


 その言葉に薄っぺらい布切れから這い出そうとする女性を手で制す。


「治せるかどうかは分からない。 」


 でも…とポケットからエリクサーもどきを取り出してみる。

 それをそっとショーンの手に握らせた。


 ショーンは頷き、女性のもとへ行って少しずつ飲ませて行く。


 飲ませ終わると、女性は嬌声のような声を上げる。

 失敗だったか?と観察していると、女性はどんどん色艶良く健康的な肌になる。


「母さん!大丈夫?!」

「あ、ああ…ショーン…とても若返った感じがするわ。まるで子供時代に戻ったみたいよ。」

「良かった!良かった!魔王様、ありがとう!」

「魔王様、私のような者に大切なお薬をありがとうございました。」


 先程まで起き上がるのも辛そうだった彼女は、布切れから這い出し頭を下げていた。

 エリクサーもどき、エリクサーだったのかなぁ?


 まあ、いいか。と空が見える屋根を見上げて、とあるテレビ番組を思い出した。


 テレレレ〜ン〜♫


 匠が思い付いたのは、日差しが柔らかく降り注ぐ中庭を眺められるリビング。

 木材の柔らかな雰囲気が家主を癒します。


 やっちまった。


 ガラス張りの窓…。せめて防弾にしておくか。

 カーテンも付けてプライバシーもバッチリ。


 じゃなくて。


 二人を振り返ると呆然としていた。

 私のイメージは布切れも毛布に変えて、ソファやクッションまで完璧だった。


 私のイメージってすっごーい。


「「あ、あの…魔王様?」」

「済まない。つい興が乗ってしまった。」


 元に戻すと言うと二人にめちゃめちゃ引き止められたので、気に入ってくれたのだろう。


 半ば逃げるように城に戻ると、満面の笑みを浮かべたマガラが書類の山を渡してくれた。


「魔王様、私が付きっ切りで補佐致しますので頑張ってくださいね。」

「…はい。」


 そして今日も書類との睨めっこ。

 魔王とはかくも忙しい。


 だが、前世よりも楽しいのは確かだ。




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