在るものは機械か、人間か
初投稿です。宜しくお願いします。
「ここ、か」
泥々の感情が渦を巻き、滲み出す車内。曇り汚れたドアが開き、抜け出される体。駅のホームに射し込む薄暗い朝日、乾き切られた薄墨のアスファルト。それら全てを漆黒で塗り、踏み、潰した、青年。黒髪、黒目、華奢、塩顔、影は濃く、薄く。しかし掴み取れる有機物、無機物。でもない他の、何か別の暗黒物質の様。
青年は北東前方を見渡す。其の先には急斜面の道路、沿いを埋めるように精緻に並べ建てられた住宅街。急斜面の頂上に聳え立つ亜麻色の精巧な建造物、堂々とした門、それら全てを囲む赤レンガ壁。スーパーや飲食店は見当たらない。コンビニさえも。まるで未完状態で置かれ、手放させられた芸術作品。だが総てが完結されている、次元を部分的に隔離した世界。
「くろ、行こう」
耳元を澄んだ声色がワームホールの如く吸い込み、響き渡る。振り向くと貧相を僅かにも感じさせない。陰を突っ張ねる光輝を纏う、青年。
茶髪、茶目。俺同様の体付きと、強気なプライドを前面に表す顔、劣らない髪型。確か橋本孝文といったか。
「ああ」
駅ホーム中央に位置する階段を降り、未だ新装の整理された改札を出、少し歩くと目前に広大なロータリーが広がる。見渡す限りを黒車が占め上げ、多種多様な面々を持ち合わせた学生が、静寂のまま、犇めき合う。
しかし有るはずの物が無い。
タクシー、バス、ワゴンやボックスの乗用車。バイク、自転車、鮮やかな色彩に包まれた高級車、さえ。唯唯、存在するのは黒車のみ。其も全てに運転手が付き、黒車の前方に立ち尽くす。ゲーム上のNPCよりNPCらしく、無感情に、機械的に。
「普通じゃない」
「怖い」
大多数の常識人ならば、誰もが自然に出る言葉。憶して呼吸すら忘れる場景。
俺には出ない。変わったのだろうか、俺も。
橋本は俺同様に動じていない。其れ処か、この場景を平然とした目付きで見渡し、自身の黒を見つけるや否や、早々と歩いていく。
……………
「くろ、行かないのか」
「……ああ」
「行かないのか」
「行くのか」
「行くよ」
「なら早く来い、俺の荷物は既に積んである。あとはお前だけだ」
少しぼうっとしていたらしい。停止した脳裏から覚める迄に少々時間が係った。肩に掛けて置いたダッフルバックは橋本が持ち、足早に車へと持ち去っていっていた。俺は其光景を暫し眺め、身軽な足を、車へと向かわせた。