夏影に迷う
こんばんは、神崎漓莉です!
第3話を投稿しました♪ よろしくお願いします!!
子どもの頃、夏休みはいつだって早く過ぎて、最後の日には「また最初の日に戻ればいいのに!」なんて言っていた。だって、学校がなくて自由な時間なんて最高だって思ってたから。
でも、今年の夏は何だか妙に長くて。
ううん、一応理由はわかってる。
まだ8月の半ばであることを突きつけてくるカレンダーと、携帯の予定帳を見ながら思わずため息をつく。
今日は、手島くんとのデートの日。
というか、今週に入ってからはほぼ毎日手島くんと会っている。それで、いろんな所に行って、いろんな話をして、いろんなことをした。ただ、そういうことの積み重ね。
もちろん、楽しい。
手島くんは優しいし、たぶんほんとにわたしのことを好きでいてくれているのだろう。
それに、わたしもこういう風に出かけたり、遊んだりする男子は手島くんがいい。たぶん、ほかの男子だとあんなに楽しく遊べないような気がする。
ただ自分で行くだけじゃ何も感じないような動物園とか博物館とか、公園とかも、手島くんと話したりしながらだとけっこう楽しい。買い物に行ったって色々な珍しい――わたしじゃ買わない感じのものとか、手島くんの趣味に触れたりできるのも楽しい。一緒に見た映画の感想を後で話したりするのも、たぶん手島くんとだからそれなりに楽しいんだと思う。
だけど、1番楽しいか……というと、そうなのかな、っていう感じで。
1年生のときとか、1学期とか、彼氏がいる友達からさんざん自慢されてきたけど、そのときに聞いていた「好きな人とだと何してても楽しいっていうか、控え目に言って……幸せ?」なんていう言葉と、わたし自身の今を比べてみる。
「………………」
たぶん、わたしはあんな風になれない。
わたしがおかしいのか、手島くんだからなれないのか、それはわからない。
手島くんのことを好き……っぽい気持ちはあるにはあるのに、それでも何してても幸せだとか、手島くんが何を考えているのか気になる、だとかそういうものは全然湧き上がってこない。
言っちゃえば、普通に女子の友達とか幼馴染の詩音と遊んでいる方が楽しいと思うこともあるし、むしろ手島くんだとしても男子相手だと気を遣ってしまうようなこともあったりして、楽しいには楽しいけれど、少し疲れてしまうこともある。
性別が違うことから生まれる些細な齟齬が、積み重なっていくような感じもしていて。
そして、手島くんにもそれは伝わってしまっていたらしくて。
「なぁ、彩良はさ、俺といて楽しい?」
デートが終わってから帰り道でそう訊かれたときに、「楽しいよ」と返した声は、自分でもわかるほどぎこちなかった。
「何かどっかうわの空っていうか、いつも困ってるっぽいっていうかさ……。何か、あんまり楽しそうに見えなくてさ。俺がわかんなくなってくるんだよね、彩良といて楽しいのかなって」
沈んだ声は、きっと今日のことだけではなくて、付き合うようになってからずっと彼の中にあったものが吐き出されているような響きだった。それに申し訳なさを感じることも躊躇われて、わたしはただ黙ってそれを聞いていたけど。
「こんな関係にならない方が、よかったのかな……」
その言葉だけは、彼の口から聞きたくはなかった。
「関係を変えたのは、どっちなの?」
思わず漏れた声はそのままわたしの中にドロドロとわだかまっていた感情まで引っ張り出してきて。
「わたしだって、別につまんなくしようって思ってるわけじゃないよ! でも、今まで通り友達じゃダメなんでしょ!? そんなの、よくわかんないし……! 大体わたしは手島くんのことそんな目じゃ、」
それ以上は言っちゃいけない。
慌てて口を噤んだけど、わたしたちの間に訪れた沈黙は晴れなくて。
その日の別れ際、手島くんがわたしにキスをしてくることはなかった。
『そうだったんだ……。大変だったね、彩良ちゃん』
「うん。ごめんね、ずっと聞いてもらっちゃって」
夜、詩音に通話をかけてからしばらくの間、今日のことを話していた。
詩音は時々相槌を打ちながら、ずっとわたしの話を聞いてくれていた。途中で思わず泣き出してしまっても、話の続きを急かすようなことをするわけでもなく、わたしの気が済むまで待ってくれて、まとまらない話も気長に聞いてくれた。
『そりゃそうだよね、友達だって思ってたのが急にそんな風に言われて、恋人になって……。よくわかんなくなるのだって無理ないよ』
「うんうん、ほんとそう! それで恋人にならなきゃよかったのかな、とかさ……? わたしだって一応手島くんのことそう思おうと頑張ってるのに……」
『そうだよね、やっぱり困っちゃうよね……』
電話越しに聞こえた声が、さっきまでと何か違うような気がして。
「ん。詩音、どうかした?」
『えっ?』
「もしかして、詩音も何かあったの? わたしでよければ、全然聞くよ」
小さい頃から、そうやってきたんだから。
詩音はベッタリしてきたりするわりにそういう悩み事とかを積極的に言ってくれるような子じゃなかった。だから、わたしがちょっとした様子の違いとかで察して聞いていた。そうすると、大体なんでも話してくれて、一緒に解決して……という風にしてきた。
友達がそんなに多くない詩音だから、きっとまた相談できずに悩んでるのかも?
さっきまでわたしの話を聞いてもらってたし、今度は。
そう思って訊いた、その答えは。
『ううん、大丈夫。何でもないよ?』
思っていたよりもずっとあっさりしたもので。
その後二、三言だけ話して通話が切れて。
後に残ったのは、詩音とわたしのツーショットが映し出された待受画面に切り替わった携帯を見つめているわたしだけだった……。




