かげろう
こんばんは、神崎漓莉です!
2話更新しました♪ よろしくお願いします!!
蝉の声がじりじりと響いて、耳から暑くなっていくような夏の駅前ロータリー。
そこに息を切らして走ってきたのは手島くん。一応、わたしの彼氏だ。
「ごめん……! 待った?」
「ううん、全然」
申し訳なさそうにしているその姿はきっとわたしだけに向けられるもので、それはたぶん、喜んだり……そこまでいかなくても、何かしらのものを感じてもいいようなものなのかも知れない。
だけど、わたしには、手島くんのことを「恋人」なんていう特別な見方に変えられるまで時間がかかっているみたいで……。
「えっと、じゃあどこから行こっか」
はた目から見てもわかってしまうくらいに照れながら、辺りをきょろきょろと見回している手島くん。その合間にちらちらとわたしを見てくる視線の熱がちょっとだけ蒸すような感じがして、思わず意識を逸らしたくなって。
詩音、どうしてるかな……。
つい、ここにはいない幼馴染のことを考えていた。
手島くんと付き合うのに背中を押してくれた友達でもある詩音。
詩音とは、小さい頃からずっと一緒にいた。
同性のわたしから見ても可愛いと思えるような容姿は知り合ったときからのことで、そのせいで好きでもない人から好かれたり、仲良くしたい人から嫌われたり。
幼くて純粋な世界の中で向けられる悪意は、逃げ場を作らないような絡みつき方はしない。
でも、そういうものではない代わりに鋭く心に突き刺さってしまう。
そんな痛みを訴える相手を見つけることも、あまり上手ではなかった詩音。
わたしが知り合ったとき、あの子はひとりで物陰にしゃがみこんで泣いていた。
『だいじょうぶ?』
そう声をかけたときにわたしを見返してきたその目の綺麗さに、思わず見とれて。
握り返された手の柔らかさは、今でも覚えてる。そのときに思ったんだ。
この子のことは、わたしが守ってあげたい……って。
それからわたしたちは、1番の友達になった。家が近かったこともあって登下校もほとんど毎日一緒だったし、クラスが一緒ならほとんどくっついて、離れても休み時間とかにお互いのクラスを行き来したりして、ほとんどの時間を2人で過ごした。
そして、年齢を重ねるごとに詩音はますます可愛くなっていったし、たぶんそのことを自分でもわかっているような振る舞いをすることが増えてきた。
たぶんそれがもとで困ったこともあったんだと思う。
クラスの誰々にいじめられた、だとか告白されて断りたい、とかそういう相談とか愚痴とかを聞くのもいつもわたしだった。話を聞いていると、どうしてそんなことを!?と言いたくなるようなこともされていたり、でもそこには詩音にもちょっと問題があったり、色々な事情があったりして。
あるとき、ちょっとだけ心配になって言ったことがある。
『詩音ってさ、何か隙多いのかもよ?』
『ふーん?』
男子からむやみに好かれるのも、女子からむやみに嫌われるのも、詩音は望んでいるわけではないみたいなのに。だけど、詩音がそうならない努力してるのかはよくわからなかった。
だから、つい言ったことがあった。
でも返ってきたのは、ちょっと軽めの返事で。
『でもさ、彩良ちゃんがいてくれたら、何か守ってもらえそう♪』
そんな風に抱きつかれてはぐらかされる始末で。
『あのさぁ……、わたしだってそんなずっと一緒なわけじゃ、』
『えへへぇ~』
普段の言動も相まってまるで猫みたいな雰囲気の詩音は、あの頃から変わらずわたしにはずっとベッタリで。
たぶん、詩音にはわたしがいないとダメなのかもしれないなー、なんてちょっと呆れながらその甘えきったような笑顔を見つめたりして。
そんな風にして、きっと今に至る。
だから、ちょっとだけ意外だった。
わたしがクラスの手島くんから告白された、という話をしたときに背中を押す言葉が詩音から出てくるなんて思ってなかった。
何というか、詩音はそういうのを止めてきそうな気がしてたから。
まぁ、もう返事をしちゃった後だったし、止められても困るんだけど。
夏休みシーズンだからか、電車に乗ってやってきた水族館は事前に手島くんから聞いていたよりは混んでいた。珍しい形をした深海生物のブースとか、よちよち歩きが人気のペンギンのブースとかを流し見したりして。
生き物に触れ合う場所でビクビクしている手島くんの姿にちょっと笑ったりして、夕方には水族館近くの海浜公園で海とか見たりして、その日のデートは終わった。
楽しかった。
あぁ、楽しかった!
やっぱり出かけるのって、楽しいな!!
…………。
別れ際にされたキスが少しだけ怖かった、なんて。
とても言えなかったけど。