名前をつけられるような関係じゃないけど…
こんばんは、神崎です♪
長い間終わらなかった彩良たちの夏が、いよいよ終わります。彩良と詩音の間で交わされる想いの行き先は、どこに……?
お楽しみください!
「えっ、と…………、」
詩音から返されたそんな静かな声に、わたしは思わず答えに詰まって。そんなわたしに、詩音は心まで冷えてしまいそうなほど冷たい目を向けてきた。
「ねぇ。何なの、彩良ちゃん? 今日、っていうか最近おかしいよ? 手島くんとデートしてくることとかいちいち私に相談してきたり、通じないからって何歳も電話してきたり。……それに、急に好き、なんて言ってきたりするし」
少しだけ、詩音の顔がこわばる。
だけど、わたしが声をかけようとする前にその顔はもとに戻って、また冷たげな瞳になる。それから、ゆっくりと笑顔を作って。
「言えないんだよね、どこが好きか」
そう呟いて、詩音は「私はね、そんなんじゃないから」と静かに言った。
「私はね、人を好きになるってそういうことじゃないと思うの。本当に好きになると、もうその人のことばっかり考えて嬉しくなったり、逆にそれで苦しくなって逃げ出したくなったりして……、それでもやめられなくて……!」
苦しそうに切られた言葉は、本当に詩音が苦しんでいたんだっていうことを何よりも表しているような気がして。たぶん何を言っても言い訳にしかならないのかも知れない――そんなことすら思ってしまった。
「それでもやめられないの、もう好きになっちゃったら、自分とその人しか世界にいなくなっちゃうの! こんなに苦しくても、逃げ出したくても、全部投げ出して楽な付き合いに逃げたくなっても、それでもやっぱりその人のこと考えずにはいられないくらいに頭がいっぱいになっちゃってて、そんな自分どうかしてるって思っても……、もう、……」
少しずつ、詩音の声が大きくなっていく。
この頃には、いくらわたしでも、わかってきていた。
あぁ、そうなんだ、って。
わたしは、ずっと詩音のこと苦しめてきたんだな、って。
「詩音、あのさ」
「彩良ちゃん。私ね、そういう曖昧な『好き』はほしくなかったよ」
そのまま、わたしもさっきの大輔さんみたいにほぼ押し出される感じで外に出される。雨がぽつぽつと降り始める夜の玄関先で、「じゃあ、また2学期ね」と冷たく、顔も見せずに言った詩音。
「――詩音!」
わたしは、その腕を掴んで。
驚いたように振り向いた詩音に、そっとキスをした。
「――――」
雨で微かに冷えた夜の空気に、詩音の唇と、キスをするときに触れた肌の温もりは、どこか心地よくて。頬を伝っていた雫は、少しだけしょっぱかった。
「さ、彩良ちゃん……?」
「えっと、これが、わたしの返事だから」
もう、覚悟を決めよう。
わたしも、同じだから。
今この瞬間、わたしは、詩音のことが好きなんだから。
「それって付き合ってくれる、の……?」
「…………」
何となく、言葉で返すのが恥ずかしかったから。
わたしはもう1回、詩音のことを抱き締めた。
いろんなことがあっても、たぶん、きっと。今のこの気持ちが消えるようなことはないから。幼馴染から、もっと別の関係に。今のところわたしたちの関係に名前をつけることはできないけれど。
名前のないこの関係を、今はただ抱き締めていたい。
確かな温もりが、触れているから。
雨は、少しずつ強くなっていたけど、それでも鼓動ははっきり聞こえていた。




